セルディアガーディアンの厳しさ
「おらサボってんじゃねええぇ!!!!今ここで殺してやろうかああぁ!!!!」
使い古されたその鞭は、至るところに血痕のようなものがみられる。
重く太いそれは、扱う者の腕力も相まって、地面に打ちつけられる度に地響きすら感じられるようだ…
常人には持ち上げることすらままならないであろうその鞭を、ダンは片手で思い切り振り回しながら、走るセシリオ達を猛スピードで追い回していた。
ガーディアンでの合宿がスタートして早くも二週間が過ぎていたが、セシリオたち受験生に課せられたのはランニングや、腹筋、腕立て伏せといった体力作りのための基礎的なものばかりであった。
しかし基礎的といえどもその量が尋常ではない。毎日毎日早朝から夜遅くまで繰り返し行われる上に、教官であるダンのスパルタぶりは彼をよく知っていたつもりのセシリオでさえ恐ろしさを感じるほどであった。
「…はひゅ…はひゅ……ひょうしゅるひぇ……」
言葉にならない声を発しながら、セシリオのやや後ろを走るフィミリーは、既にほぼ意識を失っている状態であった。
彼のような魔法使いであっても、全員が同じトレーニングを行っている。
それは『魔法使いや僧侶は体力が少ないからと、魔物が遠慮すると思うか?戦士や剣士が倒されても、一人で魔物と渡り合える力を付けろ!』
…というダンの持論によるものらしい。
この過酷な合宿が三日を過ぎた辺りで脱落者が次々と出始め、残っているのはセシリオ達を含めてたった5名となってしまっていた。
しかしセシリオは諦める訳にはいかない。
この手で自分に呪いをかけた人物に制裁を加え、失われた記憶と声を取り戻すために…!
「……」
今はひたすら耐えるのみだった。
―――
「……腹……へた……」
「……みゅ……」
一日のトレーニングを終えたセシリオ達は、今日もいつものように与えられた自室のベッドで横たわっていた。
しかしキサはともかく、華奢なフィミリーもなんだかんだ同じトレーニングをこなしている…ダンの言う通り、その根性はセシリオを超えているかもしれない。
……実はフィミリーはとっくに限界を迎えており、今すぐにでも逃げ出したいくらいであったのだが、何としてもセシリオの旅に同行するために、最早ほとんど執念で身体をつき動かしていたのだった。
『飲み物を買って来る。何が良い?言わなければ激辛ドリンクだ』
毎日のトレーニングで体力が付いてきているのだろう。少し横になれば回復し、町へ出たりする自由時間を作り出すことが出来るようになっていた。
絶対に遠慮をし、更には虫の息であるにも関わらず自らが行くと言い出しかねないフィミリーに対し、激辛ドリンクという先手を打ったセシリオ。
「…かじゅちゅ……」
フィミリーは目に見えて葛藤をした後そう呟いた。…おそらく『果実』だろう……
―――
「よう。セシリオ。外出か?」
町へと歩き出すセシリオの前に現れたのは、今一番会いたくない人物であった。
「おまえごときがよく今までギブアップせずに残ってんなぁ?」
そんな挑発には乗らず、セシリオは軽く一礼だけしてその場を立ち去ろうとするが、ダンは腕を組み、にやにやと笑みを浮かべながら尚も話を続けた。
「明日からは内容を変えてやるからな…逃げるなら今日の内だぜ…雑魚が……」
ダンはくくくと笑いながら、彼を無視して通り過ぎて行くセシリオを見ていた。
「…クソが……」
セシリオは内心かなり腹が立っていたが、相手に届かない悪態をつくのみで自分を抑えた。
第一ここで挑発に乗り彼に殴りかかったとしても、到底勝ち目のないことも分かっている。セシリオはそんな事実に余計に腹が立った。
―――
「…今日からは外に出ての実戦に切り替える。町周辺の雑魚相手だが、おまえらはそれより雑魚だから死んでも知らんからな」
ダンはたった5人の受験生に向けて、初めにセシリオたちが書かされた、死亡同意書とでも言うべき書類をひらひらとはためかせそう言い放った。
「…んで…武器にはあれを使ってもらう。持参したヤツは全員没収だ」
そう言ってダンが指差した先には…およそ“武器”とは呼び難い、農作業用の道具や、調理器具、清掃用具などが置かれていた。
「防具は当然だがナシだ。不満のあるヤツは帰れ」
セシリオ達はしばらく言葉を失っていたが、答えは皆同じであった。
他の受験生もここまで残っただけあって、今さらこんなことで怖じ気づくこともなく、既に手に武器を持ってスタンバイしている。
セシリオもそれにならい、ホウキを手に取った。
同様にキサは農作業用のクワを、フィミリーは果物ナイフを取り整列する。
「…ほーう全員参加か……じゃあ出発するが、最期の別れをしたいヤツは済ませておけよ」
ダンはここでも忘れずに嫌味を言うと、町の出入口へと大股で歩き出した。
―――
「うわあああっ!!」
キサが魔物に弾き飛ばされ宙を舞う。
フィミリーは魔物からの一撃で既に気絶している。
セルディアの町は目の前…そんな場所であっても、魔物との実戦は想像を遥かに越える過酷さであった。
普段使用している杖に似た形状のホウキを選んだセシリオであったが、杖を使って魔力を変換するのとはまったく勝手が違い、思うように魔法を使うことが出来ない。
フィミリーもまったく同じで、愛用のダガーと同じように果物ナイフを使ったが、一度も魔法を放つことは出来ずあっさりと反撃を受け倒れてしまった。
魔力を変換して使うよりは、普段と動作が変わらないキサは懸命に応戦していたが、魔物に力負けしてしまい、とうとう倒されてしまった。
(…こんな所で…!)
