第13話 張り合う味方
「昨日の配信、拝見しましたわ」
朝の広間で休憩所のテーブルに影が落ちた。
顔を上げると、エリザだった。かかとの高いブーツで、すっくと立っている。足首はもう治ったらしい。額のガーゼも外れていた。後ろには盾を背負ったニール。
「……何の用よ」
リタがサンドイッチを持った手を止めた。
「本部の札ですわ」
エリザは声を落として受付のほうへ目をやった。灰色の作業着の男が二人、職員と話し込んでいる。腕には本部の腕章。
一人はおととい台車を押していた男だった。その目がちらりとこっちを向いてすぐにそれる。
「ここでは、話せませんわね」
~~
立ち入りの区域に入ってすぐの、人の来ない行き止まり。そこでエリザはタブレットを取り出した。
「お見せするのは、その無資格が七番の道に詳しいからですわ。勘違いなさらないで」
エリザはつんとあごを上げてから画面をこちらに向けた。
「女王の日、わたくしは、珍しい魔石を撮りに三階へ参りましたの。けれど、魔石は一つもございませんでしたわ。それが、ずっと引っかかっておりましたの」
画面に映像が映った。高いところから見下ろした三階の岩場だ。
「配信を始める前に、どこで撮れば映えるか、ドローンに岩の上から撮らせておきましたの。その下見の録画ですわ。配信には、出しておりません」
エリザはそこで一度言葉を切った。
「戦いの映像は見返しましたけれど、下見の録画までは、見ておりませんでしたの。昨日、本部の札の奥から岩食いが出てきましたでしょう。女王の出た岩場はどうでしたかしら、と思って、ゆうべ見返しましたの」
エリザの指が画面の奥を広げる。
岩場の奥の岩陰に人影が一つしゃがみ込んでいた。腕に巻いた腕章に「本部」の二文字がかろうじて読める。
人影は足もとから光るものを拾い上げては、一つずつ木箱に詰めていた。
ソフトボールほどの、丸い、光るもの。
「……昨日、札の奥で見た石だ」
思わず声に出ていた。
「なんですって?」
札の奥の部屋のことを話すとエリザの目の色が変わった。リタにはゆうべのうちに話してある。
珍しい魔石が出たといううわさ。その正体はあの光る石だったのかもしれない。
「わたくしが、先に暴くのですわ」
エリザがきっぱりと言い切った。
「リタさんに、二度も先を越されるわけにはまいりませんもの」
「はあ? 札の奥を見つけたのは、うちの無資格よ」
「録画を持っているのは、わたくしですわ」
「札を先に配信で映したのは、私!」
二人の間で火花が散った。ここで張り合ってどうする。
「あの」
ニールが遠慮がちに手を挙げた。
「お一人ずつ動かれるより、お二人で組まれたほうが、早いのでは」
リタとエリザがそろってニールを見た。それから互いの顔を。
「……仕方ないわね」
「……仕方ありませんわね」
「でも、昨日みたいに配信にしたって、四人じゃ目立つわよ」
「でしたら、四人で映ればよろしいのですわ」
エリザがぱちんと指を鳴らした。
「コラボ配信。初心者向けの、解説対決ですわ。わたくしとリタさんが並んでいれば、張り合っているとしか見えませんわ」
「乗った。……で、実演は」
二人の目がそろって俺を向いた。
「……はいはい」
~~
『【コラボ】リタ×エリザ 初心者向け解説対決! 七番ダンジョン一階』
黒いドローンと白いドローンが並んで赤いランプをともした。
「はーい、リタです! 実演は、うちの無資格!」
「ごきげんよう、エリザですわ!」
リタの腕の画面をコメントが、見たこともない速さで流れていく。
>因縁の二人がコラボ⁉
>女王の時の貸し借りか
>ニキが実演係で草
ニールが手もとの紙を読み上げた。
「第一問。一階で岩食いに会ったら、どうしますか」
「全力で走って逃げる!」
リタに背中を押されて俺は通路を全力で走らされた。
「優雅に、後ずさりますの。目をそらさずに、一歩ずつ」
今度はしずしずと後ずさらされる。
横目で見たリタの腕の画面は笑いで埋まっていた。
>ニキの全力疾走w
>後ずさり上手くて草
>で、正解は?
「実演の人は、どう思う?」
リタがドローンの前に俺を押し出した。
「……どっちも、まずい。岩食いは、飛びかかってくる。背中を見せたら終わりだし、のんびり下がってる暇もない」
崩落の日にこの目で見た。
「一番いいのは、会わないことだ。壁に新しいかじり跡を見つけたら、近づかずに引き返して、協会に知らせろ。……取り合ってもらえるかは、知らないけどな」
言い終えてリタの腕の画面に目を落とす。
>経験者は語る
>最後のは権藤のことで草
>ニキの解説が一番ためになる
>投票ニキで
コメントの投票の結果は、なぜか俺に八割。リタとエリザには一割ずつしか入らなかった。
「なんで、あんたが勝つのよ!」
「なんで、あなたが勝ちますの!」
知るか。
画面の端の同接は六十万を超えていた。
締めは二階で撮る、とリタが言いだして四人で二階の通路の奥まで足をのばした。昨日、岩食いが出てきたあの札の前まで。
鉄の棒の向こうに昨日はいなかった見張りが立っていた。灰色の作業着に本部の腕章。
おととい俺の腕を払いのけた男だった。
二つのドローンを向けられても男は眉一つ動かさない。その目が俺の顔で止まった。おととい広間でそうしたのと同じように。
式典まで、あと五日。本部の調べとやらは確かに先へ進んでいる。
~~
配信を切ると四人で一階のさっきの行き止まりに戻った。
「あの録画、出しちゃえば? 本部が魔石を盗んでましたって」
リタが言うとエリザは首を横に振った。
「出したところで、本部は、魔石を調べておりました、と言えば済みますわ」
「それに、こっちが気づいてるって、本部に教えるだけだ」
俺も口をはさんだ。
「札の奥のものを、どこかへ移されたら、それまでだぞ」
「……一つ、よろしいですか」
ニールがエリザのタブレットを差し出した。
「この人、一度だけ立ち上がって、腕章がドローンのほうを向くんです。そこを止めて、大きくしてみました」
画面いっぱいに粗い腕章が映っていた。大きな「本部」の二文字。その下に小さな字が並んでいる。
その小さな字は「安全管理部」と読めた。
今朝の受付の男たちの腕章にも、さっきの見張りの腕章にも、本部の二文字の下に小さな字があった気がする。どちらも読もうともしなかった。
――本部で、安全管理部長を務めております。
公開測定を言い出した、あのにこやかな男。氷室の部だ。
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