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竜の領地になったと言っても村の暮らしが急変する訳じゃない。
畑の作物は毎日手入れをしてやらねばならぬし、服は着続ければ、鍋は使い続ければ、やがてどこかに穴が開き、修理を必要とする。
王国が竜に約束した、村を開発する為の支援とやらが届けばまた変化があるのだろうけれど、それはまだ先の話だ。
一つだけ、これまでの生活に変化があるとすれば、竜が時折だが様子を見るように村の上空を旋回するようになって、一日に一度は村の外れに降り立って、私から報告を、その日の出来事を聞くようになった事だろうか。
ただ竜と人間が共に過ごして問題が起きぬ筈がない。
最初のそれが起きたのは、初めて竜が村に飛来し、私がセバスチャンとなった日より一カ月後の事だ。
その日、私は村の主食である大麦の収穫が終わり、それを祝う祭りを行うと、何時ものように一日の終わりに、竜に向かって報告していた。
しかしその祭りに、竜が自分も参加したいと言い出したのだ。
「俺は領主なんだから、その祭りには俺も参加したっていいだろう」
……なんて風に。
領主が庶民の祭りに混じる事は、地方ならなくはないだろうが、いや、それにしたって竜が祭りに参加するというのは無理がある。
「無理ですよ。身体の大きさを考えてください。祭りは村の広場で行います。旦那様がいらっしゃると、それだけで広場が埋まって、祭りなんてできなくなるじゃないですか」
そう、竜の身体は大き過ぎて、下手に村に入れようものなら、周囲の建物を潰したり、最悪の場合は村人がその身体の下に押し潰されかねない。
これは誰が悪い訳でもないけれど、生き物としてのスケールが違い過ぎた。
「むむむ……」
至極真っ当な私の言葉に、悔しそうに唸る竜。
何が『むむむ』だ。
別に意地悪で言ってる訳でもないのに、少し可哀想になるのでやめて欲しい。
一ヵ月も接すればこの竜の人なり……、性格も随分と分かってきたが、例えるならば人懐っこい大きな犬だろうか。
物言いは一応は偉そうに、上位者として振舞うし、そう扱われる事を望むが、そうした上辺の態度を取っ払うと、こちらへの好意は剥き出しだし、今のように自分が我々と一緒に動けないと知ると、とてもがっかりした顔をする。
この前も、大麦の収穫に参加したいと言い出して、そんな事をする領主は居ないと説得したばかりだ。
「それに仮に広場に入ったところで、その大きさだと満足に動けませんし、食べ物だってそんなに用意できません」
どうにかしてやりたいと思わされる気持ちを押し殺し、私は竜に告げる。
流石に竜に収穫を手伝わせる訳にはいかなかったが、祭りくらいはどうにかならないだろうかと、頭の片隅で考えながら。
広場から村の外れまで、祭りの場所を拡大する事は可能だが……、やはり食べ物が問題だ。
祭りと言っても、この村の規模だと何か変わった事をする訳じゃない。
少しだけ特別な食べ物、飲み物を用意して、かがり火を囲んで共に飲み食いをし、語り合って、お互いを労う。
そんなささやかな祭りである。
これに参加して食べず飲まずでは、流石に楽しめないだろう。
かがり火の代わりに竜を囲んで祭りをするというのは、……村人達は案外楽しめるかもしれないが、竜としては退屈だろうし。
「わかった。……ならば仕方ない。これでどうだ?」
私が色々と考えていると、竜は大きく息を一つ吐き、仕方なさそうにそう言った。
すると次の瞬間、竜の姿は忽然と消えていて、
「セバスチャン、こちらだ」
その声に私が視線を下げると、そこには豪奢な衣装を身に纏った、威風堂々とした姿の男性が、こちらを見ながらニヤニヤしている。
まさか、竜がこの男に化けたのか?
確かに髪色は、竜の鱗と同じく赤色で、瞳に宿す光も同じく赤だ。
俄かには信じがたい事が起きたが、発した声は竜のものだし、何より領主をやるとか言い出す竜である。
人間に化けるくらいの事は、あってもおかしくない……、のかもしれない。
「ええっと……、その、お姿は?」
戸惑いながら、私は問う。
頭ではこの男が竜だとわかっていても、まだ驚きが収まらず、感情が追い付いていなかった。
「竜の魔法だ。服は、この前に王城に行った時に、俺にあれこれと言ってきた貴族を参考にしてる。どうだ?」
だがそんな私の戸惑った様子も竜には嬉しかった様子で、得意げにマントを翻す。
一体、どういう仕組みなのだろう?
