地獄への入り口
シントライデル城下町を出発し、北端のジャジュ村を目指す一行。
村までの道は、整備が行き届いているとは言い難い道のりが続き、行く手を阻む魔物のレベルも高い。
しかし所詮はBランクの大陸である。どの魔物も一行の敵ではなかった。
「セシリオはほんとに強いよね。Sランクでも良かったんじゃないの?」
「…」
サクリーシャからの不意な質問をうまくかわすことが出来ないセシリオは黙り込んでしまう。
「甘めの試験でしたからね。セシリオ様が何故Sでなかったのかは僕も疑問です」
すかさず、フィミリーまでもがセシリオを追い込む。
(…これは…理由を話さねばならんのか……)
別にわざわざ話すことでもなし、とメフィから言われた事に関しては沈黙を貫いていたが…あれだけ派手な演出をしたのだ。皆が疑問に思い始めている……
「えーっ?私ピナシェで試験の様子を見せてもらったりしてたけど…別にシントライデルの試験、甘くなかったよ~」
そんなサクリーシャの発言により、話題はうまく『試験の難易度に関して』に移った。
「いや。よくあれで俺もAまでいけたものだ。ファース達のひいきがあったかもしれん」
「嘘だぁ。私が特別許可をもらったのは、情けだったかもしれないけど……あっ」
そこまで言うとサクリーシャは何かを察したように手を口元にあてた。
「…セシリオ達、セルディアガーディアン出身…だもんね…」
彼女のその言葉で、セシリオもフィミリーも難易度に関する意見が噛み合わない理由に気付く。
「…セルディアのガーディアンは…そんなに厳しいのですか……?」
率直な疑問をぶつけただけのチユキであったが、“セルディアのガーディアン”というワードにセシリオとフィミリーはみるみる青ざめていった。
「…何そのリアクション……セルディアって、どんな感じなの…?」
サクリーシャは『セルディアの試験は厳しい』程度の知識はあるようだがもちろん詳しい内容は知らない。
サクリーシャとチユキは、その実態に興味はあるが聞くのは少し怖いといった表情だ。
「やー厳しいなんてもんじゃねーよ!殺されかけたもんなぁ」
先程までサドとなり魔物をなぶり殺していたキサが急に割って入った。
今日はキサの体調(腹具合)が万全でないのだろう、サド状態は最低限の時間しか維持出来ないようで、頻繁に入れ代わっている。
「…思い出しますねぇ……僕たちがランクカードを取得するためにたどった、地獄のような道のりを――」
フィミリーは死んだ魚のような目をしながら天を仰いだ。
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(ようやく俺も17だ…呪いをかけた不届き者をこの手で成敗してやる…!)
ひとり復讐に燃えるこの青年は、セルディア国の王子セシリオの一年ほど前の姿である。
セルディア国は、世界で最も危険なSランク指定のこの大陸において唯一、人間が住む領域である。
当然、並大抵の人間の住めるような場所ではないために、セルディア“国”といえども人口は少ない。
そしてセルディア“城下町”といえども、特別な施設といえばガーディアンや学校がある程度のもので、ギリギリ田舎ではない…という程度の町だ。
「よう!王子!今日も元気か~」
セシリオは両親を亡くしており現在天涯孤独なため、本来は王子でなく『王』となるはずなのだが、町人が彼を『王子』と呼ぶのには、未だ彼がこの国の王だとは認められていないという重い背景が…
…ということではまったくなく、若くして両親を亡くしてしまったがために、王位に就くにはまだ幼い上に、12歳までの記憶をまったく持たないという呪いにかかっているということから、セシリオ自らが王となることを辞退した…というのが本当の理由だ。
表向きはセルディア国の王はセシリオということになっているが、そんな裏事情を知る他国関係者も少なくない…というかほとんど全世界に知れ渡っていることである。
