彼を襲う敗北
敗戦濃厚だった二人の刺客との戦いは、ここであっさりと終わりを迎えることとなった。
意識の無い状態で、橋の下に広がる大海原に投げ出されたかに思われたサクリーシャは、上空で目を覚まし、身体を捻って橋の上へと舞い戻ったのだ。
それを見て一瞬ニヤリと笑ったサドは両手剣を持つ手に力を込めると、素早く空を切りその場に竜巻のようなものを起こし、サクリーシャに釘付けになっているサイファスの身体をふわりと持ち上げる。
「わっ!なっ!何すんだ!!」
サイファスが自身の置かれた状況に気が付く頃には、彼の足下には海が広がっていた。
「海の藻屑となるが良い…」
サドが再びその台詞を口にした時、彼の起こした竜巻は消え、今度はサイファスが真っ逆さまに海へと吸い込まれてゆく。
「サイファス!!!!」
ゼヴァールは改造人間である自身が海へ入ればどうなるかなど考えもせずに海へと飛び込んだ。
海には獲物を狙う魔物達も群がっており、それらを追っ払うだけでも一苦労な様子であった。
必死の抵抗を続けていた二人であったが、やがてゆっくりと沈んでいき、終いには見えなくなってしまった。
「……ふん」
サドはその様子を柵の上に乗って見届け、這い上がって来ないことを確認すると橋の上に戻った。
彼の目の前には息の上がった様子のサクリーシャが立ち上がってこちらを見ていた。
「サドさん……ありがとう…ございました……なんとか…勝てましたね……」
この逆転劇の真相は、サドがサクリーシャの方へと走り出したあの時に遡る。
―――
サドはサクリーシャの首を掴み柵へ走っている際、放心している彼女に耳打ちする。
「…おい。我が貴様を殴って海に捨ててやる。……気絶した芝居を打て」
「…えっ」
言葉少ないサドの台詞は死刑宣告にしか初めは取れなかったが、サクリーシャはこの状況をなんとか打開するために必死で考える。
(殴るフリをするから私も気絶したフリをして…海に捨てられたと見せかけて、橋の上に復帰しろってこと…よね……)
サクリーシャの思考がまとまりかけたところに、サドが続ける。
「…奴らは貴様を狙っているように見えるが恐らく……」
サドの台詞が終わる前に柵の上にたどり着いた二人は、段取り通りに芝居を打つが…
ガゴスッッッッ
(いっっっったぁぁい!!手加減しないで殴ったわこの人!!)
サドの強烈な一撃にサクリーシャは思わず反応しそうになるが、なんとかこらえて気絶したフリをする。
その間に気付いたことだが、そのあまりの強打で身体の震えという状態異常も治っていたのだ。
―――
そこから先はこれまでにあった通りであるが、思い切り投げられたサクリーシャにとって復帰するのも実はかなり命懸けであった。
この時のサクリーシャの身体能力と、サドがサイファスを海へ落とした際の竜巻起こしの技に関しては、チユキが放った補助呪文の効果もかなり効いていただろう。
しかし…もしサドの作戦をうまく汲み取れなかったとしたら……
もし復帰に失敗してそのまま海に落下していたら……
それはそれでサドは構わず一人で戦い続けていただろうと思うと、サクリーシャは改めてサドを恐ろしく思った。
それはさておき、仲間達はとてつもなく危険な状態だ。
とにかくなんとかしようと立ち上がったサクリーシャは全員で常備していた回復薬を仲間達に飲ませる。
しかしそれは応急処置程度のもので、それ以上どうやって仲間達を救うかその手段は持たなかった。
さすがに疲労したサドも、座り込むやいなや電池切れでキサへと戻りかけていた。
この時点で意識があるのはサクリーシャのみであった。仲間達は少しでも速く適切な処置を行わなければ、最悪の状況にもなりかねない……
(どうしよう…どうしたらみんなを助けられる…?)
周りには相変わらず人通りはなく、反対側の関所も見えてはいるが助けを呼びに行くには遠い。だが彼女にはそこまで行くしか手段は無かった。
意を決したサクリーシャが少し走り出した所で、彼女はある事実に気付く。
(そうだ…ここはシントライデル大橋!なら関所の人に頼るよりも―!)
彼女が取り出したのは小さな機械仕掛けの鳥であった。それに何かを話し掛け、上空に向かって放つ。
(お願い…!間に合って…!)
サクリーシャは関所へ向かっていた足を止め、再び仲間達のもとへ踵を返した。
―――
(……ここは………?)
セシリオが目を覚ましたそこは既にシントライデル大橋ではなく、ふかふかした大きなベッドの上であった。
強力な刺客と戦っていて、自分はゼヴァールからの一撃を喰らって意識を失って―
(なんだ!?どうなったんだ!?他の奴らは!?)
