↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
探索者試験に十回落ちた無資格の俺、人助けで捕まったら年下の人気配信者の補助にされ、なぜか毎回バズってる  作者: 余田ナツ
1期 十回落ちた無資格、補助になる

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
23/26

第20話 署名

「氷室さんは、ゆうべのうちに部長の職を解かれた。今は、本部の調べを受けている。けさ、本部から知らせがあった」


 机の向こうで支部長がそう切り出した。


 式典の次の日の朝の支部長室だった。呼ばれたのは俺とリタの二人だけだ。いつも机の横に立っていた権藤の姿は、今日はない。


「館内放送を読んだのは、安全管理部の職員だった。氷室さんが前もって用意した文を、卵がかえったら読むように言われていたそうだ」


 放送早すぎね――昨日リタの腕の画面に流れたコメントの答えが、それだった。


「白石君は、何も聞かされていなかった。本部でも、そう認められたそうだ」


 切りません、と言った時の白石さんの震える声を思い出す。あの一言がなければ録画は大きな画面から途中で消えていた。


「卵は、七番の女王の巣から運び出したものだ。生態の調査、という名目でな」


 支部長は机の上の書類に目を落とした。


「調査班の者たちが、話したそうだ。運び出しは、崩落の何日も前から、何度かに分けて続いていた。女王は、運び出された卵を追って、巣を出た。三階まで上がってきたのは、そのためだ」


 巣で、何かあったんだ――初めて『Black Cat』に行った夜マスターはそう言っていた。


「それだけではない」


 支部長が書類の中から一枚を抜き出してこちらへ向けた。七番の浅い階の地図に赤い線が一本、引いてある。


「卵を運んだ道すじだ。支部に届いていた浅い階のかじり跡の報告と、照らし合わせた。このところ浅い階に出た岩食いは、どれも、この道すじのほうへ岩をかじり進んでいる。一階の奥で、黒瀬君が見つけた跡もだ」


 赤い線は三階から二階へ、二階から一階へとくねりながら上がっていく。


 一階の線は俺のよく知っている通路を通っていた。崩落のあった二階の脇道のつきあたりの、ちょうど真上。崩落の日、天井の穴の向こうに見えた通路だ。


「ここ、私が初心者向けの配信をしてた通路じゃない」


 リタが地図の上に指を置いた。


 崩落の日、壁の中で岩をかじっていたあいつも、この線へ向かっていたのだ。


 なら三浦の脚にひびを入れたあの瓦礫も、もとをたどれば本部の運んだ卵に行き着く。腹の底がじわりと熱くなった。


「権藤さんの報告書の、迷い込んだ一匹とは、だいぶ違うわね」


 支部長は否定もせずに書類をめくった。


「本部のお知らせも、ゆうべ取り消された。黒瀬君の盗みの疑いは、晴れた」


「当たり前でしょ!」


 リタが得意げにあごを上げた。


「権藤さんは、調べが済むまで謹慎だ。氷室さんに言われるまま証人に立ったことも、本部の札を越えて君たちのあとをつけたことも、調べに入っている。札を越えた件は、君たちのぶんも、支部で預かった」


 昨日、入り口のほうへ歩いていった紺の背中が目に浮かんだ。規則違反だ、と俺たちを責めたあの晩、あの男も同じ札を越えていたのだ。それでも最後まで規則は規則だ、と言い通した。しばらくはあの目に見張られずに済むらしい。


「黒瀬君、赤城君。昨日は、よく客を守ってくれた。あの枠が人の上に落ちていたら、死人が出ていたはずだ。支部として、礼を言う」


 支部長が机に手をついて深く頭を下げた。


「ちょ、ちょっと、やめてよ」


 リタが椅子の上でうろたえる。顔を上げた支部長はすぐに書類の束へ目を戻した。


「ただ――」


 支部長の目が書類の上で止まった。


「生態の調査の命令書には、承認の判が押してあった。安全管理部長の命令に判を押せるのは、それより上の者だけだ」


「誰の判なのよ」


「支部に回ってきた写しでは、その判が、黒く塗りつぶしてあった。本部に問い合わせても、答えは返ってこない」


 支部長は書類を裏返して机の上に伏せた。


「名前は、伏せられたままだ」


 氷室より上の、誰か。


 なぜか昨日の特別班の男の声を思い出した。もったいないな――腕輪を見下ろしてあの男はそう言った。


~~


 その夜『Black Cat』の隅のテレビは、昨日の式典の映像を流していた。


 浮いた鉄の枠。その下から逃げていく人たち。土ぼこりの向こうで男が一人、岩の床に膝をついている。


 俺だ。


 画面の下には補助探索者の黒瀬迅さん、と字幕まで出ていた。


 マスターが何も言わずに俺の前に皿を置いた。から揚げが山になっている。


「食え。顔が死んでる」


「……これで、片づいたんだよな」


 ジョッキを置いて俺は言った。支部長から聞いた話はもうマスターにも伝えてある。


「まだ、終わっちゃいねえ」


 マスターがグラスを拭く手を止めた。


「判を押したやつが、本部のどこかで、まだ椅子に座ってる。巣から卵を持ち出す話に、うんと言ったやつがな」


「そいつが、また何かやるってのか」


 マスターは答えなかった。テレビの中の俺をじっと見ている。


 画面が切り替わった。今度は昨日の公開測定だ。白い台に手を置いた俺の横で権藤が告げている。測定値、ゼロ。


 あれが十二回目のゼロで、そのすぐあとに俺は照明の枠を浮かせていた。


「……一年、静かにしてるつもりだったんだがな」


 ぼやきが口をついて出た。補助になってまだ三週間もたっていない。そのうちに女王を倒し、泥棒にされ、照明の枠まで浮かせた。目立たない一年は一体どこへ行ったんだ。


「何言ってんのよ」


 隣でリタがグラスを置いた。


「同接一位も取ったし、泥棒の疑いも晴れたじゃない。本部の悪だくみまで、生配信の前で暴いたのよ」


 リタは指を三本折って数えるとその手を俺の鼻先に突きつけた。


「歴史に名を残すって、こういうことよ」


 赤い髪を揺らしてリタが笑う。スマホの画面を見せつけるようにこっちへ向けた。登録者の数がひと晩で三十万も増えている。


「……はいはい」


 カウンターの向こうでマスターは、まだテレビの中の俺を見ていた。


*


 暗い部屋で画面だけが光っていた。その明かりが机の上を白く照らしている。


 画面の中で腕輪をはめた男が、がくりと膝を折った。


 映像が止まる。


 止まった画面に指先が伸びた。膝をついた男の左の手首を軽くなぞる。鈍い銀色の腕輪の上を。


 机の上には書類が一枚あった。


 補助探索者、黒瀬迅の監督の変更を求める申し立て。


 ペン先が署名の欄に触れた。迷いのない字がすらすらと書きつけられていく。


 書き終えた書類が封筒に収められた。宛先は、裁判所だった。


お読みいただき、ありがとうございます!


「続きが気になる!」と思っていただけたら、

ブックマークと、この下の☆☆☆☆☆から評価をいただけると励みになります。


毎日7時、12時、19時に更新します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。