竜が人間の姿になるというのは、百歩譲ってどうにか納得するとして、あの衣服はどこから湧いてきたのか。
「衣装代が浮きそうで、大変結構でございますね。……そんな便利な魔法があるなら、なんでもっと早く使わなかったのですか」
とりあえず竜が褒めて欲しそうだったから、適当に思い付いた褒め言葉を口にする。
しかしこんな便利な魔法があるのなら、もっと早くに使えばよかったのに。
使うのを随分と渋ってた様子だが、それは一体何故だろう?
「窮屈なんだ。竜の身体をこの大きさにまで押し込めるんだぞ。魔法であっても窮屈なんだよ。例えるなら、そうだな。狭い洞窟に首だけ突っ込んだ時くらいの窮屈さだな」
竜はそう言って、同意を求めるようにこちらを見るけれど、人間は洞窟に首だけ突っ込むなんて真似をしないので少しも共感ができない。
一応は竜の立場でも考えてみようとしたけれど、なんでわざわざそんな真似をするのかは、さっぱり想像も付かなかった。
「……はぁ、そのお姿なら、祭りに参加していただいてもよさそうですね。ですが急に戻るのはやめてくださいね。村人達が潰れてしまいますから」
とはいえこの姿なら、祭りに参加したいという竜の希望は叶えられそうだ。
問題は変身がどの程度保てるのかって事だけれど、
「任せろ。これでも俺は、竜の中でも魔法が得意な方だからな。窮屈さ我慢するなら、寝ている時以外はこの姿を維持し続けられるぞ」
竜は自信満々にそう言い切るので、これは信じてもいいだろう。
窮屈さに関しては、先程も述べた通り、全く共感ができないので、私は気にしない事にした。
でもこれはありがたい。
竜が人の姿を取れるなら、形式上だけの話じゃなくて、実際に領主として働いて貰う事も可能になる。
「そうですか。では、どうせ入れないだろうからと諦めていた領主の館も、いずれ建てた方が良さそうですね。村人の手が空く時期に、少しずつの建設になるとは思いますが」
昼間だけであっても竜が人の姿を取れるなら、領主の館を建てる価値は十分にあった。
というのも領主の館とは単なる住居ではなく、統治の為の場となるからだ。
例えば住民が陳情を行う時や、王都や他領からの使者を迎えて話をする場合、それは領主の館で行われる。
今は領主の館がない為、それらは村長である私の家でするしかないが……、使者を迎えるには私の家では格が足りていないし、正直に言って、プライベートの場である我が家をそうした用途に使われるのは、仕方がないとはいえストレスが大きい。
何しろ私には妻や、それなりに大きくなったとはいえ、子供達もいるのだから。
故に、竜が領主としてその館に入ってくれるなら、私としてはとても助かった。
「おお! それは嬉しいな! よし、では俺も祭りの為の獲物を何か狩ってこよう。楽しみに待っていろ」
竜は私にそう言うと、一瞬で元の大きな姿に戻って、バサリと翼をはためかせて飛び去った。
実に慌ただしい事だ。
だが、あぁ、竜が祭りに参加できるなら、良かったと私は思う。
竜が人の姿をとって祭りに参加する。
これは竜が人に歩み寄ろうとしてる事をわかりやすく示した態度だった。
しかも手土産まで持ってきてくれるのだ。
村人の中には、竜の考えがわからないからと警戒心を示す者もいるけれど、祭りで共に語らえたなら、その感情も少しは薄れるだろう。
祭りという場には、そう言う不思議な力がある。
まぁ、ただ一つだけ問題が残るとすれば、竜が持ってくる手土産、狩った獲物を、我々が調理できるかどうかだが……。
できれば、常識的な範囲で獲物を狩ってきて欲しいと思う。
いや、でも、妙に張り切ってたしなぁ。
無理かもしれない。
伝説の魔獣とか、見るのも恐ろしいモンスター等を持ってくる事だけは、やめて欲しいと切に願う。




