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さてそれから更に二ヵ月程が経つ。
竜が人の姿で祭りに参加した事で、村人の警戒心は随分と薄れたように思う。
或いは竜が手土産にと持って来た牛の魔物、グレートホーンの味に魅了された事も大きかったのかもしれない。
グレートホーンは丸焼きにして祭りのメインディッシュとして供されたのだが、これがとろけるように美味かったのだ。
一つ面白かったのが、村人達がグレートホーンを火にかけようとした時、
「折角の獲物をどうして炭にするんだ?」
人の姿になっていた竜が、慌てたように止めてきた事だろうか。
どうやら竜からすると炎とは敵を炭に変えてしまう戦いの手段という認識らしく、料理に火を使うというのがいまいちしっくりと来なかったらしい。
だが人間には魔物の肉を炭に変える程の火力はそうそう出せない事や、人間は生で魔物の肉を食べられる程に強靭な胃袋を備えていないのだと説明すると、首を捻りながらも一応は納得し、グレートホーンの調理を許してくれた。
尤も焼いた肉の味は竜も気に入った様子で、人の姿としてはという意味ではあるが、かなりの量を食べていたけれども。
ちなみにこのグレートホーンは、その名の由来である角さえ折るか切り落としてしまうと大人しくなる為、家畜化も可能じゃないかとの話だ。
竜は生きたままこのグレートホーンを捕獲して来る事も可能らしいので、家畜としてグレートホーンを増やすというのは、かなり魅力的な話である。
労働力として使うには、グレートホーンは些か巨体過ぎるけれど、食用として考えるなら、一匹から採れる肉の量も多いし、何よりも味が良い。
この村の、……いや、竜爵が治める領の特産品とするには、もってこいかもしれなかった。
とはいえ、今は牧場を造ったり、牧畜をするだけの人手の余裕がないから、それはもう少しばかり先の話になるだろうけれども。
それよりも優先すべきは、冬の建築に備えて、領主の館の場所の縄張りと、それから建材となる木々の切り出し、乾燥等だ。
大きな館を造るには、当然ながら広い場所が必要となる為、領主の館の位置は村の外れだった。
しかしこの先、村が発展して広がっていくならば、新たに家々が建ったり道が造られるのは、この領主の館が中心になるだろう。
また大きな館を建てるなら、建材となる木材も多く必要となる。
ただこれはありがたい事に、多くの木材を得られる当てがあった。
というのも、これまでは村の北側、竜が棲む山側の木々は、竜を刺激しないようにと手を付けてこなかったが、その竜がこの村の領主になって、更にその竜の為に領主の館を建てるのだから、もうこれを遠慮する必要がない。
今まで手付かずだった北側の森の木々を切り、乾燥させる為に置き場に運ぶ。
そうした事に、村人達もこの村に起きている変化を実感しているんだろう。
働く彼らの表情はどこか明るく、意欲も高い。
竜が我々の支配者となる。
その不安は殆ど払拭されていた。
村の様子はそのような感じだが、一方、私と竜はある事に、いや、竜はあまりよくわかってなさそうだったので、主に私一人が頭を悩ませている事がある。
それは、税をどうするかだった。
この税というのは、村からその領主である竜に納める税と、竜爵としての竜が王国に納める税の二つだ。
本来、この二つは密接に関連するものである。
何故なら領主は領地から徴収した税の一部を、王国に納めるのだから。
けれども今、この村では少しばかり事情が違う。
というのも竜爵という言葉が持つ重みに対して、村から得られる利益がどう考えても少ないからだ。
恐らくは竜爵という新しい爵位自体が、国に対して納める税を名ばかりのものにする為の措置ではあるのだろう。
なのでこれに甘えるというのも、選択の一つではある。
しかしその選択は竜爵という爵位を、ひいては竜の名を、軽くする事にも繋がりかねない。
竜爵は竜だけの特別な爵位ではあるが、王国という枠の中に定められた貴族の爵位の一つでもあった。
貴族という生き物は基本的に、軽く見られて良い事は一つもないのだ。