起き上がったセシリオは自身の身体に包帯がしっかりと巻かれ、いつの間にか手厚い処置を受けている事実に気付く。
「―あ!!セシリオ!!目が覚めたのね!!良かった…本当に良かったぁ……」
突然開かれた扉から顔を出したのはサクリーシャであった。セシリオの無事を確認し、安堵の涙を流す。
サクリーシャの声を聞きつけ、他の仲間も駆けつけてくる。皆、安堵と喜びの混じった表情で、特にフィミリーは号泣するあまり液状化しつつあった。
「…皆、ありがとう……だがここはどこだ…?戦いはどうなった…?」
尚も状況がさっぱり読めないセシリオが動揺していると、扉からもう一人、見知らぬ青年が姿を現した。
「意識が戻られたのですね!セシリオさんは最も危険な状態だったので良かった…」
彼は爽やかな笑顔でセシリオに話しかける。おそらくこの家の主だろう。
「…じゃあ、セシリオの目が覚めたところで改めて紹介するね。彼は私の…恋人のデュアンです」
頬を赤く染めてその青年を恋人だと言うサクリーシャに、セシリオは驚き戸惑った。
何故戸惑う必要があるのかも分からないが、セシリオはそれを気取られないように顔色を変えず
「そうか」
とだけ言った。しかし何故戸惑いを隠そうとしたのかもまた不明であった。
デュアンは強い目力を持つ大きな瞳の下に、少しクマが出来てはいるが睫毛は長く、鼻もすっと通っていて端正な顔立ちをした青年であった。
漆黒の髪は天然なのかツンツンと色々な方向にはねている。
そして…今日の刺客との戦いの顛末を話すサクリーシャをとてもとても愛しそうに見つめている。
「彼は王立研究所で色んな道具の開発に携わっていて…この機械の鳥も彼が発明したのよ」
サクリーシャは手のひらに乗せた小型の機械仕掛けの鳥をセシリオに見せる。
「サクちゃん、これは僕だけじゃなくてみんなで発明したんだよ」
そう言いながらもデュアンの顔は嬉しそうにゆるんでいた。
「この鳥を使ってデュアンに助けを呼んだの」
伝書鳩のような役割を果たすらしいその機器は、録音した音声を登録した指定の場所に届ける役割を果たすらしい。
このデュアンの屋敷はシントライデル東の大陸南部にあり、関所から非常に近い位置にあるという。
「サクちゃんからの必死のメッセージを聞いて、すぐに馬車を手配しました。本当に間に合って良かった…」
サクリーシャからの絶体絶命の声を思い出しているのか、デュアンは険しい表情で言う。
「王国までは距離もありますし、皆さん良ければ今日は休んで行って下さい」
「セシリオ様、デュアンさんもこう言って下さってますので今日はご好意に甘えましょう。セシリオ様の傷は深すぎます…」
自分が寝ている間に既に話はついていたのだろう。フィミリーはデュアンの言葉に遠慮することはなく食い気味に言う。
「…そうだな。すまない。少し休ませてもらう…」
セシリオはサクリーシャにそう言うと、そのまま気が抜けたように横になり、疲れもあったのか再び眠りについてしまった。
―――
妙な時間から寝ていたからか、真夜中にセシリオは目が覚めた。
とっぷりと日が暮れていたがなかなか寝付けないセシリオは、周りの仲間を起こさないようにそっと部屋を出た。
廊下に出ると、その広さにセシリオは驚く。
(普段は一人で暮らしているのだろうか…)
全員を運ぶ馬車の手配の迅速さや、一行への充分すぎるくらいの適切な処置……彼は相当な財力の持ち主だと考えられる。
だがサクリーシャが惹かれているのは財力など、そんなものではないのだろう……
屋敷をうろつくのも失礼にあたると判断したセシリオは、それでも部屋に戻って眠る気にはなれず外に出た。
外で夜風に当たっていると、モヤモヤとした気分が少し晴れた。
セシリオは今日の刺客との対決のことを負い目に感じていた。一行の要でもある自分が油断したことから、下手をすれば全滅レベルの損害を出してしまった…
(この呪われた力を使いさえすれば、勝てない敵などいないと慢心していたのだろうな…)
実は初めに目が覚めた時から右目のアザが異常なまでに痛むのだが、周りに心配をかけまいと黙っていた。
(休めば治ると思っていたが……このような力に頼り過ぎていた俺を嘲笑っているのか?)
ふと殺気を感じたセシリオは素早く反対方向へ飛びつつ杖を構える。
しかし目の前の魔物は既に槍が刺さって息絶えていた。月の光に照らされ、漆黒に輝く槍の持ち手をたどって行くと…
「セシリオさん、危ないですよ」
デュアンであった。彼が背後からセシリオを襲おうとした魔物を仕留めてくれたらしかった。
しかし魔物は去ったというのに、どういうわけか彼から強い殺気が放たれているように感じるセシリオは、身を強張らせたままデュアンの次の言葉を待った。




