第1話 測定ゼロ
「測定値、ゼロ」
胸の高さの白い台。そのくぼみに手のひらを置いても、画面の数字は二つとも――体の魔力も、スキルの値も、ゼロのまま動かない。
探索者試験の、測定。十八の年から毎年受けて、これが十回目になる。
「実技で、見てもらえませんか」
俺は頭を下げた。
「見てもらえれば、分かります。俺には――」
「測定値が届かない者は、実技に進めない。決まりだ」
試験官の権藤は画面から目も上げずに言った。
「測定器は嘘をつかない」
次、と権藤が呼ぶ。後ろに並んでいた若いのが、俺の肩を押しのけて前に出た。
俺には、力がある。
見えているものに、短い言葉で命じる。命じるつもりで言えば、それだけで、そのとおりになる。燃えろと言えば燃えるし、どけと言えば、どく。
ただ、測定器には、なぜか映らない。だから試験はいつも測定で終わる。許しもなく試験室で力を使えば、受験の資格ごと取り上げられる。実技まで進めれば、見せられるのに。
~~
七番ダンジョン、二階。
二十年前、ダンジョンは国のあちこちに現れた。都内のものは見つかった順に番号で呼ばれている。
俺がいるのは脇道のつきあたりだ。古い落盤でふさがった道を片づけて、初心者向けの安全通路にする工事。作業灯の明かりの中で、崩れた岩の山と向き合っている。
岩のすき間にバールを差し込み、力をこめるふりをして、小さく言う。
「……どけ」
一抱えもある岩が、ごろりと転がった。
作業に使っていいのは、協会に登録した作業用のスキルだけだ。測定ゼロの俺には、登録できるスキルがない。だから、こうして隠れて使う。見つかれば、クビだろう。
「黒瀬、相変わらず手が早いな」
後ろから、班長の田所さんの声がした。
「力の入れどころが、分かってるだけですよ」
「三浦、黒瀬を見習えよ」
「は、はいっ!」
岩を積んだ台車を押しながら、新人の三浦が背筋を伸ばす。十九だと言っていた。ヘルメットがまだ頭に合っていない。
ガリ、と硬い音がしたのは、その時だ。
岩をかじるような音。壁の中から聞こえる。
「……班長、今の」
言い終わる前に、天井から砂がこぼれた。ひびが走る。ガリガリという音が、近づいてくる。
「下がれ!」
班長の叫びと同時に、天井が落ちた。
すさまじい音と、土ぼこり。作業灯が倒れて、あたりが暗くなる。
ヘルメットのライトが、もうもうと舞う土ぼこりを照らした。
崩れた天井の岩が、来た道をふさいでいる。その上に、ぽっかりと穴が開いていた。畳二枚ぶんほどの広さで、床からの高さは、俺の背丈の三倍ほど。穴の向こうから、白い明かりが落ちてくる。上の階の、一階の通路の明かりだ。
「黒瀬! 三浦! 無事か!」
ふさがった道の向こうから、班長の声がする。
「俺は無事です! 三浦は――」
ライトを振った先に、三浦がいた。
崩れ落ちた天井の岩のすそ、天井の穴のほぼ真下で、胸から下を瓦礫に押さえつけられている。
「く、黒瀬、さん……」
「三浦が、下敷きです!」
「動かすな! だれか、探索者を呼べ! 救助隊だ!」
それが決まりだ。資格のない者が人の命に関わる場で力を使うことは、救助でも禁じられている。素人が手を出して、けが人を増やさないように、救助は、資格を持つ探索者に任せる。
だが、瓦礫がみしりと鳴って、少し沈んだ。三浦の口から、かすれた息がもれる。
救助隊が来るまで、何分かかる?
