ランクアップ試験~キサ?~
モヤモヤと生き物のように立ち込める黒い煙がゆっくりと晴れると、既にその場所にはサドとファースの姿は無かった。
「……ふん」
どうやらサドは自身にまとわりついていた蜘蛛達を、自らを巻き込むほどの爆発を起こして吹き飛ばしたようだ。
身体に着いた燃えカスを手で煩わしそうに払っているが、傷を負っている様子ではなかった。
(サドもキサも、魔法の類いが使えるとは…)
セシリオはキサにしてもサドにしてもとにかく彼が剣術以外で戦う所を見たことも聞いたことも無かった。
「…魔法…ですよね、今の……セシリオ様はキサさんが魔法を使えることをご存知だったのですか?」
それはセシリオ以外もそうだったようで、フィミリーは呆然と、こちらの方に向き直ることもせずに尋ねた。
「いや…」
セシリオは首を横に振った。
キサがもし魔法を使えたとして、それを彼がわざわざ隠すことはしないだろう。
(…となるとあれはサドの力か……)
やはりサドは自分より実力者かもしれないとセシリオは改めて思った。
「…キサさん…」
サドの立つ反対側に、充分距離をとりつつファースが立っていた。色々と驚くことがあり忘れかけてもいたが、今は試験中だ。
「素晴らしいです…私があのように尋ねてから、状況を覆した方は貴方が初めてです…」
ファースは爆発をしっかり回避したようで大きなダメージを受けた様子ではなかったが、さすがにギリギリだったのか息が上がっており汗だくであった。
彼の口ぶりからして、あれはやはり試験終了の宣告なのだろう。覆せるかどうか聞いておいてそれは出来ないと分かっているのだ。
しかしサドは見事あの状況を打破してみせた。
この場合、試験官からの終了宣告を、詠唱も無しに起こした爆発という予想外の方法で覆したサドも、試験の終了をほぼ確定としながら逆襲されたにも関わらず、とっさにサドの反撃を回避したファースのどちらも相当な実力者と言えよう。
「…キサさん、貴方の実力は充分に理解しました…」
肩で息をしながらも、ファースの言葉は丁寧である。
「……よってここからは…選手交代とさせていただきます」
彼の口から出た言葉は予想外であった。さらなる追撃のため、剣を両手に構えたサドの動きも思わず止まる。
ファースが全てを言い終わるのを待ち構えていたかのように、素早くメフィが前に出た。
「うむ。ファースくん、ご苦労さん」
これまでそれぞれの実力に合わせてファースが戦術を変えながら応戦し、試験が終われば記録するのも彼であったため、確かに何の為にメフィがこの場にいるのか不明ではあった。
(…考えてみれば、これは試験だ。試合ではない…)
相手の強さをみて、途中で試験官が交代するなどあり得ないだろうと思いかけたが、それぞれの力を見極めるためにやっているのだ、別に問題などない。
「……誰が相手でも良いが………」
サドは面倒くさそうにそう言いかけたが、メフィをじっと見るとニタアと悪魔の笑みを浮かべた。…溢れ出る彼女の強さは、お気に召したのだろうか。
「待たせましたなキサ殿…私も語るのは得意ではありません。では始めましょう!」
メフィがそう言い放った瞬間、二人の距離はもう詰まっていた。
―――
シントライデル一の実力者であるガーディアンマスターのメフィは、幼い外見に似合わず重厚な鎧を身に纏い、しかしその重さをまったく感じさせない見事な手捌きだ。
手に持つ細長く美しい銀のレイピアを、まるで自身の身体の一部かのように扱う。
対するサドも、先ほどは必要に駆られて魔法を使用したようだが、本来は二刀流の剣士だ。
相手も剣士となれば小細工なしの剣での勝負になることは明白であった。
サドもメフィも、自分に迫るほどの好敵手に久々に会えたとあって、共に実に嬉しそうな顔をして打ち合っている。
