第五十三話
そして彼は、固まっているウェルコットの代わりに問う。
「ところで、お前。ファムローダの人間だな? あの国は何をしようとしている」
「何って?」
きょとんと問い返してきたクーに、シルヴィオはため息をつく。
「人の気配はあるが、その人間がいないと言う状況についてだ」
「…………それはね、罪を犯した人間とか、奴隷を使った実験のせいだよぉ」
へらっと笑うクーの言葉に、固まっていたはずのウェルコットが驚愕の表情を浮かべた。
「……?! それは禁忌でしょう…………?」
「うん。だからあたしたち錬金術師はかかわってないよ」
「長たちは何をしているのです? いずれかが禁忌を犯さぬよう見張り、報告し、諭しあうのが役目でしょう。それはどうなっているのです?!」
「さぁね。だって、率先してやってるのは研究師長と、魔導師長代理の副魔導師長だから。あたしは関係ないし、やめるように言っても二対一じゃ、負けちゃったもん。だから、錬金術師たちには一切かかわらないよう言ったんだから!」
「…………現在の錬金術師長は誰です……?」
「ん? あたしだよぉ~」
「冗談はやめてください」
「ホントだも~ん。ほらぁ」
そう言ってジャケットの内側の、小さな青いバッチを見せた。
バッチには青い宝石が一つと、その石を手に乗せているように見える、フードをかぶった横向きの男。
これにウェルコットが目を見開く。
「そんな、馬鹿な……」
「信じたぁ? あたしが錬金術師長様だってこと! だからあのだっさーい青ローブを無くして、この格好にしたんだぁ。もちろん男の子はズボンだよ」
楽しげのいってクーは笑う。
クーの言葉からある程度を把握したシルヴィオは、確認のためウェルコットに声をかける。
「……ウェル、どういうことだ?」
「え? あぁ。彼の、ぉうっが……! ……ぅ…………」
腹部を連続で殴られ、蹴り飛ばされたウェルコット。
彼の体は壁に勢いよく激突し、ずるりと滑り落ち、力なく床に座りこんだ。
そんなウェルコットの唇の端からは、血が流れていた。
「ウェル、『彼』じゃないでしょ? か・の・じょ! でしょ……?」
クーはそんな彼の前まで行って、こぶしを作ったまま、小首を傾げて微笑んだ。
この時。
クーの目は笑っていなかった。
シルヴィオはそれをただ、唖然茫然で見届ける。
おまけにこの間。
ウェルコットは身動き一つしない。
それを不審に思ったシルヴィオが、彼の傍に行き、肩に手を伸ばす。
「ウェル? 大丈夫か……」
彼の手が当たった途端。
ウェルコットの体が傾き、床の上に崩れた。
あまりの事に、シルヴィオは固まり。
クーはやっちゃったと言わんばかりの顔をした。
「………………」
「…………………………」
「………………………………」
「…………………………てへ……!」
沈黙の末。
クーがいたずらっ子のように、笑顔で舌を少し出し、拳を軽く頭にあてて笑った。
「誤魔化せてないぞ?」
「うん、だね! ウェルの脈あるかな~?」
そういってクーはウェルの首に手を添え、驚愕の表情を浮かべ、両手を口元に当てた。
「あ! ……どうしよう…………脈がある……」
「…………言うと思った。(なぜだろう。酷く疲れを感じるのだが……)」
「もぉ! びっくりさせないでよぉ、脈を弱めて死んだふりなんて通じないんだから!」
「いや、多分。本気で死にかけているのだと思うが……」
「え? ウェルが? まっさかぁ! だって、ウェルは――」
「色々やって殺そうとしても死ななかったって言いたいんだろう? だが、こいつの年を考えてやれ。ウェルもいい年なんだ」
「あ……そうだった」
クーはシルヴィオの言葉で年を考えるそぶりを見せ。
ジャケットのポケットから、革製の小物入れを取り出し、その中から透き通った緑色の石を取り出した。
「え~と……【人間を作りし慈悲の女神。その慈悲を弱者及び、弱りし者に与えたまえ】」
クーがそういうと、手に持っていた緑色の石は消え。
死にかけていたウェルコットの顔色が、健康的な顔色に戻っていた。




