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冬が終われば、春が来る。
近頃村は、新たな家の建設に忙しい。
何しろもうすぐ村の人口が六十人も増える為、彼らを住まわせる家が幾つも必要になるからだ。
幸い、木材は既に用意してあった。
元々は領主の館の建設用に用意した木材なのだが、早急に必要となるのは新たな住人の家である為、この木材を流用する事となったのだ。
ただ、領主の館用の木材が減っていくのを見る竜が、とても悲しそうな目をする為、新たな木材の切り出しも並行してる。
新たな木材は、やはり乾燥させなければならない為にすぐには使えないが、切り出しておかねば何時までたっても使える木材にはならないから。
……建築士が来れば、最初の仕事は領主の館の設計からにして貰おう。
我々が先に手を付けるより、一から専門家に任せた方が、いい館ができる筈。
冬のゆっくりとした時間が嘘のように村は忙しく動き、私はそれを竜に報告する。
けれどもそんなある日だった。
私が何時ものように竜に報告していると、大きな声を出さずとも話ができるようにと近付けられていた竜の頭が、突然、大きな音を上げて爆発したのだ。
熱と爆風に押され、私は思わず尻もちをつく。
「そこの人、今のうちに逃げて!」
驚く私に、杖を構えたローブ姿の女がそう叫ぶ。
……魔術? 魔術師?
冒険者か!?
頭は即座に状況を理解するが、受けた衝撃のせいか、身体は咄嗟には動かない。
そんな事を言ってる場合じゃないけれど、年は取りたくないものだ。
昔ならもっと素早く立ち直れただろうに。
剣を構えた男が二人、挟み込むように竜に向かって走り寄ってる。
竜は一度頭を左右に振ると、それを迎撃すべく頭を持ち上げ、大きく息を吸う。
マズイ。
マズイ、マズイ、マズイ。
動けないとか言ってる場合じゃない。
このままだと非常に面倒な事になる。
誰が描いた絵図なのかはしらないが、その思惑通りに進んでしまう。
私は気合で身体を起こして竜の前に立つと、庇うように両手を広げながら、
「おやめなさい!!! この狼藉者がっ!!!」
生まれてこの方、出した事もないような大声で彼らを制止した。
その声の大きさに一番驚いたのは、恐らく背後の竜だろう。
彼は今まで私が大声を出しているところを、一度も見た事がないから。
だがそんな大声を出した意味はちゃんとあったようで、走り寄って来ていた男達は足を止め、いや、剣を構えたまま後ろに下がって、警戒するようにこちらを見てる。
「退いて! 私達は竜に支配された貴方達を助けに来たのよ!」
私に向かってそう言ったのは、先程の魔術を放ったのだろう杖を構えた女、女魔術師。
手強い魔物の退治を生業にする冒険者の中でも、魔術師は希少で特殊な存在だ。
何故なら魔術師は高度な知識を持つ技術者で、わざわざ冒険者なんて真似はしなくとも、食べていくあては数多くある。
わざわざ冒険者をする魔術師なんて言うのは、本当に物好きなごく一部だと聞く。
つまりそんな魔術師を一員としている彼らは、それなりに名の売れた、実力のある冒険者のチームなんだろう。
それこそ、竜に対して攻撃を仕掛けるだけの自信がある程に。
「おだまりなさい! こちらのお方は王国よりこの地の統治を託された貴族、竜爵様です! 貴族を殺傷しようとする行為は王国法に定められた明確な罪。貴様等は王国に背く犯罪者だ!」
私はひとまず場を制止できた事に内心で安堵の息を吐きながらも、それを表情には出さず、強い言葉を選び、強い口調で叩きつけた。
その言葉に、魔術師らしき女は何かを察したのか、サッと顔を蒼褪めさせる。
流石は魔術師と言うべきか、頭の回転が早い。
だったら最初から、竜への攻撃なんでしないでくれればよかったのにと、思わなくはないが。
「い、いや、でも俺等はギルドの依頼で、竜に喰われそうだったアンタを助けなきゃって思って……」
言い返そうとしたのは、剣を構えた男、剣士の片割れ。
魔術師に比べると状況が理解できておらず、単に私の口調と、犯罪者という言葉に驚き、言い訳を口にしたのだろう。
