憎悪の眼差し
「王国もあるこの東の大陸は、西と違ってBランクの土地です。夜は特に凶暴な魔物がうろつきますので…」
深夜に屋敷を出たことで起こしてしまったのだろうか……いやそれにしては彼はしっかりとした服装をしている。
セシリオは手を合わせ、感謝と謝罪を兼ねたジェスチャーを取った。
「…ああ、お声が出ないのでしたね…」
そう言うとデュアンは一方的に話し始める。
「僕…強くなってサクちゃんを守りたいんです……彼女は…あれなので……」
おそらく『悪霊の恋人』のことを言っているのだろう。セシリオは黙って聞き続ける。
「彼女とは幼なじみで昔からよく知っているのですが、勇者になりたいとそればかりで…僕の方をまったく向いてくれない時期もありました…」
デュアンは悲哀の表情でうつむく。
「本当は旅なんて止めてほしい。ここで僕の花嫁としてずっと一緒にいてほしいんだ……」
デュアンは拳を強く握る。槍を持つ方の手にも力がこもり…まるでそれに呼応するかの様に、漆黒の刃が怪しく光った。
「でもそれを彼女は望まないから…こうして武力を付けているんです。恥ずかしながら、皆さんほど強くないもので…」
なるほど、それでデュアンは夜な夜なこうして鍛練を行っているというのか。しかし先ほどの魔物を一撃で仕留めたあたり、その力はかなりのもののように思える。
サクリーシャのことを想って話していたためか、初めはとても穏やかな口調であったが、ここまで語ると再び先ほどセシリオに向けた殺気を放ち始めていた。
「…サクちゃんを…奪わないでくれ……」
その眼差しはセシリオも怯んでしまうほどの強く冷たいものであった。
彼は何を心配しているというのか。サクリーシャはあんなにもおまえを……これまで見たことも無いあんな表情をして………
「…貴方は…セルディアの、一国の主で…民に愛されて……呪われた人間でも周りには人が集まって来て……なんだって、手に入れられる……」
デュアンはセシリオをまっすぐ見据えたまま語り続ける。
「他の何を失っても良い。…サクリーシャだけは……彼女だけは僕のものなんだ……」
「…」
「…」
そのままここに立つ青年二人はどちらも言葉を発することなくしばらく見合った。
非常に奇妙な空間であった。
互いに互いを羨ましくも妬ましくも思う複雑な感情が渦巻いているが、しかしどちらも優越に浸れはしなかった。
「…すみません、僕、彼女のことになるとつい必死になってしまう所があって……」
デュアンは突然切り出した。彼の表情や口調は、まるで憑き物が落ちたかのように爽やかなものに戻っていた。
セシリオはゆっくり首を横に振り、一礼すると屋敷へ戻った。
いつもならばたとえ相手に聞こえなくとも、礼儀として声を出して話すセシリオだったが、この時は言葉が出てこず黙ったままその場を去った。
まだ眠る気にはなれなかったが、アザの痛みと身体の疲労を感じたセシリオはそのまま足早に寝室へ戻り、横にはなったがやはりなかなか寝付けなかった。
―――
翌朝、デュアンとサクリーシャが用意した朝食を、一行はこれまでの旅の話で楽しく囲んだ。
その間セシリオは話に適当な相づちを打ちながらも、意識は昨日のデュアンとのやり取りに向いていた。
(もし自分の恋人があのような呪いにかかっているにも関わらず、突然何者かも分からん男共と危険な旅に巻き込まれているとしたら……)
確かにあれほどの殺意を向けてもおかしくはないか…セシリオは昨日の自身の態度の方が大人げなかったと思い直した。
本当はずっとここにいて欲しい――デュアンの切実な思いを知ったセシリオは、今も笑みを浮かべてサクリーシャの話を聞いている彼を少し気の毒に思った。
「本当にお世話になりました。デュアンさんは僕たちの命の恩人です」
フィミリーはデュアンと固い握手を交わす。他の仲間達も絶体絶命のピンチを救ったデュアンに一人ずつ御礼を述べる。
セシリオも、旅が終わってセルディアに帰った際に改めてしっかりとした礼をと伝えてもらった。
「…本当にサクちゃんにだけは声が聞こえているんですね……」
デュアンはサクリーシャがセシリオの通訳をすることをものすごく不満そうな目で見ていた。
「何故かは分からないけどね…お互い強力な呪われ仲間ってことかな」
