第五十四話
それからしばらくして、身を起こしたウェルコット。
彼は深々とため息をつき、ぶった切られた話の続きを始めた。
「………………。バッチの事ですが。はめ込まれている小さな青い魔法石。あれが本物の錬金術師の長と言う証です」
「そうだよぉ~、この小さな石は魔力結晶。つまりね。大量の魔力を第零級錬金術魔法【錬成圧縮】ってやつで、すっごーく圧縮して作られてて、すっごい石で、すっごーーーーく危険な石なんだよぉ」
けたけたと笑うクーに、ウェルコットは呆れ顔でつけたす。
「『第零級錬金術魔法』とは錬金術でも魔法でもありません。錬金術最高の第一級より上の、まったくの別物なのです」
「そうそう。でも仕組みは簡単なんだよ~。だって。錬金術に必要な陣書いて、それに魔法を組み込むだけなの!」
笑顔のクー。
ウェルコットはそんなクーを見て、呆れ顔でため息をついた。
「これは簡単に言ってますっが……っぅ……だ、第一級を、扱えるごくわずかな錬金術師、ですら、零級を扱える術師は……おりません!」
『これ』と指さしたせいで、クーに噛みつかれたウェルコットは、魔法と開いている手を駆使して必死に口を開けさせ、指を抜いた。
肩で息をするウェルコットは、歯形がついた人差し指をさすり、クーを鋭く睨む。
しかし、睨まれたクーは「あばばばぁ~」と言い、馬鹿にするように顔の横で両手の指を動かした。
ウェルコットはこれに、噛まれた方の手に、力を込めて拳を握っているのか、小刻みに震えている。
「……二人とも落ち着け。クーはウェルを挑発するな。ウェルはその挑発に乗るな。いいな?」
あまりに子供っぽい二人の様子に、シルヴィオは呆れ顔でため息をついて言うと、二人は不服そうな顔をした。
「まったく……。で。それを扱える者が居ないというのはどういうことだ……?」
「……はい。私たち魔力を持つ者は、生まれつき魔法と錬金術。このどちらかに適性を現します」
「そうそう。おまけに、魔力も生まれつき多いか少ないかのどちらかなんだよ」
「……ですが、数兆分の一と言う途方もない確率で、魔法と錬金術の両方に適性を示し、強い魔力を持つ者が生まれると言われています。そして、第零級はこの条件を完全に満たした術者のみが、扱える術です。なので、私たちのようにどちらかの適性しか持たない術者には、到底扱えるモノではありません」
説明の途中でクーに割り込まれたウェルコットは、なんとも言えない顔でそう答え、それにクーはうんうんと頷く。
「だからね。この石を作ったうんと昔の人と、あたしだけしか使えない術なんだよ」
「………………何を馬鹿なことを言っているのです? あなたは」
クーの発言に、冷めた目をむけるウェルコット。
それにクーは唇をへの字に曲げる。
「むぅ……。信じてないな! ふん。自分だって、極まれの化け物みたいに魔力が無尽蔵の癖に!」
「いいですか? 数兆分の一です。あなたはこの数値を理解していますか? 奇跡と言っても過言ではない数値なのですよ? 大体、そんな術師があなたのようにお馬鹿なはずがないでしょう? それに、私の事は珍しくありませんよ。先先代の魔導師長様が、私と同じ無尽蔵の方だったではありませんか」
「そういえば、先先代様の死因は老衰だったよね~」
「そうですね」
思い出したように言うクーに、ウェルコットは返事をして、いきなり脱線した二人。
シルヴィオはそんな彼らに頭を抱えた。
「あ、そうそう。先代の錬金術師長も老衰だよ。しかもちゃっかりあたしを任命して死んでくれちゃってねぇ……」
めんどくさいと言わんばかりに、人形の様に愛らしい顔を歪めたクー。
その様子に、ウェルコットは一つ頷いた。
「…………錬金術師長様もお年を召されていらっしゃいましたものね。頭の中がおかしくなっていても不思議ではありません」
「なにか言いたいこと、あるの……?」
張り付けた笑みのクーに、ウェルコットはいつも通りの微笑みを浮かべる。
「いいえ。なにも」
「いいなよ。怒んないから」
「声に抑揚がありませんよ」
作り物の笑みと、いつもの微笑みを浮かべた顔で言いあう二人を前に、シルヴィオは窓側の壁に寄りかかり、窓枠から見える空を見上げる。
空には、太陽がさんさんと輝き、白い雲がゆっくりと動いていた。
「そんなことないよ。ほら、言えよ」
後半が低くなったクーに、ウェルコットは鼻で笑って、小ばかにした笑みを浮かべる。
「馬鹿ですが? そう言われて素直に答えるとお思いですか? 頭が一段と弱くなっているのではありませんか?」
「あぁ? ケンカ売ってんの?」
「はぁ……。これだから単細胞は」
