時、既に遅し
地下迷宮探索組がやっとの思いで帰還し、町の中心部に着いた時、イベント会場は騒然としていた。
人だかりをかき分け進むとそこに―
「サクリーシャ!!」
横たわるサクリーシャとそれに寄り添うフィミリーの姿があった…。
セシリオをとてつもない喪失感が襲う。これまでに味わったことのない苦しみだった。
―いや、本当にそうだろうか?この感覚、大切な者を失う辛さを以前にも―
セシリオが何かを思い出そうとしたその時、彼の右目のアザが燃えるように痛む。
思わず意識を手放しかけるほどの痛みだったが、何とか耐える。今は気を失っている場合ではない。
「何があったんだ!?サクはどうしたんだフィミリー!」
追い付いたキサもただ事ではない空気を感じ取り、必死の形相でフィミリーに問う。
呆然とした様子のフィミリーはセシリオ達の顔を見、一瞬の間を開けてから地下迷宮組の無事を実感したようだ。
「…せ、セシリオ様…良かった、ご無事で……」
ただまだ意識ははっきりとしておらず、いつものフィミリーとは明らかに様子が違う。
事態が把握出来ない一行のもとに、一人の少女が立った。
「キミ達はこのコ達のお友だち?」
ツインテールをゆらゆらと揺らす大きな瞳の少女は、セシリオ達相手にいきなりのタメ口であったがそんなことはどうでも良かった。
「ここは危ないから控え室に行こっか!彼女も運んであげてねぇ」
よく見ると少女をとりまくように周囲に人だかりが出来ている。近付きたいがおそれ多くて近付くことが出来ないといった様子だ。
彼女が率先してセシリオ達を控え室へ連れて行くと、入れ替わるように職員らしき者が数名現れ集まった客達を誘導し始めた。
混乱する頭の隅で、セシリオは「コンサートは中止」だとか「後日の開催は調整中」などといった言葉を聞いた気がした。
「みんなごめんねぇ~!!いつかお詫びするからどうか今日は許してくださぁい…」
対応に追われる職員達をみかねた少女が客達に向かって頭を下げる。
先ほどまで職員に対し文句を垂れていた客達も、彼女が頭を下げたとあって態度を改めそそくさと帰り支度を始めた。
―――
「アミアさん、本当にありがとうございました。…なんとお詫びすれば良いか……」
サクリーシャを簡易ベッドに寝かせつつ、フィミリーは少女に詫びていた。
「そんな、助け合いだよぉ!それにキミ達のせいじゃないじゃん!」
こちらこそ、と頭を下げるアミア。
そんな平和なやり取りを見ているセシリオは、もちろん未だ事態の把握が出来ない。そんなことよりもサクリーシャはどうなのだ、一刻を争う状態ではないのか…
「…むにゃ……」
セシリオが出ない声を荒げようとしたその時、まぬけな寝息がサクリーシャから上がる…
「…サクリーシャ、おまえ……」
彼女はただ夢の中にいるだけであった。全身の血が凍って、とてつもない喪失感を味わった挙げ句、彼女のせいではないとはいえアザがものすごく痛むほど心配したというのに……
「…まぁいいか…」
ともあれ無事であるならこれほど良いことはない。セシリオは長い安堵のため息を吐き、その場にあった椅子に腰かける。
キサとチユキもサクリーシャが無事だということは分かったらしく、安心すると地下迷宮からの疲れが一気に出たらしくふらつきながらもそれぞれ座った。
「僕も色々と驚いてしまって、きちんとお話出来なくてすみませんでした…」
控え室にてアミア愛飲の甘ったるい飲み物を飲み、こちらもやっと落ちついた様子のフィミリーは、セシリオ達に向かって謝罪する。
「…実は…こちらの会場に、あの天魔の彼が現れまして……」
―――
「あっれぇ~?勇者はまた余裕ぶっこいて眠っちゃったの?ほんとムカつくなぁぶっ殺しちゃおうかなぁ」
サクリーシャが深い眠りに誘われたその姿を見て、天魔の少年は苛立ちを滲ませる。
フィミリーは自分一人では彼を止めることは難しいと分かっていたが、逃げるわけにもいかないので彼の話をとりあえず黙って聞いていた。
アミアの登場により熱狂した客達は、二人の少年が会場の片隅で武器を取りにらみ合っていることなど気付くはずもなかった。
しかし天魔の少年が空中へ飛びフィミリーに向かって大剣を振りかざし、それをフィミリーが避けた先にあった大地を割る音と衝撃は一部の客には届いたようだ。
