ランクアップ試験~サクリーシャ~
メフィからの言葉を聞くまではかなりあった手応えも、今ではまったく無くなってしまったセシリオだが、仲間たちは皆、彼を称賛ムードで迎えた。
仲間たちの方までセシリオとメフィのやり取りは届いていなかったようだ。
「セシリオ様!!本当に流石です!!もはや美しさすら感じる、光と闇の融合…そのどちらも欠けてはならない…」
フィミリーの興奮気味の演説は、途中からまったく頭に入ってこなかった。彼の自分に対する過剰な賛辞はいつものことであったが、今は申し訳なさで彼の目を見ることすら出来ない。
(まさか失敗しているとは…誰も思っていまい…)
しかし仮に再度試験を受けるチャンスがあったとしても、おそらく結果は同じである。
セシリオは自分が思う以上に情に厚い性格であり、世話になったメフィやファースを傷付けることは出来ない。
単純に杖を使った肉弾戦であれば、試合の要領で続けることは出来ただろうが、それでは到底メフィに敵わない。
となると自身の武器としては杖より強力である魔力を使うことになる。
しかし、呪われた魔力の全てを使用したことはこれまでに無い…故にあの場で本気を出すということは、セシリオ本人にもどのような結果を招くことになるかまったく予測不能だった。
サドのような人間であれば、たとえどうなるか分からなくともあの場で全力を出しきることは出来ただろうが……セシリオにはそれは出来なかった。
(呪いがなければ…純粋に自分の力だけで、全力で戦えたのだろうか……)
セシリオは自分に問うが、その答えは出なかった。
「では、たいへんお待たせ致しました。サクリーシャさん、こちらへどうぞ…」
「はい!!!!」
ファースの呼び声に、気合い充分に答えるサクリーシャの大声で、セシリオは我にかえった。
「よろしくお願いします!!サクリーシャ・ピナシェと申します!」
サクリーシャは自身の持つハンデを感じさせないほどの気迫でぐっと拳を握り、構えた。
「…サクリーシャさん、武器の使用もどうぞ…」
ファースは戸惑いながらもそっと助言する。おそらくサクリーシャが緊張のあまり武器の装備を忘れていると思ったのだろう。
「私は、棒きれひとつ装備出来ません!!」
それに対しサクリーシャは全力で答えた。
ファースは一瞬目を丸くして驚いたがすぐに真顔に戻り、そうですかと頷いた。
「では、準備が整ったようですので…試験、開始!」
そう言うとファースはこれまでのように後ろへ飛び距離を取ることなどはせずに、サクリーシャの動きを観察し始めた。
サクリーシャは全力でファースのもとへ走り出すが…
「…うっ!」
ほどなくしてみるみる全身が紫色に染まり、ぷるぷると震え出したかと思えばその場にうずくまってしまった。
「…な!?」
ファースも場外で見ていたメフィも、驚き言葉を失った。
それはごく僅かにサクリーシャの必殺技の可能性もあったが…本人が一番苦しそうな上に、症状としてはどう見ても毒に冒されている様に見える。
「…サクリーシャさん、大丈夫ですか?棄権しますか?」
ファースは真紫に染まるサクリーシャに心配そうに呼び掛けた。
「…い……え……続けて下さい…」
サクリーシャはぜぇぜぇと苦しそうに息をしながらも、必死の形相でファースに訴えかける。
「…念願の……し…けん……」
ぶつぶつと呟きながらなんとか立ち上がったサクリーシャは、震える足取りでファースのもとへ再び歩き出した。
「…サクさん……!」
その様子を場外で見守るチユキは、見てられないといった様子で顔を手で覆った。チユキにかかれば毒の治療くらい一瞬だろうが、今飛び出すのは必死で頑張るサクリーシャに失礼だ。
チユキだけではなく、いまだに眠るキサ以外の仲間たちは皆、緊張しきった様子でサクリーシャを見守っていた。
ファースはサクリーシャの覚悟を受け止めたのか、その場で両手を構え例の蜘蛛の化身を作り出した。
現れた化身は人間より少し大きい位の蜘蛛であり、その場からまったく動かないものであった。
…それどころか先ほどまでのものと見た目が異なり、ぱっちりした瞳に長くカールしたまつげがついている上に、きゅーきゅーと愛らしい鳴き声を放つ…不自然なまでにかわいらしい生き物であった……
「さあ、サクリーシャさん!この蜘蛛さんに貴女の出来る限りの攻撃を!」
ファースがそう言い終わる頃に、ようやくサクリーシャは彼のもとへたどり着いた。
「…よぉし……」
いつ倒れてもおかしくないほど憔悴しきっているとみられるサクリーシャだが、それでも蜘蛛の化身に向かうべく拳を握った。