しかし、ギルドか。
ギルドというのは、彼らのような冒険者に依頼を斡旋する組織だ。
竜を倒すという功名心に駆られてではなく、ギルドの依頼できたというなら、やはりこれは非常に陰謀くさい。
「関係ありません。いえ、そのギルドの依頼が正規のものであるのなら、ギルドの責任も問わねばなりませんね。ですが貴方達が貴族の殺傷を目論んだ犯罪者である事実に変わりはありませんよ」
あぁ、出した大声のせいで、少し喉が痛い。
私は先程よりも落ち着いた声で、丁寧な言葉づかいで、しかし内容はなるべく無慈悲になる者を選んで、彼らに告げる。
「な、なぁ、セバスチャン。冒険者と戦うのは竜としての嗜みとも言う。俺としてはこのまま戦ってやってもいいと思うんだが……」
恐る恐るといった感じで、竜が何やら寝言を口にする。
だが私はそちらに視線を向ける事もなく、
「旦那様は話がややこしくなるので黙っててください。これは竜の理屈ではなく、人間の理屈での問題ですので」
その寝言を斬り捨てた。
流石にここで、竜の理屈に耳を傾ける事はできない。
何故ならこれは、恐らく、竜と王国の関係を悪化させる為に仕掛けられた離間の工作だからだ。
冒険者達の受けた依頼が、竜の討伐なのか、それとも竜に支配された村の調査なのか、或いは村人の救出なのかは、わからない。
しかしいずれであってもこれは冒険者をこの村に派遣し、竜を刺激する為の依頼だろう。
竜がその事に怒り、冒険者を殺すなら、それを以って竜の恐ろしさを喧伝し、王国の竜に対する危機感を煽る。
王国も、決して一枚岩ではない。
竜と王国の繋がりが強くなる事を喜ばない貴族もいる筈だ。
例えば、そう、他国との関係が深い貴族とか。
別にこれは、その貴族が売国奴だとか、そういう話をしてる訳じゃない。
いや、その可能性も大いにあるし、私は半ばそれを疑っているけれど、竜と王国の関係が深まる事で他国の警戒心を強めたくないと考える貴族も、いてもおかしくはなかった。
どうして今、そんな工作が行われたのかといえば、多分、冬の間に竜が、竜爵としての税を納めに王都へ行ったからか。
税として納めた魔物の素材が思った以上の価値だったなら、それは竜が王国に対して友好的に恭順しているという姿勢を示すものになる。
しかも自らの手で、翼で運んだのだから、猶更だ。
その事が、竜と王国の繋がりが強くなる事を喜ばない貴族を刺激した。
そんなところじゃないだろうか。
冒険者は被害者だ。
竜と王国の関係を悪化させる為の、生贄に過ぎなかった。
だからとても哀れではあるが、実際に竜に攻撃をしてしまった以上、どこかの誰かの目論見を潰して痛手を与えるには、彼らを犯罪者として王国に引き渡し、正規の処罰するのが一番だ。
……そんな風に考えていたのだけれど、
「わかった。ならば俺は口を挟まん。ただ、セバスチャン、お前が俺が攻撃された事に怒ってくれるのは嬉しいが、あの程度、竜にとっては何の問題もない。こいつらだって、まさか本気で俺に勝てるとは思ってなかっただろうさ。だから、あまり怒るな。何か誤解が生じてそうなったのなら、なるべく穏便に済ませてやれ」
そこで竜から、仕える主から、命令が下った。
なるべく穏便に済ませろと。
あぁ、もう、本当に、こちらの思惑を崩してくれるどうしようもない主だ。
だが命じられてしまった以上は仕方ない。
確かに私も、多少は頭に血が上ってるところが、あったかもしれないし、一旦落ち着き、冷静になろうか。
「貴方達、旦那様は今回の件を穏便に納めろと仰ってます。ですから、武器を納めてついて来てください。村の中で改めて話を聞きます。どうか抵抗したり逃げたりして、旦那様の温情を無駄になさいませんよう、お願いします」
そう言って私は、冒険者達を村に招き入れる。
今回の件は、後で手紙に纏めて、竜に王都へ届けて貰おうか。
冒険者達は許すにしても、その背後で動いた者への罰、或いは牽制は、王国側で行って貰う必要がある。
あぁ、そう考えると冒険者を許すというのは、竜の慈悲深さを王国に示すという意味で、悪くない一手なのかもしれなかった。




