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「貴女、どうしてまだここにいるんです?」
私が顔を見て思わずそう問うたのは、女魔術師のロデナ。
彼女と二人の仲間の奉仕期間は先日終わった筈だ。
なのに今日も私が村長としての仕事を片付けていると、何故だかロデナが奉仕期間と変わらず手伝いに来た。
一体、何がしたいんだろうか?
「いえ、あの……、罪を償う無料奉仕だって聞いてたのに、結局、魔物の素材を下さったじゃないですか」
するとロデナは困ったような顔で、竜が奉仕の褒美に与えた魔物の素材が理由だと言い出した。
それが渡される際、魔物の研究者のホーレンが物凄い顔をしてたから、かなり高価な素材だったんだろう。
一応、私もこの一ヵ月でロデナから魔物の素材の価値には色々と教えてもらったが、この村では換金もできず、利用する技術もなく、倉庫の肥やしとなってるそれらに対する私の評価は、あまり高いものではない。
今のところは、竜爵としての税の支払いに役立つくらいの認識だ。
尤も技術者もきたし、近い将来は、それらの素材が活用される可能性も十分にある。
「あぁ、旦那様のご厚意ですね。感謝するように」
とはいえあの素材は竜の私物だから、竜の好きにすればいいという方針は変わらない。
ただ、冒険者達の命を救ったのも、その上で働きに対して褒美を出したのも、竜の優しさが故なので、それだけはしっかりと分かっておいて欲しいと思う。
「あの、もちろん感謝はしてるんですが、それ以上に申し訳なくて……。もう少し手伝わせて貰えないかなって、そう思って、パドとラザレの二人も自警団の方に行ってます」
私の言葉にロデナは大きく頷いて、その上で、もう少しこの村に残って仕事を手伝いたいと言い出した。
……なんというかこれには、正直、私も驚く。
冒険者である彼らにとって、強い魔物が出る訳でもないこの村は退屈だろう。
町と違って娯楽も乏しく、それこそ祭りや宴くらいしか大きな楽しみはなかった。
褒美として得られた魔物の素材に目が眩んだか?
とも思ったが、それならしっかりと雇用契約を結んだ方が確実だが、ロデナはそれを口にしていない。
「あー……、それは別に構いませんし、人手は助かりますが、残って働いてくれても、旦那様が同じように褒美をくれるとは限りませんよ。働いてくれるなら、住む場所と食事は提供しますけれど」
働いてくれるなら滞在は歓迎するが、念の為に、その事に対する報酬があるかどうかはわからないと言っておく。
竜の事だから、冒険者達が残って働いてくれると知れば、喜んで何かを渡しそうではあるけれど。
「もちろん、わかってます! ただ、あんな風に良くしてくれる竜爵様を、悪竜だと思って攻撃しちゃった事が申し訳なくって……」
まぁ、その気持ちはわからなくもなかった。
誤解とは言え、自分が敵意を向けた相手に親切にされると、申し訳なくなるのは当然だろう。
とはいえ気にし続けても仕方ない。
ロデナとその仲間達の償いは、先の一ヵ月でちゃんと終わったのだ。
人手は確かに有難いが、腕の立つ冒険者である彼らの力は、この村では活かしきれない。
彼らが自らの力を役立てる事を望むなら、もっと強い魔物が現れる場所に行った方が、助けられる人は多い筈。
まぁ、だからといってこちらから追い出すような真似はしないけれども。
気が住んだら、そのうち勝手に出ていくだろう。
いずれ彼らが冒険者を引退した後、移住先としてこの村を選んでくれれば、それはそれで大いに歓迎しよう。
「ところで執事さんは知ってますか?」
そこで、ふと思い出したかのようにロデナが私に問う。
さて、一体何の事だろう?
急にそんな風に言われても、私にはわからない。
「あの宴に出されたグレートホーンって魔物、ホーレンさんに聞いたんですが、角を折らなきゃワイバーンに匹敵する魔物なんですって。執事さん、あの時に止めて下さって、本当にありがとうございました」
私が首を傾げていると、ロデナはそう言って笑い、ぺこりと頭を下げた。
あぁ、それはもう、思う存分に感謝してくれればいい。
……ただ、知りたくはなかったなぁ。
うちの村、そんな危ない魔物を家畜にしようとしてるのか。
竜が当たり前に持ってくるから、そこまで危ない魔物だとは思わなかった。
いずれ建設するだろうグレートホーン用の牧場は、念入りに頑丈な柵、いや、防壁で覆って、家畜化は慎重に検討しよう。
我々と竜の強さに対する感覚は、どう足掻いても埋まらない程にかけ離れているみたいだから。
強さに対する感覚が、人間と竜では隔絶してると知った私だが、もう一つ、人間と竜では全く異なる感覚を持つのであろう事がある。
それは、空に対しての感覚だった。
空を飛ぶ生き物である竜と、そうでない人間では、空に対する思いも、見え方も、全く異なるのが当たり前だろう。
だというのに近頃、
「なぁ、セバスチャン。空を飛んでみたいと思った事はないか?」
だの、
「最近村が広がっているな。空の上から眺めるとそれがよくわかるぞ。一度見てみたいとは思わないか?
