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竜が再び村にやって来たのは、翌日の昼頃だった。
この村から王都までは、人の足なら何週間とかかるが、空を飛ぶ竜にとっては大した距離じゃないんだろう。
どうやら爵位は無事に、それも昨日のうちに貰えたらしいが、そのやり取りが終わる頃には夜になってしまっていた為、竜は一度山に帰って、昼を待ってから村に来たそうだ。
なんというか、そんな所まで気が回るのか、気を回してくれるのかと、少し感心してしまう。
実のところ、夜中にでも竜が戻って来るんじゃないかと思って、私は昨夜、あまり眠れなかったのだけれど。
まぁこれは、私が竜を見誤っていたが故の失敗でしかないだろう。
「旦那様、お帰りなさいませ。それでは成果の方をお聞かせ願えますか?」
そういって、仰々しく一礼をして見せれば、竜はわかり易く満足そう、嬉しそうな顔をした。
これまで竜の表情なんて観察した事のない私でもすぐわかるくらいに嬉しそうな雰囲気が出てるから、これは本当に相当嬉しいんだろうと思う。
恐らく竜が領主をやるなんて言い出したのは、結局のところはこういうやり取りがしたかったからなんだろうって、思えるくらいに。
「あぁ、もちろんだ。ちゃんとセバスチャンが言っていた、村の開発の支援とやらもしてくれるそうだぞ」
竜の言葉に、私は内心でホッと安堵の息を吐く。
どうやら竜は忘れることなく、ちゃんと要求を王国側に伝えてくれたらしい。
それは本当に良かった。
これは竜が人の話を聞き、望みを叶えようと動く度量、寛容さを持っていると王国に伝える為の一手だったから。
もちろん領主をやりたいから爵位と統治権を寄越せなんて竜が言う事自体、前代未聞ではあるのだけれど、……ここまではまぁ、この竜が極端な変わり者で、稀な気まぐれが重なった結果だと思われてしまう可能性がある。
それでは王国も、竜の存在を測りかねる筈だ。
或いは被害を覚悟で、総力を挙げて討伐しようとする事も、あり得ないとは言えない。
けれどもその竜が、村の開発支援を要求して来たらどうだろう。
それはもう明らかに人間の発想で、王国も竜が誰かにその要求を持たされて王都にやって来たのだと伝わる。
であれば爵位と統治権の要求も、その人間が示唆したのだろうと考えるのは当然だ。
恐らくそれは王国に安堵を与える情報だった。
得体のしれない竜の動きに人間が影響を与えてるのだとわかれば、事態は一気に理解がし易くなる。
竜を相手にするよりも、人間を相手にする方が、王国は慣れているし、誰かが竜に影響を与えているなら、自分達にもそれが可能じゃないかと考えるのが人間だ。
「誰かにそれを頼めと言われたのかと、尋ねられましたか?」
確認の為に私が問う。
すると竜は大きく頷き、
「あぁ、その通りに尋ねられたから、我が家令のセバスチャンの願いだと、ちゃんと言っておいたぞ」
何だか実に誇らし気にそう言った。
その様に、どうにも不思議と愛嬌を感じる。
まぁ、それはさておいても、王国側にこちらの意図が伝わったのなら、敵対の可能性は減る筈だ。
竜と国の争いなんて、巻き込まれればこんな村はひとたまりもないから、何が何でも避けねばならない。
但しこのやり方に一つだけ問題があったとするなら、竜に対する注目が、その幾らかではあろうけれど、私にも向くという事。
場合によっては、王国は竜と直接やり取りするよりも、私を介する方が楽だと考えるかもしれなかった。
本当なら私は、単なる田舎の、小さな開拓村の村長でしかないというのに。
これからの苦労を考えると気が滅入りそうになるけれど、ひと先ず竜の話に耳を傾ける。
どうやら王国はこの竜、グラファールに竜爵という爵位を新たに創設して与えたらしい。
恐らくこれは、既存の人間の爵位と比べて、どちらが上だ下だといった比較を避けられるようにする為だろう。
貴族にとって爵位は己の価値そのもので、爵位の低い者は爵位の高い者には逆らえない。
何故なら爵位とは、その貴族が持つ力、王国への貢献度を示す指標となるからだ。
仮に竜に既存の爵位を当てはめると、領地となる人里がこの村のみであった場合、通常ならば騎士爵、どんなに贔屓しても男爵辺りが限界だろう。
すると上の爵位の貴族が、竜に対して横柄な態度を取る可能性が、皆無であるとは言い切れなかった。
もしもそれに竜が怒れば?
問題は竜とその貴族だけでなく、王国全体にも及ぶだろう。
故に王国は、竜爵というグラファールだけが持つ新しい爵位の創設をしたのだ。
既存の爵位とは別枠の、竜だけの爵位を。
またこれは、税に関しての問題を解決する為の手でもある筈だった。
基本的に貴族には、爵位の高さに応じた税が課せられる。
何故なら広い領地を有する貴族程、高い爵位を持っているから。
尤も貴族が何らかの罪を犯した場合、爵位は変わらずにこの領地のみが一部没収されて減らされて、高い税に苦しむ事になるといった例外もあるという。
当然ながらこの村からの収益だけでは、高い爵位に課せられる税の支払いは不可能だ。
具体的な額はわからないが、男爵辺りの税だって、支払おうとすればこの村が枯れる事になりかねない。
しかし竜爵という新しい爵位にはまだ税が定められていないから、その辺りは幾らでも調節が利く。
税の支払いは竜が王国に恭順するという姿勢を示す意味がある為、全くの無税にはならないにしても、……これは私の願望交じりになるけれど、恐らくはほぼ形だけのものになる筈。
昨日、竜が王都を訪れて一日でこれを決めたというのは、王国が相当な配慮を竜に対して行ったという証明のようなものだった。
見てきた王都の広さと人の多さをのんきに語る竜が、それを理解してる様子は欠片もなかったけれども。




