サド=キサ?
「…ねえセシリオ…今までキサ本人にサドのことを話したことはないの?」
サドの指示通り神官達をこの場に呼びつけそれを待つ間に、サクリーシャはふとした疑問を投げ掛けてきた。
「…試みたことはあるが……」
~~~
それはセシリオがキサとフィミリーの二人を連れて旅に出て、初めての戦闘でキサがサドに変わった時のことだ……
「せ、セシリオ様~!誰ですかあれは!キサさんはどこへ!!?」
『俺にも分からん!!』
突如現れた黒いキサに聞こえないようにテンパりまくるフィミリーと、焦りながらもしっかり筆談するセシリオであったが、本物のキサ以上の実力を見せつけた凶暴な男は、二人に危害を加えようとはしなかった。
「これはキサの身体か…」
突然、黒いキサが呟いた。見た目こそ変わっているものの、その声はキサのもののようにも思えた。
しかし話し方や声色はやはりまったくの別人だ…
『知らん!お前は何者だ!』
セシリオは慌てて紙とペンを走らせた。
「…ふ……」
黒いキサはにやりと笑った。それは笑顔というより悪巧みをする悪魔のような、とにかくまがまがしいものだった。
「ひいい~セシリオ様~!」
フィミリーは彼の笑顔に恐怖し、セシリオに助けを求めるように小声で囁いた。年齢の割に肝の据わっているフィミリーが珍しく相当取り乱している。
…しかし確かにキサが元に戻らなければそれはセシリオにとっても恐怖だ。
キサは昔からの自分をよく知る数少ない親友であり、呪いが発現してしまった直後からも親しく接してくれている上に、呪いを解く為の今回の旅にも自ら付いて来るような人間だ。
そんな彼が何者かに肉体を乗っ取られてしまうとは…もし永久にこのままであれば、旅の目的はもう一つ増えてしまう…
「セシリオ~フィミリ~…何やってんだ?早く行こーぜー」
そこにいたのは紛れもなくキサだった。その場から動かないセシリオ達を不思議そうに見つめながら、腹をさすり空腹をアピールしている。
(!?一体どうなっているんだ!?)
「き、キサさん!?さっきまでの黒い人は何だったんですか!?」
「黒い人ってなんだよ~!あ、そういえばさっき魔物がいなかったっけ?倒してくれたのか?」
「ですからそれはキサさんが変身して―!」
フィミリーがそう言いかけると一瞬でキサの姿が再び黒いキサへと変わった。
「……貴様ら…キサに我のことを話すと消すぞ……」
黒いキサはセシリオ達を睨み付けながら短く呟き、そしてまたすぐにキサの姿へと戻ったのであった……
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「…そういうことで……キサの身に何かあっては困るため、サドの要求をのんだ訳だ…」
「…な、なるほど……」
セシリオの話を全て聞いたサクリーシャは青ざめながら小さく呟いた。彼女にとってもサドの存在は恐ろしいものなのだろう。
―――
「…見た目こそ別人ですが…彼は間違いなく、このランクカードの持ち主のようです……」
セシリオ達がサドについて話している間に到着した、複数の神官達が出した結論は、サドはキサ本人である…というものであった。
「…なんと……本当ですか……」
呼び出された神官達はシントライデルの中でも上位の者達であり、そのことを何より理解しているファースとしては、信じない訳にはいかない。
「…しかし……」
神官達は互いに目を合わせると、言いにくそうにこう続けた。
「…彼の中にもう一人の人格があることは確かなようです…二重人格…といったところでしょうか……」
それを聞いたサドは小さく舌打ちし、神官達を睨む。
「………もう充分だろう……」
目で人を殺せそうなその勢いに、神官達は皆身体を硬くした。
「…し、しかし我々にもこれ以上のことは分かりません…」
冒険者の能力を視る神官にも、サドのことは詳しく分からないようだ。専門外なのだろう。
「…そうですか…皆さんどうもありがとう。どうぞお帰り下さい。お疲れ様。」
ファースは神官達にそう告げるとセシリオに視線を向ける。
「…セシリオ王子、貴方の判断に委ねましょう。…この彼を、キサさんと認めますか?」
なんということだ…セシリオとしても、サドがキサなのか何なのかは旅を始めてからの永久的な課題だ……
(そんな判断、出来るものか…!)
セシリオは頭の中でファースにブーイングした。
(…そう、今よくよく考えれば……)
セシリオはサド=キサとしても良いものか熟考していた。
(サドが現れたあの日から、戦闘の際にキサのままだったことがあっただろうか)
突然電池が切れたように、キサへと戻ってしまうことや、あまりの雑魚相手にサドのやる気が無くなり(?)キサに戻るということも地下迷宮では起こった。
しかし基本的には草原で奇襲をかけてくる弱い魔物相手だろうが、サイファスたちのような強敵相手だろうが、サドが現れていた。
ということは結論として、サドはキサの中の戦闘担当…としても良いのではないか…?