武器を持った翼を持つ者を確認した客達は、アミアに向けていた歓声を恐怖の悲鳴に変えた。
それは瞬く間に悲鳴から悲鳴へと伝わっていき、アミアの歌唱を止めるまでに至った。
我先にと逃げようとする者、その場からまったく動けない者など様々で、会場は一気に大パニックとなった。
「…チッ気づかれたか……」
天魔の少年はそう呟くと再び上空へと飛び、フィミリー目掛けて剣を振り上げる。それを再びフィミリーがかわそうとしたその時であった。
「やめなさぁい!!何ケンカしてるの!?」
わって入ったのは他でもないアミアであった。
舞台の中央からマイクで怒鳴りつけつつ、猛スピードでこちらへ向かってくる。
アミアの一声で敵の動きが止まったのはありがたいが、近寄って来られると正直邪魔だとフィミリーは思ったが、うまくアミアを鎮める方法も思いつかない。
どうすべきかと天魔の少年の方に向き直ったフィミリーは面食らう。
なんと天魔の少年はフィミリーを追撃するどころかアミアの方に釘付けで、近寄って来る彼女から目を離さない。
時が止まってしまったかのように硬直しているが目だけは彼女をしっかりと捉えている。
その時、少年が大量に冷や汗をかいているのもフィミリーは見逃さなかった。
「なんで仲良く出来ないのぉ~!……ってあれ?キミ…フィルくん?」
アミアはわざとらしく首をかしげながら天魔の少年に問う。
すると名前を呼ばれた少年…フィルは驚くほど真っ赤になってうつむいてしまった。
「フィルくんでしょぉ?なんでケンカしてるのぉ!めっ!」
そう言ってアミアは彼の額をデコピンする。それにフィルは震えながらごく小さな声で返答した。
「…アミアちゃ……ごめ…なさ……」
フィミリーは自らの耳を疑ったが、フィルは確かにそう言った。
船上での短時間のやりとりですらにじみ出るあの生意気さはどこへやら、しおらしい少年になってしまっているではないか。
フィミリーが唖然としていることに気付いたフィルは、急に現実へと戻されたのか素早く後ろへ飛び、アミアとフィミリーから距離を取った。
「…っ…!!なんだよ!!見んなよ!!」
力いっぱい無差別に剣を振り回すフィルであったが、アミアには絶対に当たらないように調整されており、ただ町の石畳を荒らしただけに終わった。
フィルはそこまで暴れるといたたまれなくなったようで、なんだかんだとぼやきながら翼を使ってあっという間に空へと逃げていく。
「フィルくぅ~ん!観に来てくれて、ありがとねぇ~~ッ!!」
フィミリーを含む、その場にいるほぼ全員がこの短時間に起こったことを理解出来ずただ呆然としていたが、アミアだけは満面の笑みで両手を振りフィルを見送っていた。
アミアの声にほんの一瞬フィルは反応したように見えたが、振り返ることはなくそのまま消えていった。
少し前までの張り詰めた緊張感から突然解放された上に、フィルの意外すぎる一面を見せつけられたフィミリーは、さすがに脳が追い付かずとりあえず熟睡するサクリーシャの傍に寄り添った。
呪いの影響による熟睡とはいえ、すぐ傍の地面が粉々になったにも関わらずよく眠っていられるものだと普段のフィミリーなら思うところであるが、今はそんなことすら考えることが出来ず眠り続ける彼女を単純に心配していた。
―――
「…と、そういうわけで…こちらが護衛するはずだったアミアさんに助けられてしまったという次第です…」
フィミリーは悔しそうにうつむく。
「でもぉアミアも何もしてないよぉ?」
フィミリーの話をすべてセシリオ達と共に聞いていたアミアが口を開いた。
「…いえ……ところでアミアさんはあの天魔の少年を知っていたんですか?」
確かに話を聞いているとアミアとフィルは以前から知り合いだったようだ。セシリオ達も彼女の答えを待つ。
「うん!フィルくんはお友だちなのぉ!ちょっと前にね…」
「また会ったな少年よ!今度こそこの勇者が成敗してくれよう!」
アミアがフィルとの出会いを語ろうとしたそのお約束とも言えるタイミングでサクリーシャが目を覚まし叫んだ。
フィルとの対峙から時が止まっており状況の把握が出来ないサクリーシャに、必死に笑いをこらえながらセシリオはいきさつを説明した。




