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私は九代目の、そしておそらく最後のセバスチャン。
ロワイスが竜と共に歩んだ歴史はもう二百年近くになる。
旦那様、偉大なる赤竜グラファールは、決して統治や政治に優れた才能を持つ御方ではなかった。
普通、二百年も町を統治していたら、もう少しくらい政治に強くなってもいいと思うのだけれど、……まぁ、興味が全くないのだろう。
しかし旦那様は政治には興味がなくとも、民に対しては、いや……、或いは、人間という存在に対しての愛情があった。
決して無体な真似はせず、時には心強い守護者として動き、得意としない政治に関してはセバスチャンである私や、官僚達を信用して任せてくれる。
その上で人を見る目もあるから、悪心を以って私腹を肥やすような輩が官僚に選ばれる事もない。
ロワイスは今、王国で最も発展した都市であり、この町に生まれた民はそれだけでこの上なく幸せだと言われる程だ。
けれどもその人間という存在に対しての愛情が、今は旦那様を苦しめている。
つい先頃、戦争があった。
教会が主導した、悪竜討伐戦争だ。
技術が発展し、社会が複雑化するにつれて、人の心は教会の教え、宗教という拠り所を必要としなくなりつつある。
これは完全に必要じゃなくなったという訳ではなく、以前に比べて依存せずとも良くなったという意味なのだけれど……、あぁ、だがそれでも教会の威信、存在感が低下しつつある事は間違いなく、それを打開しようとし、
『人は今、新たな力を手にしている。故に今こそ、悪竜に支配された町、ロワイスと、王国を打倒すべき時が来た』
……と、各国に檄を飛ばしたのだ。
竜の訪れでこの二百年、ロワイスは発展し、王国もその恩恵にあずかり続けた。
しかし他国は、その恩恵を受ける事ができずに、指を咥えて見ているしかなかった国も多いから、……きっと王国は妬まれていたのだろう。
教会の声に大義名分を得た国々は、王国の持つ豊かさを奪う為、集まって連合軍を組織する。
一昔前なら、幾ら教会が大義名分を与えたからといって、竜を擁する王国に攻め込もうとする国なんて、そうはいなかった筈だ。
どう考えても勝ち目が薄いし、そもそもそんな戦力があるなら自国の魔物を討伐して安定化させたり、未開地域を攻略する方がうま味もある。
でも今は、人間は銃や火砲といった強力な武器を持ち、多くの魔物を駆逐した。
そしてその武器を次に向ける先を、無意識に探してもいたのだろう。
教会の声のもと、八つの国から、合計二十万を超える軍勢が王国に攻め寄せたのだ。
故に、王国からの要請に旦那様も動かざるを得なかった。
王国も軍は有しているが、これ程の数を相手にできる程の戦力はない。
竜が動かねば国が亡ぶ状況だったから、旦那様はセバスチャンである私を背に乗せて戦場の空を飛ぶ。
結果は、まぁ、私が生きていてロワイスが滅んでいない事からも察せられるとおりに王国の、いや、偉大なる赤竜グラファールの勝利に終わる。
ただその戦いで、旦那様は多くの敵兵を殺した。
殺さずに済ます事ができなかった。
それが今、旦那様を苦しめている。
二代目のセバスチャンの頃にも、旦那様が戦場に出たという記録は残っている。
しかしその時は、背に乗った二代目の方針もあったのだろうけれど、旦那様の姿と声だけで多くの敵は戦意を喪失し、殺す必要はなかったそうだ。
また仮に殺していても、遠く見知らぬ他国の兵の死が、そこまで旦那様を苦しめる事もなかったのだろう。
何しろその頃は、ロワイスも小さく、その小さな町の身が旦那様と人間の接点で、他に目が向かなかった。
けれども今は、王国内のみならず、他国からも観光客がロワイスを訪れるようになっており、旦那様はそうした観光客と言葉を交わす事もあったから。
銃と火砲で装備し、己の勝利を疑わぬ敵軍の士気は高く、竜である旦那様の姿や声に怯みはしても、士気を崩壊させるには至らない。
戦いを終わらせるには、少なくない犠牲が必要だ。
旦那様は王国と、何よりもロワイスを守る為、敵軍の兵にその犠牲を支払わせた。
少なくとも数万の兵が、竜の息に焼かれただろう。
あまりに多い数である。
敵兵の命が戦争で失われるのは仕方ないと割り切れれば良かったのだろうが、旦那様は、自分が殺した数万の人間にも、家族があって、それぞれの生活があった事を知っていた。
或いはその中には、観光客としてロワイスを訪れたものの縁者や、場合によっては本人も混じっていたかもしれない。
戦いが終わり、旦那様は、もう人間を殺したくないと呟く。
しかし、そんな思いは届かない。
数万の兵を殺した旦那様を、教会は声高に悪竜と罵って、敗戦という失敗を打ち消そうと必死だった。
そう遠くないうちに、第二次の悪竜討伐戦争を興そうとする可能性は、決して低くないだろう。
仮にその動きが起きずとも、人間が銃や火砲よりも強い武器を手に入れれば、いずれはそれを旦那様に向ける。
旦那様が永久を生きる竜である以上、それは繰り返し続けるのだ。
なら、もう終わりにするべきじゃないだろうか。




