第12話 工事中
『【式典まであと六日】七番ダンジョン、今どうなってる?』
「はーい、リタです! 今日は、式典の準備が進む七番ダンジョンを、見て回りまーす!」
次の日リタはいつもより早い時間から広間で配信を始めた。
式典の準備を見に行く配信。表向きはそういうことになっている。
本当の狙いはあの木箱の中身だ。ゆうべ箱の温かさのことを話すとリタは即決だった。配信にしてしまえば、どこをうろついても怪しまれない、と。
俺もあの箱の中で鳴ったものが気にならないと言えば、嘘になる。
横からリタの腕の画面をのぞく。
>昨日の告知見たよ
>公開測定たのしみ
>ニキ今日も眠そう
広間の奥の壁ぎわにはもう鉄の枠の部材が山と積まれていた。式典の舞台を組むのだろう。
その山のすぐ裏で俺は足を止めた。
古い脇道の口に鉄の棒が渡してある。棒から下がった札に「本部 工事中 立ち入り禁止」の字。
「何よ、これ」
リタがドローンを札に向ける。
俺は棒の向こうの暗がりに目をこらした。
この脇道なら作業で何度も通った。広間の奥からゆるい下り坂で二階の奥へ抜ける、人一人がやっと通れる細い道だ。ふだんは作業員しか使わない。
それが、台車が二台すれ違えるほどに広げられていた。削った岩肌はまだ白い。
なのに、柱が一本も立っていない。
崩落の日の天井が頭をよぎった。
通路を広げれば天井を支えるものがなくなる。だからまず柱を立てる。作業員が最初に教わることだ。
広げたのは幅だけ。何かを通すための道だ。
足もとの白い岩の粉の上に車輪の跡が二本、奥へと続いていた。
昨日のあの台車も広間の奥へ向かっていた。
腕の画面でもコメントが札に気づきはじめる。
>本部の札だ
>式典の工事?
>ニキの目が作業員になってる
一階を抜けて坂道を二階へ下りる。
札はあちこちにあった。どれも新しく、どれも脇道の口をふさいでいる。
腕の画面に目をやると、見ている連中も同じことを思ったらしい。
>札多くね?
>工事中ばっかり
>式典って広間でやるんだよな?
「ほんとよね。式典は広間なのに、なんで二階まで札だらけなのよ」
リタがコメントにうなずいて口をとがらせた。
止めかけてやめた。いつもどおり騒いでいるほうが、かえって怪しまれない。
二階の通路を奥まで進んだところでまた札があった。
広間の奥から下ってくるあの広げた脇道。その出口がちょうどこのあたりにある。
札にドローンの明かりが届いた、その時だった。
棒の奥でガリと音がした。
岩をかじる音。崩落の日に壁の中から聞こえたのと同じだ。
「リタ、下がれ」
暗がりから灰色の頭が飛び出した。
岩食いだ。大型犬ほどの体が鉄の棒の下をくぐって通路に転がり出る。すぐそばの俺たちには目もくれず、ドローンの明かりを嫌うように、通路の突き当たりのほうへ駆けだした。ドローンが白い明かりでその背中を追う。
十歩ほど先に真新しい装備の二人連れがいた。受かったばかりの初心者だろう。後ろは行き止まりで立ちすくんだまま動けずにいる。
「伏せ!」
リタが右の手のひらを岩食いに向け、床へ押しつけるように下ろす。
岩食いが床にべたりと伏せた。
だがリタの重さは相手が遠いほど弱い。岩食いはそれでも前歯を岩に立て、体を引きずって二人へ寄っていく。
「止まらない……! 無資格!」
燃やせば終わる。だがあとから俺が言えばリタの重さは消える。女王の時に思い知った。重さが消えればこいつは燃えながらでも跳ぶだろう。
――崩落の日リタは、消えた重さを何度でもかけ直してきた。
「俺が言ったら、すぐかけ直せ!」
「任せて!」
「燃えろ」
灰色の体が炎に包まれた。
同時に重さが消えたのか岩食いが、燃えながら跳び上がる。二人連れが悲鳴を上げた。
「伏せ!」
リタがもう一度手のひらを振り下ろした。宙の岩食いが床に打ちつけられる。
岩食いは炎の中でひとしきりもがき、動かなくなった。
「た、助かりました!」
二人連れが何度も頭を下げながら上の階へ逃げていく。
「……消えるって分かってて、言ったのね」
リタが右の手を握ったり開いたりしながら、こっちを見た。
「消えるなら、かけ直してもらえばいい」
腕の画面が一気に流れはじめた。
>また岩食い? 迷い込んだ一匹とは
>岩食いが出るとこ、いつもニキいるよな
>消えてもかけ直せばいいのか
>本部の工事のとこから出てきたぞ
「ちょっと協会! また岩食いなんだけど! 迷い込んだ一匹って、何匹いるのよ!」
リタが、焦げた岩食いにドローンを寄せていく。
俺は札のほうへ向き直った。
鉄の棒の向こうは暗い。だがその奥が、ぼんやりと明るかった。
協会の明かりじゃない。もっと弱いにじむような光だ。
二、三歩、札に近づく。
短い通路の先に教室ほどの部屋が開けていた。その床に丸い灰色の石が二、三十も並んでいる。ソフトボールほどの大きさで、その一つ一つが内側から青白くかすかに光っていた。そのまわりには、ふたの開いた木箱がいくつも置いてある。
女王の魔石の、脈を打つような赤い光とはまるで違う。
肩ごしに振り返ると、ドローンの明かりはリタと岩食いの死骸に向いたままだった。こっちを映しているものは何もない。
リタを呼べばドローンもついてくる。配信に映れば本部にも知られる。本部には知られるな、とマスターにも言われている。
札の手前で足を止めた。この棒を越えれば本部の区域に勝手に入ったことになる。
昨日、本部の木箱の中で鳴ったのは――これか。
お読みいただき、ありがとうございます!
「続きが気になる!」と思っていただけたら、
ブックマークと、この下の☆☆☆☆☆から評価をいただけると励みになります。
毎日7時、12時、19時に更新します。