セシリオは全滅の危機に瀕していた。
うまく魔法が使えないということを受け、急遽習っていた剣術を思い出しながらホウキを打撃用の武器として応戦していたセシリオだが、王室の剣には遥かに性能の劣るただのホウキでは魔物に有効な一撃など喰らわせられるはずもない。
そもそも習い事程度の実力しかない剣術では、動き自体が実戦のものとは呼べない。
セシリオはもう一度、魔力を変換しようと試みたが失敗し、ホウキはガタガタと震えセシリオの手から離れてしまった。
(しまった!)
魔物の前で武器を手放してしまうという痛恨のミスをしたセシリオは、いよいよ命の危機に瀕していた。
しかしその時、絶体絶命のセシリオの目の前に眩い光が放たれた……あまりの眩しさに目を閉じてしまったセシリオが次に目を開けたとき、目の前にいたはずの魔物の姿は跡形もなく消えていた。
「………これは一体……」
セシリオが呆然としていると、一組の男女が駆け寄って来た。
「大丈夫かい!?怪我は?」
それはセシリオ達以外の受験生であった。
ともにセシリオよりも少し歳上だとみられる二人は、セシリオに声をかけて無事を確認すると、キサやフィミリーを抱えて町へと走り出した。
―――
セシリオ達は、受験生二人によってセルディアガーディアンの医務室へと運ばれ治療を受けていた。
魔物からの一撃を受け気絶してしまっていたフィミリーでさえも、意外にも命に関わるような傷ではなく、全員簡単な手当てのみで済んだ。
「危なかったね」
セシリオ達を救った受験生の一人…青年ローシュが声をかける。
穏やかな表情の彼は目が細く、常に笑っているように見える目元をした優しそうな青年だ。
毛先がくるくると無造作に跳ねている色素の薄い癖っ毛は、彼の感じの良さをさらに際立たせている。
「本当に…ありがとうございました……」
フィミリーは噛み締めるようにお礼を言った。セシリオとキサもそれにならって礼をする。
「…お二人はとてもお強いのですね…」
フィミリーの問いかけに、ローシュはふふと微笑んだ。
「僕たちは実は、他国でSランクを取得した冒険者なんだ……厳しいと噂の、セルディアガーディアンに腕試しに来たんだよ」
…なるほど…それでいきなりの実戦でもあれだけの対応が出来ていた訳か…
セシリオの記憶が正しければ、ローシュはトングで魔物と渡り合っていた。
「あの厳しいトレーニングのおかげでアンタ達その程度の傷で済んだのよ」
ローシュの隣に立っていた女性が突然割って入った。
凛とした佇まいの彼女は、その大きなつり目でじろりとセシリオ達を見た。長いまつ毛はすべて綺麗に上を向いており、その目力は相当なものだ。
深い紺色の長い髪を高い位置で束ねており、見た目はかなりの美人であるが、話し方や雰囲気は少し冷たく感じる。
「ユウリ…そんなツンツン言わなくても良いだろう……。ごめんね、皆。彼女はこれで普通なんだよ」
「なによローシュ!うるさいわね!」
二人は長い付き合いなのだろう。その掛け合いは慣れたものだ。
「でも確かに、あの過酷なトレーニングがあったから、君たちは無事だったんだと思うよ」
…確かにローシュ達の言う通りである……普通に考えればセルディアの魔物との初対面で、思い切り殴られて無事であるはずがなかった。
セシリオ達の怪我が大事でないと知ったローシュ達は、その後すぐに自室へと引き上げて行った。
医務室に残されたセシリオ達は、誰も口を開くことはなかった。
その日は自室へ戻ることなく、そのまま医務室のベッドで眠りについた三人であったが、初めての実戦で魔物に傷ひとつ付けられなかった事実に、悔しさでなかなか眠れなかったのは全員同じであった……