おそらく二人共、これが試験であるということを完全に忘れており、他の仲間たちのことなど頭に無さそうである。
そのため二人が剣を交え始めてから、既に相当な時間が経過していた…
この後にまだ試験を控えているセシリオの集中力は既に切れてしまっており、半ば意識のない状態で二人の打ち合いを見ていた。
「…ああなることも分かっていましたので、ほとんどの試験は私が担当しているのです……」
ファースは一行の近くに腰かけ、遠い目をして試験の様子を見守っている。
「メフィさんは…今も幼いですが、もっと幼い頃から戦いの中にずっと身を置いてきて…それ以外のことを知らないのです」
唐突にファースの語りが始まり、一行も完全にそちらに興味が向いた。
「…私もメフィさんも、このシントライデルガーディアンに拾っていただくまでは悲惨でした……メフィさんは子供ながらあの強さで、私は希少な種族ですからね…」
なるほど…そんな二人のこれまでは、想像するに容易い…
呪われてはいるが、生まれには恵まれたセシリオは胸を痛めた。
「ここの大神官をなさっている方はたいそうな人格者でして……我々のようなものも、広く受け入れて下さったのです」
大神官…ということはメフィやファースを救ったのはラルメルだということか。
「…そうでなければ、私などは魔物の方に分類されるところでした」
それが冗談なのか本気なのかは不明だが、彼もこれまで苦労してきたのだろう…
しかしそれを語るファースの表情は明るいものだった。
「…だから……あの方のご家族を、救ってさしあげたかった……そのためとはいえ皆様を危険な目に……」
ファースのその言葉は半分独り言だったのか、彼はうつむきがちに悔しそうに小さく呟いた。
それを聞いた仲間の内、フィミリーだけがファースの言葉の意味を理解し、悲しそうな表情を浮かべた。
「おーい。ちょっと、誰か来てくれんかー」
一行がファースの話に夢中になっている間に、メフィたちの試合…いや試験に決着がついたようだ。
しかしあれほどの激戦を繰り広げていたくせに、妙に間の抜けた呼び掛けであったが、その理由はメフィの方を振り返った瞬間に発覚した。
「たまげたよ…こりゃ一体どういうことだい……」
メフィは驚き口調がおかしなことになっている。無理もない…彼女の傍らに大の字で倒れているのは―
「キサ!」
戦いの最中に突然の電池切れが起こったのだろう。いつものようにキサは眠っているが、今回はどうもうなされているように見える…
「…う……ん…ん……腹…へた……」
「…」
キサの苦しそうな寝言に、セシリオは思わず赤面してしまう。本当になんと緊張感のない奴だ……
「突然、『まさか、こんな時に!』と叫んだかと思えば…気が付けばキサ殿の姿になっていたのだ」
「…これはこれは…貴方がたは本当に特異体質者の多いパーティーですね……」
メフィとファースはすっかり元の姿に戻ったキサをまじまじと興味深そうに観察している。
「…まあ、替え玉受験などをされる方々には見えませんし、キサさんご本人もなかなかの手練れだとお見受けしてましたので…疑ってはいませんでしたが、改めて目の当たりにするとこれは驚きますね」
「ふむう…一体どういう仕組みだろう…ラルメル様に聞けば分かるだろうか…」
ひとしきり悩んだかと思えば、ファースは突然はっと我にかえったような表情を浮かべセシリオの方を向いた。
「ああ、すみません。お待たせ致しました…次はセシリオ王子の試験に移ります」
横目に映ったサクリーシャは自分が最後だということに、明らかにショックを受けている様子であった。
「…セシリオ王子のお相手は、私メフィが務めさせていただきます」
ファースの言葉にメフィも我にかえり、こほんと咳払いをしながらそう告げた。
いよいよ自分の番が廻ってきた…セシリオは強く頷くと、キサを仲間たちに任せ前に出た。




