幕間 切り捨て
笑っていれば、たいていのことはうまく運ぶ。
そうやって私は本部の階段を一段ずつ上ってきた。
窓のない小さな部屋だった。机が一つに椅子が二つ。紙コップの水はとうにぬるくなっている。
朝から同じことを何度も聞かれた。卵を巣から運び出したのは誰の考えか。式典の舞台の下でかえすと決めたのは誰か。館内放送の文を書いたのは誰か。
どれも私だと答えた。
あの方の名前は一度も口にしていない。口にしなければ、悪いようにはしない。そういう約束だった。
調べの者が席を外したすきに上着の内側から電話を取り出した。あの方とだけつながる番号を呼び出す。
呼び出し音が鳴り続ける。十回。二十回。
切れた。
もう一度かける。今度は呼び出し音さえ鳴らなかった。
『おかけになった番号は、現在、使われておりません』
平らな声が同じ言葉を繰り返す。
電話を机に置いた。画面の端にニュースの見出しが流れてくる。本部、安全管理部長を解任。開いた記事のどこにもあの方の名前はない。
生態の調査。
あの命令書にはそれしか書かなかった。卵をどこへ運び、どこでかえすのか。そんなことは一行も書いていない。あの方の判が余計なものに汚れないように。
書いたのは、私だ。
あの方は生態の調査に判を押しただけになる。そのほかのことは何もかも私の書いた文の中にしかない。
権藤君は使いやすい男のはずだった。
見たことしか言わない。だから証人には、あれほどうってつけの男はいない。あの男が、黒瀬はあの部屋にいたと言えば誰もが信じる。
そのとおり権藤君は見たことしか言わなかった。盗んだとは一言も言っていない、と。
特別班が客の前で子を片づける。七番の広間は支部の手には負えない――誰の目にもそう映るはずだった。罪を着せる相手には測定器に映らない力の男を選んだ。黒瀬の言うことなど誰も信じない。
その黒瀬が生配信の前で、照明の枠を浮かせた。
職人の道具箱の中までは気が回らなかった。まさか白石君が画面を切らずにいるとは。
扉が開いた。
調べの者が書類の束を抱えて戻ってくる。
「お待たせしました、氷室さん」
氷室さん。
昨日までは部長、と呼ばれていた。
私はいつものように目尻にしわを寄せようとした。
しわは、寄らなかった。
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