もちろん家令としても、主が軽く見られて嬉しい筈がない。
たとえそれが強引に任命された名ばかりの家令であっても、……まぁ、それは変わらなかった。
なので暫くの間は、あぁ、やはり竜が狩ってきた魔物の素材等を、王国に物納するのが無難だろうか。
近頃、竜は村人達が領主の館を建てる為に働いているのが嬉しいらしく、頻繁に差し入れと称して魔物を狩って持ってくる。
或いは竜自身も、焼いて塩で味付けした肉を喰いたいのかもしれないが、いずれにしてもそうして差し入れられた魔物の食えない部分、角だの爪だのといった素材が、村の倉庫に溜め込まれていた。
恐らくこれらは換金できる代物なのだろうが、しがない開拓村の住人である我々には、これらを売り捌く伝手もなければ、正確な価値もわからない。
またこれらは竜が狩った獲物の素材であるが故に、私達に権利もないだろう。
ならばこれ等が竜爵としての税にできるなら、村の倉庫も片付くし、私達にとっても都合のいい話だった。
場合によっては、それらの素材が王国に納入されたと聞いた商人が、ここまで買い付けに来てくれる事も、もしかしたらあるかもしれないし。
もちろんその場合も、素材が売れた金を受け取るのは竜ではあるが、恐らく頼めば、竜はその金を村への投資に回す事を躊躇ったりはしない筈。
さて、そうなると王国への税とは切り離して、村から竜へと納める税を決められる。
ただここで問題となるのが、……私も税を納める側、村の一員である事だった。
当たり前の話だが、納める側としては税なんて軽ければ軽い方が良い。
だが軽く済むなら軽く済ませて良いのかと言えば、村を運営する事も考えると、決してそう簡単な話ではないのだ。
何故なら税とは、統治者からの保護得る手段であり、社会に属する為に支払うコストだから。
例えば王国は、貴族から税を納められる事で、その貴族が問題に巻き込まれた時に助けたり、それが貴族同士の問題であるなら仲裁する責務を負う。
決して税を取る側が、一方的に利益を得るといった関係ではない。
これは領主と領民も同じで、領民は税を取られるが、領主には領民を保護する責任が生まれる。
それが村なら、村人の手に負えない魔物が出れば、領主は軍を派遣してこれを討伐するだろう。
町であるなら、張り巡らせた防壁によってその内側が保護されて、安全に暮らす権利が保障されるのだ。
もちろん領主の中には、この責を果たさずに搾取のみをする者もいなくはない。
しかしそれは道を外れた事であり、正しい在り方とはかけ離れたものである。
少なくともこの竜なら、そうした道を踏み外した領主にはならないと、私は思う。
ならば一体税はどの程度にするべきだろう?
これまでは、収穫した小麦のおよそ半分を税として納めていた。
だがこれはあくまで小麦のみ、それも外から見える収穫量の半分で、他の大麦や野菜等の作物、それから隠した田畑で育てた小麦も、含まない収穫量の半分だった。
村全体の生産力から言えば、納めてる税は多く見積もっても三割程度といったところか。
これは正直、かなり誤魔化してる方である。
尤も、徴税側もそれはわかっていた筈だ。
このような僻地の、それも竜が間近に棲む開拓村では、領主の保護は十分には届かない。
大抵の事は自分達でどうにかする心算だったし、それが駄目なら死ぬしかないと覚悟もしていた。
故に、税を誤魔化す事も当然だと考えていたのだ。
けれどもこの理屈は、竜が相手では通じないだろう。
税の量に拘るようには見えないが、或いはだからこそ、誤魔化しは単に不誠実として捉えられかねない。
村は変化しつつあった。
その変化の中心にあるのは竜の存在で、この竜からの保護は、絶対に必要なものになる。
故に税は、多い少ないは別として、誤魔化しのないように納めるべきだ。
もちろん我々が税を納める事の意味は、私がちゃんと竜に説く。
小麦のみでなく、全ての収穫物から一定の割合で税を取るべきか、それとも町のように人頭税としてしまうべきか。
考えねばならぬ事は山ほどあって、私は今日も、一人で頭を悩ませている。