しかし魔王のいない平和すぎる今の時代に、正式な王を強く求めるような者もまた、いないという訳である。
「外はあぶねーから出るなよ。ヘルデビルキングの亜種が大量発生してやがる」
他国からの干渉がまったくない理由は、セルディアの人間の異常ともいえる武力にもあった。
わざわざこんな町に住む位だ。セルディアの住人は、力こそ全てだと言わんばかりに腕っぷしに自信のある者の集まりであった。
そのためまだランクカードを持たないセシリオは、王子であっても未熟者扱いである。
だがセシリオはこの度、とうとう17歳の誕生日を迎えた。
ランクカードの取得は17歳からだというルールは公式的には一切ないのだが、今日この日までセシリオの挑戦を拒んだのは、他ならぬセルディアガーディアンマスターであった。
「うおーいセシリオー!やっぱおまえも今日来たかー!」
「セシリオ様!僕もご一緒しても良いですか!」
セシリオがガーディアンの前にたどり着いた時、そこには見知った二人の顔があった。
察しの通り、キサとフィミリーである。
二人ともセシリオがランクカードを取得すれば、この町を旅立つことを知っており、同じタイミングで受験にやって来たようだ。
「ここの試験は、グループ受験だそうですね。定期的に一定の人数を集めて、合宿のような形を取るようですよ」
受験生自体それほどいないセルディアのガーディアンは、大都会シントライデルや冒険者の多いピナシェなどとは違い、試験は毎日開かれるものではなかった。
今日の試験はセシリオが17歳を迎えてから最も近い開催日であったため、今回の参加はこの二人に容易に推測されたらしい。
受験生の集められた試験場に入室すると、やはりいくらかの緊張がセシリオを襲う。
隙間風の吹く広い部屋には簡素な椅子が雑に並べられ、既に10名に満たないほどの受験生が着席していた。
その年齢や性別はバラバラだ。
しばらくすると試験場の扉が勢い良く開き、大柄の男性がゆっくりと入室する。
黒々とした短髪に無精髭のその男性は、むさ苦しいセルディアの男たちの中でも特に屈強な肉体を有しており、その顔つきはというととにかく非常に目付きが悪かった。
セシリオはこの男性をよく知っている……彼こそが長年セルディアのガーディアンマスターを務める、ダンである。
「…おまえらに初めに言っておく……」
期待の眼差しでダンを見つめる受験生たちの前に立つと、彼は腕を組み静かに口を開いた。
「試験で死にたくねぇヤツは、今すぐ帰れ」
―――
「…マスターの一声で、半分くらい減りましたね……」
配られた書類にサインをしながら、ぽつりとフィミリーがこぼした。
セシリオ達が現在サインしているのは、“自分の命に万が一のことがあっても良い”“期間不明の合宿に参加する”という旨の書類であった。信じ難いことに、それが受験資格である…
「…おー…セシリオ…おまえやっぱ来たんか……おまえ程度じゃあ死ぬぞ?」
受験生たちが書類に目を通したり、サインをしたり、諦めて帰ってしまう中、ダンはセシリオの姿を見つけると寄って来て嫌味を言い放つ。
だがダンの口の悪さには慣れっこであるセシリオは、特に気にもかけずに書類から目を離すことすらしなかった。
「…ん。セシリオおまえ、女連れて来たんか?なめてんのか?」
ふとダンはフィミリーに目をやりセシリオに問う。どうやらフィミリーを女性だと勘違いしているようだ。
「……僕のことは良いですが、セシリオ様のことをこれ以上侮辱するのなら、マスターであっても容赦しません」
フィミリーは冷徹な瞳で、ダンから一切目を離さずに言い放った。
「…クッ!ハッハッハッ!!こいつはおもしれぇ!!セシリオ、おまえなんかよりよっぽど根性あるじゃねぇか!!」
ダンは部屋中に響き渡る大声で笑いながらその場を後にした。
そしてここで書類にサインをしたことで、この時は三人とも想像すらしなかった、長く苦しい合宿生活が始まるのであった。