なんて風に、竜は執拗に私に対して空を飛ぶ事への興味を煽ろうとしてきていた。
正直に言って、とても困る。
何故なら私は、高い所があまり得意ではないからだ。
屋根の上に登るのだって、……まぁ、修理等で必要なら仕方がないが、できればあまり登りたくない。
人間は地に足を付ける生き物である。
ましてや空の上なんて、とんでもない話だ。
なのでずっと興味がないと言い続けてきたのだけれど……。
「セバスチャン、我が背に乗れ!」
今日はもう、有無を言わせない勢いで真っ直ぐに背に乗れと要求してきた。
これは、断っても無駄そうだ。
できれば勘弁して欲しいとは思うが、そこまで言われるなら仕方ない。
断り続けるのも飽きてきたし、一度乗れば、それで満足してくれるだろう。
「はぁ、旦那様がそう仰るなら、仕方ないですね……」
私はそう言って、身を伏せて登り易くしてるのだろう竜の背中に、よじ登る。
竜の鱗は滑らかで、それからひんやりとしていて、登り辛い。
どうにかこうにか背の上にあがると、
「よし、これでお前は、俺の背に乗った初めての人間だ。光栄に思うといい」
何やら竜は満足そうにそう言った。
あぁ、多分それは、本当に光栄な話ではあるのだろう。
竜が人に背を許すなんて聞いた事がない。
だがそれは、つまり誰も竜の背が安全なのかどうかを確認していないという意味でもあるので、私はそこにげんなりとしてしまう。
「落とさないでくださいね」
私が少し、祈るような気持ちでそう言えば、竜は大きく首を縦に振って頷く。
それだけで背中は大きく揺れて、もうちょっと怖い。
「当然だ。背中は魔法で保護するから、無理に飛び降りようとしない限りは落ちぬ」
自信満々にそう言う竜。
魔法という言葉が出てきた事で、私は少し安堵した。
竜の魔法は、人間に計り知れない力がある。
これに関してはもう私があれこれと思いを巡らせても想像も及ばない力なので、竜が大丈夫だというなら、きっと大丈夫なんだろう。
そしてバサリと、竜はその翼を動かして、一気に空へと舞い上がる。
私は思わず目を閉じてしまったが、不思議と何も感じなかった。
恐らく物凄い速度が出た筈なのに、風の一つも吹かなかったのだ。
これが、竜の言っていた背中を保護するって事なのか。
恐る恐る目を開けると、そこは光に満ちて輝く世界だった。
今は丁度夕暮れ時で、空は朱色に染まってる。
その朱色の中に、今の自分は飛び込んでいるのだ。
流石にこれは、言葉もない。
これまでにも夕焼けは、ずっと見てきた。
それを美しいと思う感性も、ちゃんと持ち合わせている。
だが今、私が見ている夕焼けは、これまでに私が見てきたどの夕焼けより、いや、夕焼け以外の全てを思い出してみても、正に圧倒的に美しい。
「ほら、セバスチャン、下を見てみろ。あそこが村の新しく広がった部分だぞ」
私が夕焼けに感動していると、まるで水を差すように竜が下を見ろと言ってくる。
もちろん、お断りだ。
なんでわざわざ、高い場所から下を見下ろさなければならないのか。
「無理です。こんな高い場所から、下を見れる訳ないでしょう。旦那様はもう少し人間を理解してください」
竜の無茶な要求に、私は少しばかりの怒りを込めて、首を横に振って言い返した。
今の状況で身を乗り出して下を見るなんて、できる筈がない。
「……ですがこの空の光景は、えぇ、当たり前ですが、生まれて初めて目の当たりにしました。ここに連れてきてくださって、感謝します」
しかし、そうであっても竜が私を背に乗せて、ここに連れてきたのは、間違いなく好意からの行動だ。
私も、この空には間違いなく感動したのだから、そこは素直に礼を言おう。
この光景は、只の開拓村の村長でしかない私が、本来ならば決して見る事のできなかったものなのだから。
「そうか、なら良かった。セバスチャン、もう無理に見ろとは言わないが、小麦の畑が夕日に金色に輝いてる。間もなく収穫時期なんだろう? つまり、俺とお前が出会ってもうすぐ一年が経つ」
すると竜は、少しばかりしんみりとした口調で、そんな事を言った。
あぁ、確かにそうだ。
ロワイスの村に竜が降りてきたのは、小麦の収穫を終えたばかりの頃。
もうすぐ、あれから一年か。
「だからセバスチャン、お前に私が見ている光景を、少しでも見て欲しかったのだ。無理をして、付き合ってくれてありがとう。これからもよろしく頼む」
竜の言葉に、私は何も言えなくて、ただその背を二度叩く。




