第11話 公開測定
「本物だ……! 本物の無資格ニキさんだ……!」
支部長室の扉を開けたとたん若い女の人に両手を握られた。
肩までの髪をはずませた二十代の半ばくらいの人だ。首から協会本部の職員証を下げている。
「あっ、すみません、つい! 本部の広報の、白石です。黒瀬迅さんと赤城リタさんの配信、毎回見てます!」
白石さんはぱっと手を離して頭を下げた。
『Black Cat』の夜から三日。本部の人が来る、とリタが言っていた日だ。
支部長室にはほかに三人いた。机の向こうの支部長とその横に立つ権藤。それから客用の椅子から、ゆっくりと立ち上がった男。
五十を少し過ぎたくらいの細身の男だった。銀色の髪をきちんと後ろになでつけ、灰色の背広を着ている。目尻に深いしわを寄せてずっと笑っているような顔だ。
「本部で、安全管理部長を務めております、氷室と申します。お呼び立てして、申し訳ありません」
ていねいに頭を下げられて俺もつられて頭を下げた。
「座ってくれ、黒瀬君、赤城君」
支部長に言われて俺とリタは椅子に腰を下ろした。
「七日後の、ダンジョン出現二十年の記念式典です!」
白石さんが抱えていたタブレットを胸の前で握りしめる。
「人気の配信者さんたちをお招きして、本部の公式配信で生中継するんです。舞台の横には大きな画面も置いて、皆さんの配信を次々に映すんですよ。その画面は、私の受け持ちなんです。それで、目玉に、ぜひ、お二人を!」
隣でリタの目がきらきらと輝きはじめた。
「目玉……」
「目玉には、目玉にふさわしい場を、と思いまして」
氷室が穏やかに言葉を継いだ。
「黒瀬さんを十一回測った、試験室のあの測定器を、舞台に上げます。そこで、皆さんの前で、黒瀬さんを測らせていただきたい。公開測定、とでも申しましょうか。測るのは、同じく十一回測ってこられた、権藤君に」
権藤が氷室のほうへ顔を向けた。
「測っても、ゼロです」
権藤の声は平らだった。
「ええ。ゼロのまま、的を砂利にされた。あの映像は、本部でも拝見しました」
氷室は笑みを崩さない。
「ネットには、まだ、測定器が壊れているのではないか、映像に細工があるのではないか、という声もございます。疑いを晴らす場にも、なりましょう」
権藤が一歩前に出た。
「お受けします。測定器に映らない力など、ありません。仕掛けがあるのなら、舞台の上で、私が明らかにします」
「頼もしい。権藤君の報告書も、拝見しましたよ。崩落は、迷い込んだ一匹の仕業。的確でした」
権藤の背筋がすっと伸びた。
机の向こうで支部長の眼鏡の奥の目がわずかに細くなる。
的確、か。あの報告書のあとで一階には新しいかじり跡が見つかり、三階には女王が出たのに。
「その女王の件は、どうなっていますか」
支部長が静かに口をはさんだ。
「本部の調査班が調べております。式典の準備もありますので、浅い階の一部に、しばらく立ち入れないところが出ますが、どうかご容赦を」
氷室は支部長に軽く頭を下げた。
「……承知しました」
支部長の返事は短かった。
「あの……俺は、そういう場は」
目立たずに一年を終える。舞台の上で測られるなんてその真逆だ。
「無理にとは申しません」
氷室は目尻のしわを深くした。
「ただ、補助という扱いが妥当かどうか、本部としても材料が欲しいところでして。見直す材料にも、なりますので」
見直す。どちらに、とは言わなかった。
補助の判決を決めたのは裁判所だ。だが本部が裁判所に申し立てればどう転ぶかは分からない。
「出ます! 出るに決まってるでしょ!」
リタが勢いよく腰を浮かせた。
断れる話では、なかった。
「……はいはい」
~~
『【告知】二十年式典、出ます! 七番ダンジョン』
支部長室を出るなりリタは広間の隅でドローンを飛ばした。
「はーい、リタです! ご報告です! 私たち、七日後の、協会本部のダンジョン出現二十年記念式典に呼ばれました!」
リタの腕のスマホをのぞくとコメントが次々に流れていく。
>マジか
>本部の式典じゃん
>エリザ様も出るんかな
「しかも、舞台の上で、無資格の公開測定をやります! 測るのは、なんと権藤さん!」
「言うなよ……」
腕の画面のコメントがどっと沸いた。
>十二回目www
>権藤また測るのかよ
>測定ゼロ(物理)ふたたび
リタはドローンに人さし指を突きつけた。
「目標は一つ! 式典の生配信で、集まった配信者の中で、同接一位を取る!」
腕の画面がまた一段と騒がしくなる。
>でかく出たな
>トップ配信者だらけだぞ
>リタちゃんならいける
その一位を取る舞台で俺は測られるのか。
配信を切って広間の入り口のほうへ歩きだした時だった。
入り口から台車が一台、入ってきた。押しているのは灰色の作業着の男が三人。腕に本部の腕章を巻いている。
本部の腕章。『Black Cat』で班長がそう言っていた。マスターの言うヤマがいきなり目の前を通っていく。
台車の上には一抱えほどの木箱が一つ。ふたの合わせ目に本部の印を押した封が貼ってある。
台車が俺たちの横を抜けて広間の奥へ向かう。
ごとんと音がして止まった。前の車輪が岩の床の段差にはまっている。男たちが押しても引いても動かない。
何年も岩を積んだ台車を押してきた手が、先に台車をつかんでいた。
「せえの」
台車の前のふちを持ち上げ、片手で木箱の横腹を押さえる。ずしりと重い。石でも詰まっているような重さだ。車輪が段差から外れた。
――温かい。
木箱を押さえた手のひらが、ほんのりと温かかった。台車の鉄のふちは、ひんやりと冷たいのに。箱だけが中から温められているみたいだ。
こつん、と。
箱の中で何かが鳴った。
「触るな!」
横から腕を払いのけられた。
一番前の男だった。その目が俺の顔の上で止まる。それから左の手首の腕輪に。もう一度、顔に。
覚えたぞと言われた気がした。
台車が広間の奥へ消えていく。
「……何よ、あれ。手伝ってあげたのに」
横でリタが台車の消えたほうへ、べっと舌を出す。
女王の件は本部の調査班が調べている――氷室はそう言っていた。
だが班長が見た木箱は三階から一階のほうへ運ばれていた。今度の箱は外から運び込まれた。向きが逆じゃないか。
それに調べの道具なら中から温まるはずもない。
手のひらには、まだあの温かさが残っている。
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