三浦の目がヘルメットのライトの中で、すがるように俺を見ている。
――目の前で人に死なれるのは、ごめんだ。
横へ押しやれば、まわりがまた崩れる。上だ。天井の穴から、一階へ。
「どけッ!」
三浦の上の瓦礫が、まとめてはね上がった。
天井の穴を抜けて、一階へ消えていく。上で、ガラガラと岩の落ちる音がした。一階に、人がいなけりゃいいが。
体の奥から、ごっそりと何かが抜けていく。大きなことほど、魔力を食う。
「三浦、生きてるか」
「あ、脚が……でも、息は、できます……」
脚はやられているが、無事だ。
その時、壁の奥で、またガリッと音がした。
崩れた天井のすぐ横、壁に開いた穴から、灰色の頭がのぞく。
大型犬ほどの獣だ。とがった鼻先から、スコップの先のような前歯が二本、突き出ている。
岩食い。岩をかじって進む魔物で、ふだんは中ほどの階にいる。死骸なら、作業で何度も運んだ。生きて動いているのを見るのは、初めてだ。
浅い階に、下の階の魔物が上がってくる。イレギュラーってやつか。
壁の穴のふちには、えぐったような溝が何本も並んでいる。こいつの歯の跡だろう。
岩食いが床をけった。
飛びかかってくる。後ろには動けない三浦。
「燃えろ」
岩食いが宙で火に包まれた。
そのまま床に落ちて、二度、三度と転がり、動かなくなる。焦げた臭いが鼻をついた。
「――あんた、何してんのよ⁉」
頭の上から、女の声が降ってきた。
見上げると、天井の穴のふちに、赤い髪の女がしゃがみ込んでいた。頭の上には黒いドローン。バスケットボールほどの丸い機械で、その白い明かりが、まっすぐ俺の顔を照らす。まぶしくて、女の顔もろくに見えない。
「いきなり下から瓦礫が飛んできたんだけど! 跳んでよけたからいいけど、当たったらどうすんのよ!」
当たっては、いないらしい。とりあえず、ほっとする。
女は穴のふちから、ひょいと飛び降りた。
ふわり、と。綿毛みたいに、ゆっくり落ちてくる。体を軽くするスキルか。ドローンも女のあとを追って降りてくる。
音もなく着地すると、女は倒れた三浦と、焦げた岩食いを見た。女の頭の上で止まったドローンも、白い明かりを、そっちへ向ける。
「そっちの人、動かないで。救助なら呼んだから」
それから、俺を見る。
「探索者の、赤城リタよ」
赤い髪を、頭の高いところで一つに結んでいる。年は二十歳そこそこだろう。
「作業員よね、あんた。今の、作業用のスキルじゃないでしょ。資格は?」
答えられるわけがない。俺は黙って目をそらした。
「無資格で、力を使ったのね。救助でも、決まりは決まりよ。現行犯で取り押さえる」
現行犯。その言葉で、頭が冷えた。
測定ゼロの俺がやったなんて、だれが信じる。この場で捕まりさえしなければ、まだごまかせる。三浦にはもう探索者がついている。
俺は自分の足を見下ろした。
「浮け」
体がふわりと床を離れる。天井の穴へ――ただ一つの出口へ、まっすぐ昇っていく。
「ちょっ、待ちなさい! 伏せ!」
リタが俺に向けた手のひらを、ぐっと下へ押し下げた。
とたんに、全身がずしりと重くなる。岩を背負わされたように、床へ押しつけられた。軽くするだけじゃない。重さを操るスキルか。
「う、浮け……!」
言ったとたん、重さが、ふっと消えた。体がまた浮く。
「えっ⁉ 伏せ!」
また重くなる。床に落ちる。
「浮け!」
消える。浮く。
「伏せってば!」
浮いては落ち、落ちては浮く。そのたびに、魔力が削られていく。
五度目の「浮け」は、ただの声にしかならなかった。
床に転がったまま、俺は、指一本動かせなくなった。
リタがそろそろと近づいてきて、俺の顔をのぞき込む。
「……今の、何?」
重さが消えたことを言っているのだろう。そんなの、俺にも分からない。
「……俺を捕まえるんだろ? ほれ」
腕も上がらないので、口だけで言った。
見上げた先、リタの頭の上に、あのドローンがいた。白い明かりはまだ三浦のほうを照らしている。その丸い体の横腹で、小さな赤いランプがついていた。
配信用のドローンの赤いランプは、配信中の印だ。それくらいは俺でも知っている。
……今の、全部、映ってたのか?
*
『【初心者向け】初めての一階 七番ダンジョン』
>え
>は?
>下から瓦礫飛んできたんだが
>リタちゃん無事でよかった
>燃えた
>岩食いって二階に出るっけ?
>無資格であれはおかしいだろ
>浮いてて草
>リタちゃんの伏せ、効いてなくね?
>同接さっきまで3000だったのに
>切り抜き班はよ
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