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呪われた記憶  作者: 眠兎あみ
本編
16/92

地下迷宮

「ガアアアアッッ!!」

 断末魔とともに魔狼の群れの最後の一匹が倒れた。

「…全員、無事か?」

 いつもの調子で振り返るセシリオだが、この場に通訳のサクリーシャはいない。

 しかし別に今の声が聞こえなくともまあ良いかと思いつつ仲間二人の様子を窺う。

「…」

「…はぁ…はぁ……さ、先ほどから魔物だらけですね……」


 『聖なる結晶』なるものを手に入れるべく地下迷宮へ下ったセシリオ・キサ・チユキだが、迷宮には思いのほか手強い魔物が多く、仲間達は消耗していた。

 キサなどは迷宮の入り口に一歩足を踏み入れた途端にサドへと変身してしまい、止むことのない魔物からの襲撃の影響で以降キサへと戻ることはなくずっとサドのままである。


 チユキはつい先日まで一般人だったため、武力や体力などは元々あまり無く連戦に疲れを隠せない様子だ。

 だが彼女は仲間の役に立つために今回ランクカードの取得を目指しているようで、今回は地下迷宮組に立候補しレベルアップを希望した。

 とはいえ喋れないセシリオと喋らないサドに囲まれ精神的なプレッシャーも大きいのかもしれない…


(こういう時こそキサが必要なのだが…あれがいなければ間が持たん……)

 セシリオが若い子への接し方が分からない中年のようなことをあれこれ考えている間に、新手の魔物の群れが現れてしまった。

 それにサドが舌打ちしつつ応戦する。戦闘狂のサドが戦いを嫌がるのはめずらしい現象だ。地下迷宮とあってさすがに派手に暴れられないことも影響しているのかもしれない。



『チユキ平気か。少し休もう』

 セシリオは筆談でチユキに問う。彼女の体力はほぼ限界であった。

「………す、すみませ、ん…」

 そう言うが早いかチユキはその場にへたりこんでしまった。

 ほんの少し前まで普通の村娘だったのだ。セシリオとサドが疲労してしまうほどの連戦に耐えられるはずがなかった。

 輪になって仲良く休憩する気のないサドは、適当に暇潰しの相手を見つけ暴れているようだ。


「……サドさんって…何なんですか…?」

 少し座ったことでようやく息が整った様子のチユキが問う。

 セシリオは答えてやりたいがそれは自分にとっても疑問であった。

『旅を始めて最初の戦闘の時に現れた。俺にも不明だ』

「……そうですか…」

 そう紙に書いてふとセシリオはあることを思い出した。

『初めて現れた時、「これはキサの身体か…」と笑っていた』


 呪いや邪神の可能性も視野に入れていたが、キサのことを知る人物だということが今さらながら判明する。

 サドは危険人物であるが戦力としては非常に大きい上になんだかんだ仲間に危害は加えないことから、正体に関して真面目に考えていなかったなとセシリオは思った。


「…笑った、ということは……キサさんに好意をよせる女性ということもあるでしょうか……!?」

 チユキの顔が急に青ざめるのを見てセシリオは動揺する。休息を取っていたはずなのに、自分が不安を煽るようなことを言ってしまったのかと心配しつつ、思ったまま答える。

『キサに好意を寄せる女性はいるかもしれないが、生き霊になるほどの人物は思いつかない。あとサドはおそらく男性だ』

 チユキはほっとしたようなそうでないような微妙な表情を浮かべると、ぶつぶつと何か呟いているようだった。


「…おい。いつまで休むつもりだ……」

 苛立った様子のサドの一言でセシリオとチユキは慌てて立ち上がり、再び奥へと歩き始める。


 ―――


 強くなっていく魔物のレベルに、このまま三人のみで進んでも良いものかと不安を覚えながらも探索を続けたセシリオ達であったが、迷宮の終わりは突然訪れた。


 目的の『聖なる結晶』と思われるまばゆい光を放つ石は目の前に見えているが、その前にはいかにも強敵と思われる魔物が立ち塞がっている…

(…この迷宮の主か…かなり手強そうだ……)

