第七十二話
これにシルヴィオは苦笑し、疑問をぶつける。
「じゃぁお前、どうやってウェルの部屋に入ったんだ?」
「ん? 鍵だよ。零級で作った、どんな魔法でも解除することができる――って! そっか!!」
ぱぁっと表情を明るくして立ち上がった少女。
その姿はとても微笑ましく、シルヴィオは顔をほころばせた。
(問題は、こいつの中身。だな……。おそらく、男。そして、ウェルと年が近いだろう…………)
「ちょっと。今何考えてるの……? あたしが男だとか、ウェルと年が近いとか考えてたら…………殺しちゃうぞ☆」
「…………本当にやりそうだから手におえない……」
「何か言った……?」
ボソッと呟いた彼の言葉に、クーは抑揚のない声で言い。
射殺すような目で、先ほどの鎌と同じだが、異様に大きな鎌をシルヴィオの首を刈るように当てた。
「……………………何も。だからこれ片づけろ……」
「ふ~ん……。しょうがない、今日は初めてだから見逃したげる! でも…………。次はないよ……?」
彼の言葉にクーは不服そうにしながら、大鎌を消して、本気の目と表情で言ったクー。
これにシルヴィオは顔をひきつらせた。
「さて、お馬鹿の相手はおしまい! じゃじゃぁ~ん!!」
ローブの中から、ウェルコットの部屋に侵入した時の赤い鍵を取り出したクー。
彼女(でいいのか解らないが、そういうことで)はそれをタヌキの背中に、深々と突き刺した。
ぎょっとするシルヴィオと、難しい顔になったクー。
鍵を突き立てられたタヌキは平然としていた。
ちょうどこの時。
回復したのかウェルコットがリビング入り口に背を預け、立ていた。
「クラジーズ、あなた今何時だと思っているのです?」
「ッチ………」
舌打ちと同時に、クーは先ほどの大鎌をウェルコットに向け、ぶん投げた。
大鎌は回転と同時に風を切り、不吉な音を立て、彼を襲う。
しかし、ウェルコットはそれに驚いた様子はなく、高速で回転しながら飛んでくる大鎌の柄を、片手でつかんだと同時に赤い光の粒子に変わり、消えた。
「まったく。『人に物を投げてはいけない』と、親に習いませんでしたか?」
呆れ顔のウェルコット。
しかし、言葉の端々に苛立ちと怒気がこもっていた。
「しらなーい。あたし、親いないも~ん!」
ぷーんと言って顔をそむけるクー。
その様子にウェルコットはため息をついた。
「……いつも師匠に怒られていたでしょう…………?」
「お師匠様に怒らたことないもん」
クーはこの言葉に、顔をそむけたまま、頬を膨らませ。
ウェルコットは大鎌を持っていない方の手で顔を覆って呟いた。
「…………怒り通り越して呆れておられたことに、何故この馬鹿は気づかない……」
「なんか言った?」
むすっとした顔でウェルコットを見据えたクーに、ウェルコットは微笑みを浮かべた。
「いいえ。何も」
「あたし、あんたのそのすました顔が大っ嫌い!」
「おやおや奇遇ですね。私もあなたのお馬鹿全開なところが大嫌いですよ」
そう言った両者は輝かんばかりの笑みを浮かべていた。
この時シルヴィオはと言うと。
テーブルに肘をつき、その上に顔を乗せて二人をめんどくさげに見つめていた。
「今日こそ決着つけてあげようか?」
「いいですね。あなたは一度痛い目に遭わないと分からないようですからね」
「へぇ……。あたしに勝つ気なんだ」
「今までのように、手は抜きませんよ?」
「ふ~ん手抜きだったんだ。今まであたし見たら飛び上がって逃げてたくせに」
「そうですね。師の願いが体に染みついてましたからね。ですが、最近。危うく死ぬところだったので、もう義理立てはおしまいです」
「ふん! ウェルは良い子ぶりっ子だもんね!!」
「嫌ですね。『世渡り上手』と言ってください。それより、あなたは本来の姿にお戻りになられてはいかがです?」
「…………うふふ。……やっぱり殺す……!!」
タッと駆け出したクー。
その手には一振りの赤い剣。
クーはそれをウェルコットめがけて、薙ぐ。
これが体にふれる前にウェルコットは、平然と右手を差出し、それを砕く。
砕かれは破片は、大鎌同様赤い光の粒子となって消え。
これに驚いた顔をみせたクーだったが、すぐさま距離をとり、持っていた剣を後に投げ捨てる。
彼女の手を離れるのと同時に、やはり赤い光の粒子に変わって消えた。
「へぇ。詠唱破棄に陣も展開しないで、結構威力あるじゃん」
「おや? 展開して、あなたの腕。吹っ飛ばしても良かったのですよ?」
関心するように言うクーに、ウェルコットはおどけて見せた。
クーはこれに青筋を浮かべ、再び先ほどと同じ剣を左右の手に、一本ずつ持ち、距離を詰める。
「……ふん、生意気…………!!」
「あなたほどではありませんよ」
そう言って迫ってくる彼女の手にある、二本の剣を粉々に砕く。
破片は赤い光の粒子に。
シルヴィオは先ほどからこの光の粒子が気になっていた。
(まぁ。錬金術だとか、魔術だとか……そういった類の物だろう…………)
こう自己完結させた彼は、頬杖をついたまま、眠そうにあくびをし、彼の足元に避難していた、背中に赤い鍵が刺さったままのタヌキも、つられたように「くぁあ」と大きく口を開けた。




