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それからも私は空の上を運ばれて、やがて朽ちた町が見えてくる。
ゼファールは高度を落としてその中央にある廃城に近付くと、私をその床にポイと投げ捨ててから、地響きを立てて地に降りた。
……本当に、人の扱い方を知らない竜だ。
これは扱いが酷い事を憤る比喩の表現じゃなくて、言葉通りに人間をどう扱えばいいのかを知らないのだろう。
恐らく人間と接した経験なんて皆無だろうから、それも仕方ない。
尤も、幾ら知らないからってその扱いに腹が立たない訳じゃないけれども。
実際、さっきの扱いも私じゃなかったら、訓練を受けた人間が特別な防具を身に纏っていなければ、下手をしなくとも死んでいる。
ただ私は竜と接する事に慣れていて、人と竜の感覚の差異を並の人間よりは知っているから、ゼファールの行動には特に悪意がないというのもわかってしまうので、怒りは比較的だが軽度に済んでいた。
もちろんそれはゼファールが旦那様とシリルフォース様の子供だからというのが最も大きな理由だが。
「ここが我が巣としてる城だ。セバスチャン、お前を連れてきたのは他でもない。今、父上が巣にしている城を造ったのはセバスチャンだと聞いた。ならばこの壊れた城を直して、父上が棲むような城とする事ができるだろう?」
得意げに自分の望みを語るゼファールは、まるで子供のようだった。
いいや、実際に子供なんだろう。
身体は人間から見ればとても大きいし、言葉遣いも尊大ではあるけれど、その内容と行動にはどこか幼さが見え隠れする。
まるで大人の真似をしようと背伸びをする子供のように。
「誤解が二つあります」
だがそれでも、ゼファールが圧倒的な力を持つ竜である事に変わりはない。
寧ろゼファールが子供であるならば、扱い方には余計に注意が必要だ。
「一つ目は、あの城を建てたセバスチャンは私ではありません。主に私の曽祖父にあたる二代目のセバスチャンです。シリルフォース様に城を大きくする事を約束して、数十年かけて町を発展させ、城の建て直しを行いました」
私は最初に不可能だと結論を告げず、まずはゼファールの勘違いを説明する。
相手の感情を刺激せぬよう、落ち着いた声で、彼の母であるシリルフォース様の名前も出しながら。
「二つ目は、その二代目様も一人で城を建てた訳ではなく、それを計画して資金を工面しただけです。実際には大勢の人間が計画に従って動き、城は建てられました」
これまでのゼファールの言動から察するに、彼がセバスチャンの名を知っていたのは、シリルフォース様から二代目様が城を大きくした話を聞いての事だろう。
仮に旦那様がセバスチャンを語るなら、城を建てたという部分ばかりが強調して伝わりはしない筈。
これは旦那様とシリルフォース様の大きな違いなのだが、旦那様はセバスチャンを通してロワイスの人間達を見ていて、シリルフォース様はセバスチャンや城の使用人や、一人一人の個人を見ている。
もちろんそれは、旦那様が個人に興味がないという訳ではなくて……、そう、寧ろシリルフォース様が、気に入った個人以外には、人間に興味がないというのが正しい。
だから城を建てたのが大勢の人ではなく、セバスチャンだと語ったのは、旦那様ではなくシリルフォース様だと私は思う。
「つまり見も知らぬ廃墟に私だけを連れてこられても、できる事は殆どありません。話し相手くらいが精々です」
実のところ、ゼファールの望みを叶える方法もなくはない。
それはゼファールがこの地の魔物を徹底的に駆除し、その上で領有を宣言して入植者を募る事だ。
要するに旦那様の、ゼファールの父であるグラファール様と同じようにすればいい。
もちろん最初は、竜の支配する町に住もうという物好きな入植者は中々居ないだろう。
けれどもそこは口減らしに奴隷として売られる者を買い取ったりとか、農村で暮らしながらも受け継ぐ土地を持たない三男、四男辺りを狙って声を掛けるとか、私なら幾らか手段は思い付く。
いずれかの国に属して、その見返りとして領民を送って貰うというのも可能だ。
そう、それこそ旦那様と代々のセバスチャンがしてきた事と同じである。
「何故だ。母上はセバスチャンが城を大きくしたといっていたぞ。まさか、母上が嘘をついたと言いたいのか?」
しかし……、恐らくゼファールに旦那様の真似は不可能だ。