「ハァ? それはお前だろ。いや、お前は頭でっかちで外を知らない馬鹿だったな」
「おやおや。外ばかり目を向けすぎて、中を知らないあなたにいわれたくありませんねぇ」
「へッ。師を見殺しにして、国中の人間の記憶いじって逃げた奴に言われたくないな」
「なんですって…………?」
本格的に不穏な空気を出し始めた二人。
シルヴィオは呆れ顔でため息をついて、口を開いた。
「いいかげんにしろ。話が進まないだろう……?」
しかし、彼がそういっている間も、ウェルとクーはにらみ合うのをやめない。
少し前まで問答無用で殴り掛かっていたクーと、問答無用でやられていたウェル。
どうやらクーは性別関係の事以外では手が出ないらしい。
しかし、これでは話が進まないため、シルヴィオが顔をしかめ。
両手で拳を作り、身長さのある二人の頭を殴打した。
殴られたウェルコットは横っ面。
クーは頭頂部を抑え、シルヴィオの方を向いた。
「話を脱線させるな。いいな……?」
「「……はい」」
笑顔で拳を握っている彼を見て、二人はしぶしぶといったようすで返事をした。
「クーが錬金術師の長だということは分かったから、ルッティーフ公爵家の人間の話に戻すぞ」
「はいは~い。もう人間じゃなくて物になってるとおもいまぁす!」
右手を上げて、間伸びた口調でいったクーに、シルヴィオは顔をしかめた。
「では、その『物』から人に戻すことは可能か?」
「無理だよ。だって、二つの液体をを一つに混ぜたらもう元に戻せないでしょ? それと一緒なの。それに、二つに分けられたとしても元の形に戻せないし。その人は人じゃない。ただの液体なんだ」
前にネズミで実験した時の情報だよ。と付け足してクーは笑った。
「ウェル。お前はどう思う……?」
「…………私も、元の姿には戻せないと思います。それに、生命体を混ぜるには、魔法で液状にし、混ぜなければ分離してしまいますから……」
「……………………と言うことは、液状になっていない人間しか助からない。と、言うんだな?」
頷き、シルヴィオは静かにそういうと、クーとウェルは頷いた。
「だから、早めにその『液状じゃない人間』を助けた方がいいよ」
「そうですね、善は急げ。ですよ」
笑顔で促す二人に、シルヴィオは軽く目を見開き、ふっと笑った。
『……し長様! 錬金術師長様! 聞こえますか、聞こえたら返事をお願いします!!』
突如聞こえた、切羽詰まった女性の声。
その声はくぐもっている。
クーはそれに聞こえてるよ。といって、ジャケットの(小物入れが入っていない方)ポケットから、親指ほどの透明な硝子玉を取り出した。
これによって、くぐもった声は解消され、女性の声がはっきり聞こ得るようになる。
『あぁ師長様! どうしましょう、私たち錬金術師ではない、魔術師や研究師の家族や恋人が、魔導師たちに連れていかれました……!!』
「え。それホント?」
『はい。私の両親――研究師二人も、連れて、いかれました…………』
声は涙声を押し殺すようにいう。
しかし、言葉の最後で、鼻をすする音と、小さな嗚咽が聞こえた。
「分かった、安心して。あたしが何とかするから、絶対に副魔導師長と、研究術師長の言うことは聞かないようにね」
諭すように言うクーの声に、硝子玉からは、息を飲む音が聞こえた。
『は、ハイ! 皆にそう伝えます』
「頼んだよぉ~」
『ハイ、任せて下さい!』
聞こえた声は嬉しそうな声が聞こえて、途絶えた。
クーはとても楽しげな顔をして、ウェルコットの方に目を向ける。
それにつられる形でシルヴィオは彼の方を向く
ウェルコットは動揺し、困惑の色をありありと浮かべていた。
「どうしたのぉウェル~?」
「…………何でも、ありませんよ……?」
からかうような口調でいったクーに、ウェルコットはハッとして、動揺を隠そうとした。
しかし、それに失敗し、目が泳いでいる。
クーはそれにニヤリと笑みを浮かべた。
「うそぉ。素直に言ったら? 『妹が錬金術師になってて驚いた』って……」
そういって、けたけたと笑うクーをウェルコットは鋭く睨みつけた。
「やめろと言ってるだろうが……。まったく。クー、お前はファムローダに帰るんだろう? ウェルお前は俺と共にルッティーフ公爵家の息子を救出だ。わかっているな?」
問うシルヴィオに、ウェルコットは目を泳がせた後。
まっすぐ彼を見据え、はい。と返事をした。、
「救出が終わって、その子に異常がなければ好きに行動していい」
「?! ……ありがとうございます…………!」
彼の言葉に、ウェルコットの表情はパッと晴れた。
シルヴィオはその後すぐ、行くぞと言って、公爵家の子どもの居る、牢のなかに移動した。




