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探索者試験に十回落ちた無資格の俺、人助けで捕まったら年下の人気配信者の補助にされ、なぜか毎回バズってる  作者: 余田ナツ
1期 十回落ちた無資格、補助になる

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第17話 孵化

「……今の、何?」


 リタが足もとを見下ろした。


 ぴい、ぴいと鳴き声が重なっていく。舞台の下のあちこちからだ。板の下で、こつん、こつんと何かが当たる音。続いて木の裂ける音がした。


 権藤が眉をひそめて床を見た。


 俺は舞台のふちへ寄って下をのぞく。


 舞台の前の黒い幕が内側から押されてふくらんだ。


 幕のすそから灰色のかけらが、ころころと転がり出てくる。割れた卵の殻だ。かけらの内側には青白い光がまだかすかに残っていた。


 続いて灰色の頭が幕の下からのぞく。


 子猫ほどの大きさの岩食いの子だった。


 灰色の体にとがった鼻先。女王のような岩の鎧はない。小さいくせにあの平たい前歯だけはもう二本そろっている。


 一匹、また一匹と幕の下から、はい出してくる。五匹、十匹――二十匹は、いるだろうか。


 子たちは人には目もくれなかった。出てくるなり岩の床に前歯を立てる。


 ガリ、ガリガリ、と。


 崩落の日に壁の中で聞いた音だった。


 舞台のまわりに立っていた灰色の作業着は、いつの間にか姿を消していた。


 客席の一番前で悲鳴が上がった。


 折りたたみの椅子が次々に倒れる。二、三百人がいっせいに遠い入り口へ走りだした。行き場を失ったドローンがあちこちでぶつかり合う。


 入り口はたちまち人でふさがった。その向こうで黒い装備の一団が、押し寄せる客に阻まれて中へ入れずにいる。特別班だ。


 客席の端では、支部長が声をかけておいた探索者だろう、何人かが客を入り口へさばこうとして、押し寄せる人に流されていた。


 落ち着け、と言いかけて口をつぐんだ。命じるつもりで言えば二、三百人の心を動かすことになる。それだけは、しない。


 広間じゅうのスピーカーから声が降ってきた。白石さんの声ではない。聞いたことのない男の声だ。


『本部から盗まれた岩食いの卵が、孵化しました。卵を盗んだのは、補助探索者の黒瀬迅。盗んだ夜に、舞台の下へ隠したものと見られます』


 早すぎる。何が起きたのかまだ誰も確かめていないのに。最初から用意してあった文を読み上げているみたいだ。


「盗んでないって、言ってるでしょ!」


 リタが頭の上のドローンに向かって怒鳴った。


『参加の探索者の皆さまは、スキルを使わないでください。特別班が、まもなく当たります』


 すぐ横で権藤が舞台のふちから幕の下をのぞき込んでいた。


 目は床に転がった殻のかけらに、くぎづけになっている。顔がみるみる白くなっていく。


 あの夜、俺たちが逃げたあとも、権藤の懐中電灯は本部の部屋の床に並んだ石を照らしていた。同じ灰色の同じ光だ。盗まれたという標本が何だったのか。権藤にも分かったのだろう。


 それでも、権藤は叫んだ。


「スキルを使うな! 規則だ!」


「降りるわよ、無資格!」


 リタが舞台のふちから客席の側へ飛び降りた。俺もすぐあとを追う。


 振り返ると権藤は測定器の横に立ちつくしたまま、動こうともしない。


 入り口へ向かう人の流れから一人がはじき出された。背広を着た年配の客だ。床に手をついた客の手もとの岩へ、子が一匹まっすぐ向かってくる。


 客がとっさに子を払いのけた。


 払った手に子がかみついた。


「伏せ!」


 リタの右手が子に向かって振り下ろされた。子が床にべたりと押しつけられる。客が悲鳴を上げて手を引き抜く。


「赤城! スキルを使うな!」


 舞台の上から権藤の声が飛んだ。


 その声をもっと大きな声がかき消した。


「非常時だ! 支部長として許す! 人命を優先しろ!」


 大きな画面の下の机で支部長が白石さんのマイクをつかんでいた。白石さんはその横で真っ青な顔のまま立ちすくんでいる。


「やっと、出番ですわね!」


 エリザが突き出した指先から白い光が走った。床をかじっていた子がびくりと跳ねて動かなくなる。鎧のない体には雷が通るのだ。


 ニールが、逃げ遅れた客たちの前に丸い盾を据える。客席に残っていた探索者たちも次々に動きだした。ダンジョンで料理をするあの配信者が、大きな鍋のふたを振り回している。


 俺はリタのそばについた。


 子たちは人をねらっているわけじゃない。だが人の足もとの岩をかじれば同じことだ。


 燃やせば火の粉が、逃げる客に飛ぶ。止めるだけでいい。


 倒れた椅子の下をくぐって、転んだ若い女の人の足もとへ子が一匹、駆けていく。


「止まれ」


 子は駆ける姿のまま固まった。


 もう一匹。座り込んだ配信者のすぐそばの岩へ――


「伏せろ」


 子が床に張りついた。そこへエリザの稲妻が落ちる。


 リタが押さえている子には何も言わない。重さのかかったものに俺の命令を重ねれば、その重さが消えてしまう。


 舞台の両端に目をやった。


 照明の枠の脚の根もと。アンカーを打てばまわりの岩にはひびが入る。かじりやすいのだろう。そこにも子が何匹もたかっている。


 あそこを、かじられたら――


「枠の脚だ!」


 叫んだ声は悲鳴にのまれた。


 自分で駆けつけようにも目の前にはまだ逃げ遅れた人がいる。一つ命じるたびに体の芯が少しずつ冷えていく。


 リタの腕の画面が目の前で揺れた。


>放送でニキが盗んだって言ってるけど


>いや止めてんのニキじゃん


>盗んだやつが止めに入るかよ


>放送早すぎね?


>同接100万こえた


 逃げまどう人の向こうで大きな画面は、まだ配信者たちの順位を映していた。リタの名前は一番上の料理配信者のすぐ下だ。


 その画面の横で氷室は身じろぎもせずに立っていた。笑みはいつもと少しも変わらない。


 ぎしりと。


 頭の上で鉄のきしむ音がした。


 見上げると舞台をまたぐ照明の枠がわずかに揺れていた。


 脚の根もとの岩がえぐり取られている。鉄の板が浮いて、岩に埋まっていたボルトの軸がむき出しになっていた。二本ともだ。


 枠がゆっくりと前へ傾きはじめる。照明をつるした腕の張り出した客席の側へ。


 その真下。舞台の前のほう、測定器の横に――


 権藤が、まだ立っていた。


お読みいただき、ありがとうございます!


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