父親と同じような城に棲んで巣としたい。
それはいかにも子供らしくて微笑ましくも思える発想だが、城に棲んでいるという結果だけ、上っ面だけを見て、それに至った経緯や、その行動が持つ意味を何も知ろうとはしていなかった。
私も実際にそれを見てきた訳ではないのだけれど、歴代のセバスチャンが残してきた記録を見ればわかる。
あの城は旦那様が求めて建てられたものではなく、セバスチャンを含むロワイスの人間達が、旦那様にそこに棲んで欲しくて、喜んで貰いたくて建てられた。
旦那様の目的はあくまで人間と過ごす事であり、城はそこに付随した副産物に過ぎない。
それを理解していないゼファールに、旦那様の真似は不可能だ。
……私もまさか、ロワイスを離れたこんな遠い場所で、旦那様に対しての理解が深まるとは思ってもみなかったけれども。
「シリルフォース様は実際にどうやって建てたのか、建設中の城を見たりはしなかったのでしょう。シリルフォース様は旦那様と違って、私や二代目様や、特定の人間にしか興味を示しませんから」
自分の望みが叶わぬ事に苛立ちを見せ、私の言葉を曲解しようとするゼファールを、私は宥めるように穏やかに話す。
言動には幼さを感じるが、それでも圧倒的に優位な立場にありながらもこの程度にしかごねないなら、ゼファールは話し相手としてはマシな部類だ。
私がセバスチャンを襲名する前、四代目様の補佐として修業を兼ねて働いてた時は、セバスチャンであった四代目様には何も言えない癖に、補佐の私には横柄に話を通そうとしてくる他領の貴族やらが、珍しくもなかったから。
このくらいの我儘は、聞き流すだけなら可愛いものだった。
「なんだと……。じゃあこの城はどうするんだ。サッと城を直させて、父上にバレる前にお前は元の場所に戻そうと思ってたのに……」
ゼファールが呻くように言うから、私は思わず笑ってしまわないように堪える。
だって正面から城にやってきて、あんなに雑に拉致してるのに、まさかバレないように動いてる心算だったなんて。
ちょっとお馬鹿すぎて可愛らしい。
でもそんな風に思えるのも私が竜に慣れてるからで、特殊な訓練を受け、細心の糸で仕立てられた家令服を着ているから。
正直、どうして家令がこんな風に厳しい訓練を受けたり、過剰に強靭な装備を身に着ける必要があるのか、これまでさっぱりわかってなかったけれど……。
今回の事で私にもそれがようやく身に染みて理解ができた。
私が、訓練や装備に必要性を感じなかったのは、旦那様やシリルフォース様がこちらに合わせてくれていたからで、……そうでなければ人間は、こんな馬鹿な行動に巻き込まれただけでも、命が危険に晒される。
つまり竜と人間の関係は、竜が最大限に人間を気遣い、それでも人間が精一杯に危険に備える事で、漸く成り立つものなんだろう。
小さな子供の頃から竜に気遣って接して貰ってた私の感覚は、きっとまともじゃないのだ。
「諦めてください。ここは魔物が多く、城を直せるだけの人手を集められる場所じゃありません。……それに、多分もう遅いです。だって、ほら、あそこに見えませんか?」
そう言って、遠く向こうの空を指差す。
実は私もついさっき気付いたのだけれど、そちらの空には小さく二つの点が見えた。
凄く遠くではあるけれど、私が見間違える筈もない。
まさかお二方が揃って来て下さるとは思わなかったが、あれは旦那様とシリルフォース様だろう。
その姿に、私は深く安堵を覚えた。
あまり自覚はしないようにしていたけれど、拉致されて見知らぬ地に連れてこられた事には、なんだかんだで不安を覚えていたから。
一方、ゼファールは旦那様とシリルフォース様の姿に、目に見えて動揺してる。
どうやらこれから自分が盛大に叱られるだろうって事は、ちゃんと理解してるらしい。
拉致は本当に迷惑だったけれど、ロワイスに帰れると確定した今なら、……ゼファールをあまり憎む気にもならなかった。
相手の言動がまだ子供の用にしか感じられないというのもあるし、旦那様とシリルフォース様の子だという事もある。
それに加えて、……やっぱり私もセバスチャンの血筋だから、きっと竜には甘いんだろう。
今回の件では、私も色々と気付く事ができた。
結果的にはだけれど、大して被害も受けてない。
だから、そう、ゼファールがあまりにきつく叱られ、罰を受けるようだったら、少しくらいは取りなしてあげようと、私はそんな風に思う。