加えて神官も一応、サドはキサ本人だと認めている訳だ…これはもう、サドにキサの分の試験を受けてもらっても良いのではないか…
ふとセシリオは自分に対して強烈に向けられる視線に気付いた……サドだ。
何かを訴えかけるような眼差しで、じっとセシリオの発言を待っている……それはもう、セシリオに穴が開いてしまいそうな…または石化してしまいそうなほどに、強烈な眼差しだ…
(…サドとしては自らが試験を受けたいのだろうか……)
セシリオはサドからの眼差しを自分なりに解釈してみた。
(……分かっていることを整理してみよう……)
セシリオを始めとする仲間には危害は加えない=味方ではある
キサの身体に乗り移り、喜ぶ=キサのことを知る人物
しかし乗り移りの事実をキサに知られたくはない=キサもサドを知っている?
戦闘の度に交代=サドは戦闘狂…もしくは―
(キサを…守りたい……?)
キサの身に起こる害を払うために戦闘の度に出てきている…とするのはどうだろうか。
(……少し突拍子もないかもしれないが、何にせよこれまでに何度も助けてもらっているのも事実だ。もうサドは仲間ということで良いだろう)
サドを仲間だとするならサドにもキサにも試験を受けてもらうのが望ましいが、二人が同じ身体を使用している(?)以上、それは不可能だ。
さらにこのままサドがキサに身体を明け渡す気がないのであれば、キサはランクアップ出来ないということにもなる。
そうなればセシリオ一行としてもピンチだ。
(打算的とも言えるかもしれないが……)
『サドはキサだと認める』
セシリオはすらすらとペンを走らせ、それを全員に見せた。
キサとして試験を受ける気であるサド。
サドの戦力をあてにしており、加えて他の大陸にも渡りたく、この試験を突破したい自分。
これは利害が一致しているとして良いだろう。それが最終的なセシリオの判断だった。
「…分かりました。セシリオ王子に丸投げする形になりすみません」
ファースは綺麗に頭を下げた。先ほどは内心荒ぶってしまったが、彼からすればセシリオよりさらに知るはずもない問題だ。
貴重な時間を割いてもらっている中、たいへんな時間のロスをさせてしまった…セシリオも頭を下げておいた。
「……王子、恩に着る……」
すれ違いざま、セシリオにも聞こえるかどうかという小声で、サドが呟いた。その表情は先ほどとは変わって落ち着きを取り戻したものになっていた。
サドから感謝の表現をされたことなど無かったセシリオは、礼を言われたことでより一層彼の本気を感じた。
(…よほど試験を受けたいようだが…)
果たしてその理由は何なのか…先ほどのセシリオの考えの中に答えはあったのか、それとも……
―――
「…では、試験を再開させていただきます。キサ…さん、準備はよろしいですね?」
ファースの言葉に、サドは目を閉じ小さく頷いた。
「では、試験開始!」
ファースはそう言うとフィミリーの時と同様に素早く後ろへ飛び、両手を構えた。
―しかしその時には既に、サドはファースの後方に回っていた。
(…何…!)
セシリオにも信じ難い、恐ろしいスピードだ…
それはファースも同様だったようで、彼も驚きの表情を浮かべていた。
ファースが着地するより前に、サドは両手剣を振り回しその場に衝撃波を起こした。
試験場の地面をえぐりながら繰り出された衝撃波はファース目掛けて放たれ、彼に受け身を取らせることすら赦さない。
「…ぐっ」
もろに攻撃を喰らったファースは、ようやく地面に着地した。
「…これはこれは……こちらも警戒していたつもりでしたが……」
ファースはそう言うと片手で服に付いた埃を払いながら、もう片方の手をサドの方向へかざした。
すると手から無数の小さな蜘蛛が現れ、サドの方へと一斉に向かった。
フィミリーやチユキの時に出していた化身を作るほどの労力がかからないのだろう、一瞬にして相当な数の蜘蛛が出現し、セシリオ達の方から二人の姿は見えなくなってしまった。
「…どうなったのかな……ていうかあの攻撃、やだな……」
サクリーシャがぽつりとこぼすと、隣でチユキも頷いていた。
確かにこちらからは黒いもやのように見えるが、あれが全て蜘蛛だと思うと少しゾッとする。
やがて蜘蛛の塊が剥がれ少しずつ二人の様子が露になると、そこには魔法の詠唱をするファースと、蜘蛛たちに動きを止められているサドの姿があった。
こちらからの印象としてはフィミリーの時と同様、ファースの方が王手をかけているように見えた。
「…キサさん、この状況を覆すことは―」
「……やってみろ。そんな初歩魔法では傷すら付かん」
この状況で尚も強気な発言をするサド相手に、ファースも戸惑いを隠せないようだった。
「…キサさん、私は受験者を傷付けることはしたくありません。具体的にこの状況を打破出来ないようであれば、降参して下さい」
ファースは静かにサドに述べた。
時には威嚇も立派な攻撃手段となりうるかもしれないが、何千人もの試験を繰り返してきたであろうファースには通用しないようだ…
しかしそんなファースの言葉にもサドの表情が変わることはなかった。
…いや、正しくは表情は変わらないが―
「いかん!」
セシリオは思わずそう叫んでいた。その叫びが当事者であるファース達には届かないのだということも、その時には頭に無かった。
サドの虚ろな瞳に、殺意が宿ったのをセシリオは確かに見たのだ。
ランクアップがかかった試験とあって、サドも大人しくしていたようだが、あの目は完全に冷静さを欠いてしまっていた。
セシリオの叫びにサクリーシャが振り返ろうとしたその瞬間、ファースとキサのいた場所に爆発が起こり、彼らはおぞましい漆黒の炎に包まれていた。