 屈強な人間の体に牛の頭がついている巨大なその魔物は、獰猛な表情で獲物を待ち構えているように見える。

 頭から生えている角は、頭部の2倍ほどの長さがあり、先端は鋭利に尖っている。

 ここまでの道のりで相当消耗している一行には敵わないかもしれない…だが引き返している暇もない。

 しかしセシリオは何とも言えない違和感を覚えていた。何かがおかしいのだが…それが何かに気付くことが出来ない。


 思考に詰まったセシリオは仲間の様子を窺う。

 サドはじっくりと相手を見定めるように魔物を観察している。チユキの方は凶悪な姿の魔物に圧倒され、恐怖の表情だ。

「………」

 すると敵を観察していたサドがふっと呆れた表情になり、大きなため息をついた。

 さすがのサドも疲れてあれを相手にするのが面倒なのかもしれない…などとセシリオが考えている間に、サドは突然キサへと戻ってしまった。

「「!?」」

 思わずセシリオとチユキは顔を見合せてしまう。これからという時にサドの戦力が失われてしまうとは…

 キサも決して弱くはないはずだが、その現在の実力はセシリオにすら分からない。


「うわ~っ!!なんだアイツ!やべー!!」

 意識を取り戻したキサは宝の主を見るなり驚いて叫び、その大声で一行に気付いた魔物がセシリオ達の方へと突進してくる。

(キサ!バカかあいつは!)

 急に意識が戻ったのだから、冷静に考えればあのような魔物を前にして叫ぶのも無理もないのだが、思わずセシリオは心の中でキサを罵倒する。

 間一髪の所で敵の突進をかわした一行に、相手の魔物が語りかけてきた。


「宝を狙う悪党どもめ……今すぐ立ち去るのならば見逃してやるぞ……」

 にやりと笑いながら舌舐めずりする魔物。

(嘘吐け!)

 とめどなく溢れる涎を見てセシリオはこの魔物が獲物である自分達を見逃すはずがないと思った。

 もうこうなれば戦うしかない。セシリオは杖を取り出し魔力を込め始めた。


「くくく…この俺様に歯向かうというのか…命知らずめ……」

 距離を詰めるセシリオ相手に、敵の拳が勢い良く放たれた。

 しかしセシリオはそれを悠々とかわす。

(…ん?)


「…次は当てるぞ…どうだ?まだ宝を欲するか?愚か者どもめ」

 魔物は指をポキポキと鳴らしながら、その不吉な笑みを絶やさない。

「ひぇ~っ!!ムキムキじゃねぇか!」

 焦りながらも両手剣を構え前に出るキサを見ながらセシリオは気付いた。


 こいつは弱い。と。


(先ほどから口ばかりだ…)

 おそらくサドが消えてしまったのも、相手の想定外の弱さに興味が削がれたためだろう。

 ダンジョン自体の難易度としては、入り口から魔物の多さ・強さ共に強力で、まずそこを突破出来る者がなかなかいないのもうなずける。

 だがそれさえクリア出来れば建物の構造もそれほど複雑なわけではなかった。

(噂だけが大きくなっていただけか…!)


 セシリオは杖に魔力ではなく物理的な力を込め、一気に敵を薙いだ。

「ウヒッ!!ま、待て!やめ――」


 ズバッ


 それはまるでただ風船を割っただけかのような、あまりに小さい手応えであった。

「…セシリオ…おま……」

 しかしキサとチユキは、セシリオが一撃で凶悪な魔物を消し去るのを見て驚きで言葉が出ない様子だ。


 セシリオは先ほどの魔物が実は見かけ倒しだったということを説明しようと紙とペンを持った。

 しかしその時、嫌な胸騒ぎを感じ思わずペンを持つ手が止まる。

(…なんだ?)

 魔物のことについて書きかけたが止め、その代わりに

『急いでここを出よう』

 と記入し仲間達に見せ、すぐに動き始めた。


 ―――


(サクリーシャやフィミリーに何かあったのかもしれない…)

 この胸騒ぎが単なる勘違いであれば良いが、何か不吉なことを知らせているように感じたセシリオは、しっかりと『聖なる結晶』は採集しつつ迷宮の入り口へ向かった。


 この迷宮の名ばかりのボスが倒れた影響か、帰りは行きほどの激しい戦いにはならなかったものの、行く手を阻む魔物の数はやはり多い。

 キサは少し目を離した隙に再びサドに変身しており、掃除をするかのように敵を始末していく。

 期待していたような強敵は住んでいなかったため、サドにとっては憂さ晴らしかもしれないが急ぐ一行にとってはありがたい。



 地下迷宮から脱出し、急いで町を目指すセシリオ達の目に飛び込んで来たのは、町から上がる黒煙であった。

 町で何かが起こったのかもしれない―セシリオは自身が誤った判断をしてしまったと血の気が引く思いであったが、悪い考えは捨て、疲れも忘れて町へと全力で走り出した。

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