第2話 補助探索者
「被告人、黒瀬迅。二十八歳」
裁判官の声が、狭い部屋に響いた。
崩落から三日。ダンジョンの中で起きた違反は、簡易の審判で、すぐに決まる。あの日、駆けつけた救助隊に担がれてダンジョンを出た俺は、そのまま警察に引き渡され、三日を留置場で過ごした。
証人の席には、松葉杖をついた三浦が立っている。右脚の骨に、ひびが入っていたそうだ。
「黒瀬さんがいなかったら、僕は死んでました。黒瀬さんに、助けられたんです」
三浦は声を震わせながら、何度もそう言った。
次に呼ばれたのは、赤城リタだった。あの日のドローンの映像を出したのも、こいつらしい。
「私が穴をのぞいた時、この人は、倒れた作業員の前に立って、岩食いを燃やしていました。守っていたんだと思います」
リタは、まっすぐ裁判官を見て言った。俺のほうは、一度も見なかった。
裁判官が、手もとの紙をめくる。
「飛ばした瓦礫で、けが人は出ていません。魔物を燃やしたのも、三浦さんを守るためと認めます。ですが、取り押さえようとした探索者から、逃げようとしたことも映っています」
……それは、言い返せない。
「本来なら、ダンジョンへの立ち入りを、五年禁じるところです」
五年。ダンジョンに入れなければ、作業員の仕事はできない。それに、俺の力は、ダンジョンの中でしか働かない。
「ですが、救助の事情をくみ、赤城リタ探索者からの、監督の申し出を認めます」
監督?
「被告人は、赤城リタのそばで、補助探索者として一年間活動すること。探索者協会からも、監督官をつけます」
補助探索者。資格のない者が、監督の探索者のそばにいる時だけ、その探索者の仲間として探索に加わり、力を使える制度だ。本来は、見習いのためのものだと聞いたことがある。
それにしても、赤城リタ。本名だったのか。配信者の名前だと思っていた。
~~
審判のあと、廊下で、係官が俺の左の手首に腕輪をはめた。
鈍い銀色の、指二本ぶんほどの幅の輪だ。はめたとたんに、継ぎ目が消える。
「抑制の腕輪です。赤城探索者から十メートル以内にいる時だけ、あなたの力は使えます。離れかけると、点滅します」
係官は、リタに、車の鍵ほどの小さな黒い端末を渡した。
「対になる端末です。これで呼べば腕輪が光って、彼の腕を、あなたのほうへ引っ張ります。魔石で動くので、ダンジョンの外でも働きます」
「へえ、便利ね」
係官が行ってしまうと、リタは端末を指先でくるくる回しながら、俺を見上げた。
「要するに、一年間、私に仕えろってこと」
「……はいはい」
「それに、私が近くにいないと、どうせ使えないし」
リタが、俺の腕輪をあごでしゃくる。
「なんで、監督なんか申し出た」
「これよ」
突きつけられたスマホの画面で、瓦礫が穴から噴き上がった。カメラが穴の上から見下ろすと、その下で、作業着の男が岩食いを燃やす。
俺だ。
「あの日の切り抜き。三百万回、再生されたの。登録者も、ひと晩で七万人増えた」
画面の下を、コメントが流れていく。
>これガチ?
>隠れた実力者だろ
>Sランクが作業員のふりしてる説
>無資格であれは無理がある
……勘弁してくれ。
「あんたの力、配信の目玉にするから」
「は?」
「私は、歴史に名を残すの」
リタは、胸を張った。冗談を言っている顔ではない。
「まずは今月。月末の支部のランキングで、エリザより上に立つ」
「エリザ?」
「知らないの? 登録者百八十万の配信者よ。探索者でもあるけど」
リタの口が、への字に曲がった。何かあるらしい。
「支部のランキングは、魔物の討伐と救助の点で決まるの。補助の手柄は、監督の私に入る。イレギュラーを一体倒せば、一気に上がるわ」
「俺は、一年、目立たずに終わらせたいんだが」
「却下」
ばっさりだった。
「……審判で、あんなことを言ったのも、そのためか」
「あんたが、倒れてた三浦って人の前に立ってたのは、本当でしょ。見たとおりに言っただけよ」
リタは、ふいと顔をそむけた。
「日当は払うわよ。配信の収益から」
「いや、俺には仕事が――」
ポケットで、スマホが震えた。班長からだ。
『黒瀬か。……すまんが、お前はクビだ』
「……ですよね」
『三浦を助けてくれたことには、礼を言う。切り抜きも見た。お前の手が早かったわけも、やっと分かったよ。だが、登録してない力を現場で使ってたとなりゃ、俺にはかばえねえ』
電話は、それで切れた。
リタが、にっこりと笑う。
「日当、六千円ね」
「安っ」
~~
次の朝。
アパートの洗面所で歯をみがいていると、左の手首が光った。
「……ん?」
腕輪が、ぐいっと腕を引っ張る。歯ブラシをくわえたまま、俺は玄関から引きずり出された。
サンダルで、朝の道を走る。腕輪は、まっすぐ七番ダンジョンのほうへ俺を引いていく。アパートからは、歩いて十分の道のりだ。
ダンジョンの入り口をくぐると、すぐに広間がある。体育館ほどもある岩のほら穴で、天井には明かりがずらりとつるしてある。その中に、協会七番支部の受付、休憩所、売店、試験室、医務室が並ぶ。だれでも入れる場所だが、ここも、もうダンジョンの中だ。スキルも、俺の力も働く。試験室のほかで使うことは、禁じられているが。
休憩所のテーブルで、リタがサンドイッチを食べていた。
「あ、来た」
「……何の用だ」
「試してみただけ」
もぐもぐと、リタはサンドイッチをかじる。
頭の中で、ぷつんと何かが切れた。
「謝れ」
言ってから、しまったと思った。
人の心を動かす命令は、しない。そう決めている。それに、ここは広間だ。
だが、リタは平気な顔で、サンドイッチの最後のひとかけを口に放り込んだ。
「なによ、その顔。謝らないわよ?」
効いていない。
意志の強い相手には、俺の力は効きにくい。こいつ、どれだけ我が強いんだ。
「監督官の権藤だ」
背中から、聞き覚えのある声がした。
振り返ると、協会の紺の制服を着た、五十がらみの男が立っていた。白髪まじりの短い髪。十年前から少しも変わらない、測定器の画面を見るような目。
十回、俺を落とした試験官だ。
「測定ゼロが、補助とはな」
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