いくらなんでも毒に冒された少女が丸腰で敵うわけもないと、その場にいた誰もが思っていたが、サクリーシャはそれ以外に手段を持たなかった。
彼女の拳が化身に触れるかどうかという時にそれは起こった。
その瞬間まできゅーきゅーと鳴き声を発するだけであった人畜無害なその生き物が、突然巨大化しサクリーシャを数メートル吹き飛ばしたかと思えば、そのまま暴走を始めたのだ。
「!?なんと!!」
それは術者であるファースが仕組んだことではないようで、彼も驚愕の表情を浮かべている。
見た目は愛らしい(?)ままだが高速で回転し場内を爆走する化身の姿と、驚きながら化身を制御しようと動くファースを見たセシリオたちは、既に試験のことなど忘れサクリーシャのもとへ走り出していた。
―――
「本当に…申し訳ございません……!」
「いえ、あの…私こそ…すみません……私の呪いのせいだと思うので……」
地は裂け、煙が昇る…めちゃくちゃになってしまった試験場で、ファースとサクリーシャは競うように頭を下げあっていた。
おそらくサクリーシャの言うとおり、彼女の呪いの影響で弱かったはずの蜘蛛の化身は暴走してしまったのだろう…
思いのままに動かせない蜘蛛の化身というのは、ファースにとっても初めてのことだったようで、彼の精神的ダメージは計り知れない。
そして彼に止められないとなると、力ずくでなんとかする他なかったため、セシリオたちも含む全員で暴れ回る蜘蛛を撃退したのであった。
サクリーシャが窮地に立たされる→それを助ける。という構図が全員にとってごく当たり前のことだったために、試験中だということを考える者もおらず、ファースから事態の説明を受ける前に皆、体が動いていた。
結果それが大きな被害を防ぐ理由となった。
「みんな本当にありがとう!みんながいなければ、私今度こそ死んでたよ…」
サクリーシャは苦笑いを浮かべてそう言った。
彼女の言う通り、蜘蛛の暴走をセシリオ達が止めていなければ最も危険だったのは対処の術を持たないサクリーシャであり、それでなくともあと数分で毒によって命を落とす危険性もあった。
「チユキが毒を治してくれてから前より身体が軽いよ!」
チユキも自身の試験のとき以上に素早い処置を行えたと感じており、目の前で笑うサクリーシャを見て安心する。
「…こちらの不手際があり、たいへん申し訳なかったとはいえ……皆様の本気以上の力を見れたと感じますぞ」
メフィはファースとともに深く謝罪しつつも、ぽつりとそう述べた。
彼女ももちろん暴走する化身にいち早く気付き、ともに化身を止めるべく尽力していたが、その最中にもセシリオたちひとりひとりの動きを見ていたらしい…
「…私のせいで皆様をいっそう疲れさせてしまいました……試験は以上ですので、本日もお詫びに、お食事を…」
「やったーーー!!」
サクリーシャの騒ぎでも目を覚まさなかったキサが、まるで食事というワードが鍵にでもなっていたかのように飛び起きた。
セシリオは恥ずかしさで顔から火が出るようだった。
―――
メフィとファースとの食事会は今日もあっという間に時間が過ぎていった。
せっかくの休暇に出てくれたメフィと、激務の中、連戦をこなしたファースへの礼を込めて、食事代は折半することにした。
ならば、とメフィはシントライデル名産らしいハーブの束を取り出し、今日の詫びだと持たせてくれた。
「これを思い切りすりつぶして肌に直接塗ると効くぞ」
メフィがそうアドバイスする横で、ファースが必死に首を横に振っていたのが印象的だった。
「試験の結果は、明日のお昼以降に受付にお越し下さい。それまでに準備しておきますので」
そう言うとファースは流れるようにお辞儀をし、メフィとともに消えて行った。もちろん帰り際にも改めて全員に謝罪をしたことは言うまでもない。
「…結果はどうあれ、これでここともお別れかぁ~」
サクリーシャは少し寂しそうにそう呟いた。
「…みんな、ここまで連れて来てくれてありがとう。一生の思い出だなぁ……」
サクリーシャは自身の試験の結果に満足していないのだろう、ここで旅が終わるかのような口ぶりだ。
だがそれはサクリーシャだけではなかった。
記憶を失っているキサを除き、全員がサクリーシャの言葉に俯く。
しかしもうどうあがいても試験は終了だ。仮にランクアップが望めないのなら、セシリオは単身でもジャジュ村へ向かおうと考えていた。
呪いの村、ジャジュ…セシリオやサクリーシャの呪いを解く鍵がそこにあるかは分からない…しかしそこに立ち寄るべきだとセシリオは何故か強くそう思っていた。




