第五十二話
「きゃぁ~、あたしに会えて気絶するくらい嬉しかったのね! 嬉しい!!」
「いや、そうは見えないが……」
ぼそっと言ったシルヴィオの言葉に、少女はウェルコットに抱き着いたまま、きょとんとした顔で振り返った。
「ん? あれれぇ、君の背中の……あ。そうか、確か君。シルヴィオって名前だったよね。初めまして、あたしのことはクーって呼んでね!」
パチコンとウインクする少女・クー。
おそらく偽名か、愛称だろう。
シルヴィオはそう考え、短く返事をして、クーに抱き着かれて気絶しているウェルコットに目を向けた。
「あ、ウェルね。大丈夫、まっかせてぇ!」
クーは彼の視線に気づき、抱き着いていたウェルコットを床に寝かせて、彼の頭を自分の膝に。
つまり膝枕。
「う~んと……ぷぷいのぷ~いで戻ってこーい~!」
そういってクーは、両手でパンと音を立てる。
(そんなことで戻ってくるのか……?)
シルヴィオは若干痛い子を見る目でクーを見てしまった。
しかし、はたりとクーの容姿を思い出す。
彼女が身に着けている黒い線の入った、青いジャケットに白いシャツ。
同じ色で裾に黒い線が入っている、膝よりずっと上のスカート。
膝上の黒いソックスそれに、青い靴。
髪は雪を連想するような白。
瞳は大きなアイスブルー。
おまけに可憐な少女だ。
(いや、待て。確かウェルはこの少女が現れる前、【あの男】と言ってにひどく怯えてい無かったか?)
そう考えた彼はクーに目を向ける。
クーは案の定と言うかなんというか、起きないウェルコットに小首をかしげていた。
「おっかしいなぁ……。ウェルぅぅ……起きて、起きてよぉお、ね~え~」
膝の上の、ウェルコットの頭をグワングワン揺らす。
「……しょーがないなぁ~。ぅおらぁ!!」
クーは男前な掛け声と共に、ウェルコットの腹に拳を叩き込んだ。
「ぐがぁ……………………!」
その衝撃でウェルコットの体がしなった。
クーはその様子にひどくご満悦のようで、とてもとても楽しげに声を上げて笑った。
「目、覚めたぁ? 覚めてないなら~、後二発連続で叩き込んであげるよ?」
「っぅ………………クラ、ジーズ……あなたと、言う人は……」
「うふふ。連続ケッテー!」
クラジーズと呼ばれたクーは張り付けた笑みを浮かべ、実行した。
絞り出すような声で言ったウェルコットは、再び連打でクーの拳を受け、腹部を抑えてうずくまっている。
「もう。ウェルはどおしてあたしを困らせるのぉ?」
「それは、私のセリフ、です……。あなたはどうして、いつもいつも。私を殺そうとするんです……?」
ウェルコットはそう言いつつ、回復魔法発動。
その後すぐ、痛みはなくなったのか、後半は滑らかにしゃべり、立ち上がり、発動を止め。
クーから距離をとった。
「え~? なんで? あたし、ウェルの魔法封じて崖から突き落したり、重石つけて海に沈めたり、逆さ吊りで一番高い塔の最上階から何日か吊るしたり、地中に顔だけ出して何日か埋めてみたり、限界まで眠らせないように頑張ったり、致死量の毒を盛ってみたり、精神破壊して廃人にしてみたり、試作品の拷問器具に押し込んだりしたけど、殺すつもりなんて全然なかったよ?」
「「………………………」」
とんでもないと言わんばかりに反論したクーに、シルヴィオとウェルコットは黙って顔を見合わせた。
「ウェル。お前本当に良く生きてたな……」
「はい……。あの頃は、必死でしたから…………」
シルヴィオの言葉に、ウェルコットは遠い目をした。
「もぉやだぁ、二人して。なんかあたしが悪者みたいじゃない! ちゃんと殺してないからいいでしょ?」
「……そういう問題ではありませんよ。いい加減その姿をやめたらどうです?」
失礼な。とでも言いたげなクーに、ウェルコットはため息をついて、疲れた様子でいうと、クーの顔と声から表情が消えた。
どうやら本来の姿云々は禁句のようだ。
「ウェル。もう一回殴ってあげようか? 今度は三発……」
拳を構えるクーに、ウェルコットは顔を青ざめ、早口に返答する。
「結構――――いえ、要りません!!」
「ふふ。『結構』ってことは、殴ってほしいってことだよねぇ…………」
「……っう…………殴ってから、言う言葉では……ないか、と……」
壁に寄りかかり、絞り出すように言ったウェルコット。
彼は再び回復魔法を発動させた。
「ウェルが馬鹿過ぎるからいけないんだよぉ~」
間延びした無邪気な少女のような口調にもどったクー。
ウェルコットはそんな少女に、顔をひきつらせた。
そしてしばしの沈黙の後。
彼は口を開いた。
「………………で。どうしてあなたはここに居るのです?」
「ん? あのねぇ、ずっとウェルを見てたんだぁ。でも、この国全体に、ウェルが超高度な結界魔法張ってたから、入れなかったんだぁ~。でも今日。ウェルが魔法式変えてくれたおかげで、結界を突破できたんだよお~」
嬉しそうなクーの発言に、ウェルコットは絶句し、固まる。
シルヴィオはそんな彼の肩に手を置き、頭を緩く振った。




