第3話 無資格ニキ
「協会から、お前たちの監督を任された」
権藤は俺とリタを順に見た。
「監督官は、私から名乗り出た。あの映像は作り物だ。私が暴いてやる」
「はあ⁉ 作り物⁉」
リタが椅子を鳴らして立ち上がる。
「測定器は嘘をつかない。測定ゼロの男に、あんな真似ができるはずがない」
当たり前のことを言うような、平らな声だった。
「何かあれば、裁判所に申し立てる。補助に向かないと分かれば、すぐにだ」
それだけ言うと、権藤は背を向けた。紺の背中が受付の奥へ消えていく。
「……感じ悪っ。何、あれ」
「試験官だ。俺は十回、あいつに落とされた」
「十回?」
リタは目を丸くして、それから、にやりと笑った。
「上等じゃない。作り物かどうか、配信で見せてやればいいのよ。ちょうど今日、依頼も入れてあるし」
「……試しただけじゃ、なかったのかよ」
「ついでよ、ついで」
言いながら、リタの目が、俺の足もとで止まった。
「……あんた、そのかっこうで来たの?」
よれたTシャツに、ジャージのズボン。足はサンダル。ポケットからは歯ブラシの柄がのぞいている。
「お前が引っ張ったんだろうが」
~~
『【新企画】無資格の補助と行く! 七番ダンジョン一階』
広間の奥、立ち入りの区域に入ってすぐの通路で、リタは左の前腕にホルダーを巻き、スマホをはめ込んだ。コメントを見ながら動けるように、いつもそうしているらしい。おかげで、横にいる俺にも画面が見える。見たくもないのに。
「はーい、リタです! 今日から、新しい企画を始めます!」
リタがドローンに手を振った。黒い丸い機械が赤いランプをつけて、俺たちの顔の高さに浮かんでいる。
「なんと、あの切り抜きの人が、私の補助になりました! はい、挨拶!」
「……どうも」
リタは腕の画面に目を落として、そのまま固まった。
「同接、八万……⁉ いつもは三千なのに……」
画面の中を、コメントがとんでもない速さで流れはじめた。
>本物だ
>作業着じゃないのか
>サンダルで草
>死んだ目してて草
>審判どうなったの
「審判の結果、一年間、私の補助をすることになりました! それじゃ、行くわよ、無資格!」
「……俺には、迅って名前があるんだけど」
「知ってるわよ」
>無資格呼びで草
>名前あったのか
>無資格ニキ
>無資格ニキで決まりだな
決まらないでくれ。
「今日の依頼は、猫探し!」
リタが一枚の写真をドローンに向けた。飼い主から預かってきたものらしい。横からのぞくと、茶色と白のぶちの、よく太った猫が写っている。
「名前は、こむぎちゃん。三日前に、広間から一階の奥へ入り込んじゃったんだって。初心者さん向けに、見分け方の図も描いてきました!」
続いてリタは小さなスケッチブックを開いて、ドローンに向けた。
これも横からのぞき込む。丸い頭の上に、頭より長い三角が二本、にょっきりと突き立っている。どう見ても角だ。
「……角、あるのか」
「耳よ!」
腕の画面がたちまちコメントで埋まる。
>画伯
>画伯降臨
>魔物の図かと思った
>耳で草
「それから、これ。持ってて」
リタがネズミの形をした布のおもちゃを、俺の手に押しつけた。
「こむぎちゃんのお気に入りだって。飼い主さんから預かってきたの」
一階の奥には協会の明かりがない。ドローンの白い明かりを頼りに、岩の道を進んでいく。浅い階の魔物は弱いし、数も少ない。猫が三日、生きのびられるくらいには。
リタがちらりと俺を見た。
「派手にやりなさいよ。八万人が見てるんだから」
「猫探しで、派手もなにもあるか」
一年、目立たずに終わらせる。それが俺の目標だ。力はできるだけ使いたくない。八万人の前なら、なおさらだ。
二十分ほど歩いた時、ドローンの明かりの先で、茶色と白の毛玉がびくりと跳ねる。こむぎだ。耳を伏せて、今にも逃げ出しそうにしている。
「私が重さで、足を鈍らせる。あんたは、それで気を引いて」
リタが俺の手のおもちゃを、あごで示した。
これくらいなら、目立たない。力を使うのはほんの少しでいい。
リタがそっと右の手のひらを下へ向ける。こむぎの足どりが、ぬかるみを歩くように重くなった。
俺はおもちゃを放った。
「当たれ」
ネズミがふわりと弧を描いて、こむぎの鼻先に、ぽふっと当たる。これで飛びついてくれれば、抱き上げて終わりだ。
だが、当たったとたん、こむぎの足どりが軽くなった。
「えっ⁉ 重さが、消えた⁉」
まただ。崩落の日と同じだ。
身軽になったこむぎが、跳ねるように走りだす。止まれ、と言う間もない。そのまま、壁の割れ目へ飛び込んでいく。
猫がやっと通れるほどの、細い割れ目だ。ドローンは入れない。
「止めて! あんたの力で!」
「無理だ。見えないもんには、効かない」
「はあ⁉」
「俺の力は、見えてるものにしか命じられないんだよ」
割れ目の奥は真っ暗で、ドローンの明かりも届かない。
リタの腕ではコメントの勢いが落ちない。
>見えてないとダメなのか
>弱点あるんだ
>リタちゃんの重さ、また消えてね?
……見ている全員に、弱点を一つ、さらしてしまった。
床に落ちたおもちゃを拾ってジャージのポケットに突っ込み、割れ目に顔を近づける。奥から、かすかに風が吹いてくる。
一階の奥なら、工事で何度か入った。この壁の向こうは、角を曲がった先の通路のはずだ。
「この割れ目、向こうの通路に抜けてる。回り込むぞ」
角を曲がった先の壁に、もう一つ、割れ目が口を開けていた。その口で、ドローンの明かりに、茶色い毛がちらりと光る。
こむぎが飛び出してきた。
考えるより先に、口が動いていた。
「止まれ!」
「止まって!」
俺とリタの声が重なった。リタの右の手のひらは、こむぎに向けて押し下げられている。
こむぎがぴたりと止まった。前足を上げたまま、しっぽの先まで、置物のように動かない。
……効きすぎじゃないか?
リタの腕の画面では、コメントが勝手に盛り上がっている。
>息ぴったりで草
>今の同時だったよな
>こむぎちゃん固まってて草
三つ数えた頃、こむぎは「にゃあ」と鳴いて、すとんと座り込んだ。抱き上げても、もう暴れない。
「やった! 依頼、達成!」
リタはドローンに指を二本立ててから、俺の腕の中のこむぎをのぞき込んだ。
「……ねえ。今の、なんか変じゃなかった?」
「さあな」
俺にも分からない。崩落の日もさっきも、リタの重さは消えた。なのに今のは効きすぎた。
分からないことは、ほかにもある。
俺はこむぎの出てきた割れ目に目をやった。
ふちの岩に、えぐったような溝がいくつも刻まれている。削りかすはまだ白い。
二階の、崩れた天井の横にあった、あの壁の穴と同じ跡だ。
岩食いの歯の跡。作業員の俺には、分かる。本来なら、四階から下にいる魔物だ。
それが、一階まで上がってきている。
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