納得行かない顔をしていたデュアンだが、サクリーシャの言うことには言い返すことが出来ないらしい。
「…じゃあ名残惜しいけどそろそろ行くね。お仕事頑張ってね」
「…うん……たまには鳥を飛ばしてね、どんな些細なことでも良いから」
恋人たちの別れが始まったため、セシリオ達は気を使って少し距離を取った。
「いや~うまいもんたくさん食わしてもらったけど、あの人サクリーシャ好きすぎるなぁ」
キサが何の気なしにさらりと言う。
「確かに…僕でさえ、サクリーシャさんとの関係を疑われましたよ…」
「……実は、私もです……」
チユキがそう呟くと、それにはさすがに全員反応してしまう。
「……確かにサクさんには仲良くしてもらってはいますが……」
チユキは少し困ったような顔をする。
キサとフィミリーもセシリオと同様に、同性であるチユキすら疑うのは行き過ぎていると感じているようであった。
(…俺だけにああだったわけではないのか…)
ほっとしたようなそうでないような、妙に複雑な気持ちであった。
しかし、彼はかなりの好青年であるし、努力もしているのに何故そこまで自信が無いのだろうとセシリオは思った。
「お待たせー!ごめんね!行こっか!」
恋人に久しぶりに会ったというのに、この短時間で笑顔であっさりと旅に戻れてしまうサクリーシャを見て、デュアンの気持ちが少し分かったような気がしたセシリオであった。
デュアンはお互いの姿が小さくなってやがて見えなくなっても、ずっと手を振っていた。
―――
「彼も王立研究所で働いているならば、共に出発すれば良かったのではないか?」
「誘ったんだけど、デュアンはもう家で作業するばっかりらしくて…」
セシリオのふとした疑問はあっさりと解消される。自分がもう少し回復に時間をかけてやれば、迷惑はかかってしまうが長く一緒にいれたかもしれない。
「そんな気を使わないで。早く魔王を倒さないといけないし…デュアンも分かってくれてるから!」
セシリオがあれこれと考えているのがサクリーシャにも伝わったようだ。
だがデュアンはサクリーシャの旅を全面理解しているわけではないだろうとセシリオは思った。
ついでに魔王はまだ復活すらしていないだろうとも思った。
セシリオは驚異の回復力で既にピンピンしていたのだが、一時死にかけたことを異常に気にしたフィミリーの提案もあって、一行は魔物の少ない一般ルートを通って王国を目指した。
途中、王国に最も近い門も通り過ぎたが、東の大陸は歩いて行くにはあまりにも広く、シントライデル城下町に到着したのは日が落ちてからであった。
「…なんとか今日中に着けて良かったです……」
息を切らせながらそう呟いたフィミリーだが、セシリオのためにすぐさま宿を探しに行ってしまった。彼はセシリオに野宿させることを極端に嫌う。
「…本当に良かったです…夜になってしまえば…一般道も魔物が出るらしいですから……」
「魔物くらいセシリオがいればなんでもねーよ!それより腹減ったわ~」
案ずるチユキにキサがけろりと言う。実は自身がセシリオを上回ろうかという戦力だということを彼は知らない。
(しかし…ここはBランクの大陸か…実力を試しておきたかったな……)
ランクカードを更新したいセシリオは、自身の力を知っておきたいという気持ちもあり魔物との戦闘をむしろ望んでいた。
王国に来た目的のひとつとして、この城下町にあるガーディアン本部にサクリーシャの門の使用がどうにかならないか問う、というものもあるのでどのみちガーディアンには行くことになる。
ここでセシリオ一行のランクをおさらいしておこう。
セシリオ・キサ・フィミリー…C(最低ランク)
サクリーシャ・チユキ…ランクカード未所持
五人ものパーティを組んで王国までやって来て、(まだ復活すらしていないが)魔王を倒そうとしているとは思えない弱小軍団である。
明日ガーディアン本部にてなるべく高いランクの取得が出来なければ、この先の旅の存続すら危ぶまれる…
それにしては一行に危機感というものがあまりにもないなと思うセシリオであったが、自身もこのところ動揺したり死にかけたりと失態ばかりなので説教は飲み込むことにしておいた。




