第10話 Black Cat
「見なさい、無資格! 一位よ、一位!」
リタが受付の横の掲示板を指さして俺の袖を引っ張った。
朝っぱらから腕輪に引っ張られて来てみればこれだ。
協会七番支部の月間ランキング。貼り出されたばかりの紙の一番上の行にあるのは、赤城リタ。そのあとに、かっこでくくって補助、黒瀬迅。二番目の行はエリザ。
支部長室の聴き取りから三日。今日は月末だ。
名前の横の点を見比べると一位の点だけ、けたが一つ多い。女王の点だろう。補助の手柄は監督に入るから俺の名前はかっこの中にある。
審判の日、廊下でリタは「月末の支部のランキングで、エリザより上に立つ」と言っていた。それを本当に果たしてしまった。
リタの頭の上ではもうドローンが赤いランプをともしている。俺が着く前から配信を始めていたらしい。リタがそのドローンを掲示板に向ける。
リタの左の前腕に目をやると、スマホの画面をもうコメントが流れていた。
>一位おめでとう!
>補助:黒瀬迅
>ニキ、かっこの中で草
>女王の点がでかすぎる
「……朝から、騒がしいこと」
振り向くと、ニールの腕につかまってエリザが歩いてくるところだった。くじいた右の足首はまだ包帯でくるまれていた。額のガーゼはひと回り小さくなっている。今日は白いドローンを連れていない。
エリザは掲示板の前で足を止め、二番目の行をしばらく黙って見上げていた。
「……次は、負けませんわ」
「何度でも勝ってあげるわよ」
リタが胸を張る。エリザはふいと横を向いた。
「おめでとうございます」
その横でニールがエリザのぶんまでというように深く頭を下げた。
その時リタが「あ」と小さく声をもらした。
腕の画面の端で登録者の数が、ちょうど百万に変わったところだった。
「ひゃ……百万……⁉」
コメントの流れが一気に速くなる。
>100万きたああああ
>おめでとう!
>一位と100万が同じ日で草
>エリザ様の目の前で達成するの強すぎる
リタが俺の腕をつかんで揺さぶった。エリザはニールに支えられて入り口のほうへ戻っていく。その背中から高笑いが聞こえた。
「オーホッホッ……痛っ」
足首に響いたらしい。
~~
その夜リタに連れられて路地の奥の店の扉をくぐった。
七番ダンジョンの入り口から歩いて五分ほど。黒く塗った木の扉に白いペンキで、しっぽを立てた猫の輪郭と『Black Cat』の字が描いてある。前は何度も通ったが入るのは初めてだ。
中は細長い店だった。カウンターに丸い椅子が八つと奥に小さなテーブルが二つ。壁の棚には酒の瓶がずらりと並び、その横に七番ダンジョンの古い地図が貼ってある。隅のテレビでは夜のニュースが女王の切り抜きを流していた。客はまだほかにいなかった。
カウンターの向こうに熊のような大男がいた。
五十を過ぎたくらいだろう。頭をつるりとそり上げ、あごには白いものがまじった無精ひげ。黒いシャツの袖をまくった腕は丸太みたいに太い。
「マスター、いつもの! こっちには、ビール。今日は私のおごりよ」
リタが慣れた様子でカウンターの真ん中に座る。常連らしい。
「昔は、Aランクの探索者だったんだって。けがで引退して、この店を始めたの」
小声で言われて気づいた。カウンターの中を行き来するたびに、マスターの肩がわずかに左へ沈む。左の脚をかばっているらしい。
「それでね。さっき、支部長から電話があったの」
リタがカウンターに肘をついてこっちに顔を寄せた。
「三日後に、本部の人が来るんだって。十日後の、ダンジョンが現れて二十年の記念式典に、私たちを呼びたいらしいの。会場は、七番の広間」
「本部が俺に会いたがってるってのは、それか」
「たぶんね。百万人の前に出るチャンスよ」
俺の前にジョッキが置かれた。
手を伸ばしかけて気づく。マスターの目が俺の左の手首で止まっていた。腕輪だ。
「……お前の力、スキルじゃねえな」
「測定器にも、毎年そう言われてたよ。スキルの値は、ゼロだ」
「そういう意味じゃねえ」
マスターはそれきり背を向けてグラスを拭きはじめた。
「何よ、それ。マスター、何か知ってるの?」
リタが聞いても返事はない。
スキルじゃない。なら俺のこれは、何だっていうんだ。
扉の鈴がからんと鳴った。
入ってきたのは首にタオルをかけた、日に焼けたずんぐりした男だった。作業着の膝に岩の粉が白くこびりついている。
「……班長」
「黒瀬か」
班長の田所さんは少し迷ってから俺の隣に腰を下ろした。マスターが何も聞かずにグラスを置く。班長もここの常連らしい。
「電話一本でクビにして、悪かったな」
「班長のせいじゃないですよ。登録してない力を使ってたのは、俺です」
「……それとな。お前に、話しておきたいことがある」
班長は声を落とした。
「崩落の次の日の夜だ。二階の後始末に、うちの班で入った。そしたら、本部の腕章を巻いた連中が、三階のほうから上がってきた。木箱を、二人がかりで抱えてな。重そうに、一階のほうへ運んでいった」
崩落の次の日の夜なら俺はまだ留置場にいた頃だ。
「夜中に何を運んでるのか聞いたら、調査の資材だとさ。次の日には、本部の人間がうちの会社に来た。見たことは口外するな、言えば七番の仕事は回さない、とな」
「それを、なんで今」
「うちの班が、式典の舞台を組むことになってな。本部の連中が、また七番をうろついてる。……女王の配信も見た。お前があんなもんの前に立ってるのに、俺だけ黙ってるのもな」
いつの間にか、マスターが拭いていたグラスを置いてこっちを向いていた。
「本部だろうが何だろうが、七番の浅い階で勝手な真似をされるのは、気に入らねえ」
太い指がカウンターを一つ、とんと打つ。
「デカいヤマだぞ。式典の日までに、本部の連中が何を運んでるのか、突き止めろ。本部には、知られるな」
「やるわ!」
リタがカウンターに手をついて立ち上がった。
「本部の悪だくみを暴いたら、それこそ歴史に名が残るじゃない」
「声がでけえ」
マスターがじろりとリタを見る。リタは首をすくめて座り直した。
「待て。俺は、一年、目立たずに――」
「却下」
……だろうな。
「だいたい、本部が夜に荷物を運んでたってだけの話だろ」
マスターは隅のテレビに目をやった。画面の中で岩の鎧の巨体が、ゆっくりと崩れ落ちていく。
「その木箱が三階から上がってきて、四日あとに、三階にあれが出た。よっぽどのことがなけりゃ、女王は巣を出ねえ」
低い声だった。
「巣で、何かあったんだ」
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