第16話 二十年目の式典
それから三日、俺たちはダンジョンに入れなかった。
無資格ニキ、本部の物を盗んだ疑い――そんな題の切り抜きがいくつも出回った。うわさは勝手に大きくなっていく。
リタはその三日、一度も配信をしなかった。配信で言い返すのはやめとけと言ったのは俺だ。まさか配信ごとやめてしまうとは。
『Black Cat』の次の日には班長から、置いた、とだけ知らせが来た。ニールが現場に入る前の班長に、エリザの予備のドローンを届けてくれたらしい。
舞台の下の箱のことは電話で支部長に伝えてある。返ってきたのは、本部の封は切れないという同じ答えだった。
枠の根もとのことは支部長にも伝えた。班長は枠を後ろへ引いて支えるワイヤーを足そうとしたらしい。だが本部の見張りに、図面にないものは付けるな、と止められたそうだ。舞台の下の箱を見ようとしたエリザたちも、見張りの張りついた舞台には近づけなかったという。
アパートの天井を見上げて三日を過ごした。目を閉じると床に並んだ青白い光が浮かぶ。
~~
式典の日の朝ダンジョンの入り口の前には、黒い装備の一団が並んでいた。どの腕にも本部の腕章が巻いてある。
特別班は入り口の外で待機だ――あの夜、作業灯の前で聞いた声が耳の奥によみがえる。
入り口をくぐると広間は見違えていた。
奥の壁ぎわ、部材の山があったところに腰ほどの高さの舞台。端から端まで二十歩ほどある。舞台の前のふちからは黒い幕が床まで垂れて下を隠していた。あの広げた脇道の口は舞台の裏の陰だ。
その舞台を鉄の枠がまたいでいた。舞台の両端の床から鉄骨の脚が二本立ち上がり、俺の背丈の三倍ほどの高さで横木につながる。門のような形だ。横木からは腕が何本も前へ張り出して、その先に照明がつるしてある。
客席の間を抜けて一番前の列まで行った。
枠の脚の根もとには四角い鉄の板。岩の床にアンカーの頭が四つずつ並んでいる。
舞台の前のほうの真ん中に白い台。試験室のあの測定器だ。
舞台の右には大きな画面が立っていた。教室の黒板を二枚、上下に重ねたほどの大きさだ。招かれた配信者たちの配信が次々に映し出されていく。白石さんがマイクを握って、その下の机と舞台の間を行き来していた。
舞台の前から広間の入り口まで折りたたみの椅子がずらりと並ぶ。招かれた客と配信者で二、三百人はいるだろう。客席の上を色とりどりのドローンが行き交っている。外へ出る口はずっと向こうの、広間の入り口一つきりだ。
舞台のまわりには灰色の作業着の男たちが立っている。盗みがあったからという見張りだ。
客席の端にエリザがいた。白いドローンを連れ、後ろには盾を背負ったニール。目が合うとエリザは小さくうなずいてすぐにそっぽを向いた。
式典は氷室のあいさつで始まった。
「協会本部、安全管理部長の氷室でございます。ダンジョンが現れて、二十年。この二十年の安全は、探索者の皆さまと、協会の努力の積み重ねでございます」
舞台の真ん中のマイクの前で氷室はいつもの笑みを浮かべていた。
「なお、万一の時は、本部の特別班が当たります。参加の探索者の皆さまは、会場でスキルを使わないでください」
広間ではもともと試験室のほかでスキルを使ってはいけない。それをわざわざ念を押す。
客席の探索者に手を出させないためだろう。騒ぎを片づける役は、あとから入ってくる特別班に取っておく気なのだ。
あの夜、話を聞かれたと分かっていて段取りを一つも変えていない。盗みの疑いのかかった男の言うことなど誰も取り合わない。そう踏んでいるのだろう。
あいさつを終えた氷室は大きな画面の横に下がった。
『【二十年式典】公開測定、出ます 七番ダンジョン』
リタが五日ぶりにドローンを飛ばした。
腕の画面をのぞくと、コメントが待ちかまえていたように流れはじめる。
>五日ぶり!
>泥棒ニキいて草
>盗んでないならそう言えよ
>公開測定まだ?
大きな画面の端には、招かれた配信者たちの同接の順位も出ていた。名前の横には登録者の数。公式配信の売りだと白石さんがさっきマイクで胸を張っていた。
一位はダンジョンで料理をする配信者で登録者は三百万人。同接は八十万。二位がリタの七十万。エリザがそれに続いている。
「一位、取るわよ」
リタが腕の画面から目を離さずに言った。
俺とリタは舞台の袖へ回った。舞台の下の様子をひと目でも見ておきたかった。
灰色の作業着の男がすっと前に立つ。あの見張りの男だった。
「舞台には、近づかないでください。盗みがありましたので」
男は俺の顔をじっと見た。
「あなたは、特に」
黙って引き下がるしかなかった。
ここで舞台の下に卵があると叫んだところで誰が信じる。卵のありかを知っているのは隠した本人だけだ――そう言われるのがおちだ。
客席の一番前の右の端には支部長が座っていた。大きな画面の下の机にすぐ手の届く席だ。支部長にも式典は止められない。動けるのは何かが起きてからだ。
舞台の下の道具箱にはエリザの予備のドローンがある。だが取り出さなければ何が録れているかも分からない。
「続いて、本日の目玉! 公開測定です!」
白石さんの弾んだ声が広間に響いた。
舞台の階段を上る。振り返るとリタもすぐ後ろについてきていた。
「あれ、赤城リタさんも……?」
白石さんがマイクを持ったまま目を丸くする。
「補助は、探索者のそばにいるもの。判決に、そう書いてあるでしょ」
舞台の上では権藤が測定器の横で待っていた。紺の制服で背筋をまっすぐに伸ばしている。目の下には濃いくまがあった。
舞台の板の継ぎ目からぬるい空気が上がってくる。
この下に、卵がある。
だが見えないものには、俺の力は効かない。
床を砕いたところでその下は本部の封をした箱だ。卵までは見えない。それにこの舞台で一つでも命じれば、そのとたんに見張りに取り押さえられる。そうなったら、かえった子を誰が止める。
かえったら、すぐに止める。枠の脚から先に、とエリザたちにも伝えてある。
「腕輪を見せろ。それから、両手だ」
権藤は俺の左の手首を裏返させて腕輪をのぞき込んだ。それから手のひらを指の一本一本まで確かめる。
からくりの種を探しているのだろう。
「……手を置け」
言われるまま右手を台のくぼみに置いた。台は冷たかった。
数字は二つともゼロのままだ。
「測定値、ゼロ」
十二回目の、ゼロだった。
リタの腕の画面がどっと流れる。
>測定ゼロ(物理)
>ほんとに十二回目やってて草
>様式美
>権藤まだやってんのか
>さっきの身体検査なに
リタの同接の数字が八十万に届いた。
権藤は宙に浮かんだドローンの群れへ向き直った。
「測定器は、嘘をつかない」
その時だった。
足の下で何かが、甲高く鳴いた。
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