第5話 十一回目の測定
『【検証】無資格の補助、測り直してみた 七番ダンジョン』
広間の奥の試験室は、十年前と何も変わっていなかった。
むき出しの岩の壁。部屋の真ん中に測定器の白い台がある。上の面の、手のひらの形のくぼみ。その奥にはめ込まれた画面。
台から十歩ほど先には実技に使う的が立っていた。人の背丈ほどの黒い石の柱。深い階で採れる、とびきり硬い石だそうで、Bランクの探索者が全力で殴っても表面が欠けるくらいだと聞く。
「配信、してもいいわよね?」
リタが聞くと権藤は鼻を鳴らした。
「好きにしろ。見ている連中の前で、化けの皮をはいでやる」
リタのドローンが赤いランプをつけて浮かび上がる。リタは腕のスマホをちらりと見て目を見はった。
「はい、リタです! 今日は予告どおり、無資格の測り直しです。立ち会いは、協会の監督官の、権藤さん!」
権藤はにこりともしなかった。
リタの横に立つと腕の画面が目に入る。
>きた
>同接15万で草
>昨日の感じ悪い人だ
>権藤っていうのか
>十一回目の測定ってマジ?
リタは昨日の配信よりも声を張った。だが腕のスマホに触れる指が小さく震えている。
やらせなら、お前の資格も終わりだ――昨日、権藤がこいつに突きつけた言葉だ。
「……あんた、ちゃんとやりなさいよ」
ドローンから顔をそむけてリタが小声で言った。
「測るのは測定器だ。俺は、手を置くだけだ。どうせ、ゼロだ」
「だから、そのあとよ。実技まで持ち込めばいいんでしょ」
リタは測定器の画面と的が一緒に映る所へドローンを動かした。
俺は台の前に立った。
これで、十一回目の測定になる。
ゼロなのは分かりきっている。十回ともそうだった。それで終われば権藤は裁判所に申し立てる。俺はダンジョンに入れなくなる――たぶんそれだけでは済まない。リタも資格を失う。
「手を置け」
右の手のひらをくぼみに置く。ひんやりとした感触。
画面の数字はぴくりとも動かない。
ゼロ。ゼロ。
「測定値、ゼロ」
権藤の声が試験室に響いた。それからドローンに向かって言う。
「見ろ。測定器は嘘をつかない」
十年前。十八の俺に権藤は同じことを言った。声も言い方も、画面を見る目も、何一つ変わらない。
あの日の俺は何かの間違いだと思った。次の年もその次の年も同じ台に手を置いた。そうして十回この言葉を聞いては試験室を出る。その繰り返しだった。
受かった連中が浮かれた顔で俺の横を通っていく。次の日から俺はまた作業着で同じダンジョンの岩を片づける。
横でリタの腕の画面を文字が埋めつくしていく。
>マジでゼロだ
>でも切り抜きのあれは?
>実技は?
>実技見せろ
>実技やらせないのずるくね
コメントはどんどん速くなる。リタが腕ごと画面を権藤に突きつけた。
「見てる人たち、実技を見せろって言ってるけど?」
権藤は画面とドローンを見比べた。それから唇の端を持ち上げる。
「……いいだろう。今日は試験ではないからな。特別に、実技もやらせてやる。どうせ、何も起きん」
リタが測り直しを配信にしたわけがやっと分かった。見ている連中に権藤の背中を押させるためだ。
権藤の目がくぼみの上の俺の右手に落ちる。
「手は、測定器に置いたままだ。力を使えば、数が出る。数が出なければ、お前には何もない。それを、見ている連中に見せてやれ」
俺は黒い石の柱を見た。
一年、目立たずに終わらせる。そのつもりだった。
だが十一回目の「測定値、ゼロ」を聞いた時、腹の底で、何かが決まった。十年分、積もっていたものが。
横から視線を感じた。リタが俺の横顔を見ている。
「……やっていいんだな」
「当たり前でしょ!」
右手をくぼみから離さずに。
俺は的に向かって短く言った。
「……砕けろ」
石の柱に細いひびが走る。
ひびは、見る間に広がって柱全体を網の目のように覆い――次の瞬間、ざあっと崩れた。
床に残ったのは黒い砂利の山だけだ。
体の芯がすうっと冷えていく。魔力を半分がた持っていかれた。膝が笑う。硬いものほど、大きなものほど、魔力を食う。柱一本でこれだ。
俺は画面に目を落とした。
ゼロ。ゼロ。
数字は一つも動いていなかった。
体の魔力も、ゼロのまま。今、確かに何かを持っていかれたのに。
リタの腕の画面が爆発したように流れはじめる。
>は?
>え?
>砂利になった
>測定ゼロ(物理)
>ゼロでこれ
>測定器壊れてる説
>権藤の顔www
権藤の顔から血の気が引いていた。
ふらりと的のあった場所へ歩み寄る。砂利を一つかみすくい上げると、指の間からぱらぱらとこぼれ落ちていった。
それから権藤はゼロのままの画面を振り返った。
「測定器は……嘘を……」
その先は出てこなかった。
十年、聞かされ続けた言葉だ。それが今、権藤の口の中で止まっている。
隣でリタの肩からふっと力が抜けるのが見えた。それも一瞬でリタはドローンに向かって胸を張る。
「見た? これが、私の補助よ!」
>リタちゃんドヤ顔で草
>作り物じゃなかった
>切り抜き班、仕事だぞ
その時だった。
ウウウウ――と広間のほうからサイレンが鳴りはじめた。
『三階で、イレギュラー発生。三階で、イレギュラー発生。付近の探索者は、ただちに――』
天井のスピーカーから職員の声が繰り返す。
三階。エリザが今日、配信すると言っていた岩場だ。
リタがはじかれたように腕の画面を操作した。開いたのはエリザの配信。俺も横から画面をのぞき込む。
『な、なんですの、これは……⁉』
エリザの上ずった声。画面が激しく揺れていた。
岩場の奥で岩の山が動いている。いや岩の山だと思ったものは背中だった。ごつごつした岩の鎧に覆われた、とてつもなく大きな背中。
二階で燃やした岩食いの何倍もある。
その前でニールの丸い盾が、小皿のように小さく見えた。
お読みいただき、ありがとうございます!
「続きが気になる!」と思っていただけたら、
ブックマークと、この下の☆☆☆☆☆から評価をいただけると励みになります。
毎日7時、12時、19時に更新します。




