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「どこまで行くんです?」
時間帯と太陽の向きから判断する限り、ゼファールは東に向かって飛んでいて、そろそろ国境を越えそうだったから、私は思わず問い掛けた。
竜であるゼファールにとっては人間が決めた国境なんて関係ないんだろうけれど、私にとっては決して小さくはない問題だ。
もしも旦那様やシリルフォース様の助けが来ず、自分の足で帰らなければならなくなった時、その場所が王国ないか、それとも他国かでは、帰還の難易度が大きく異なる。
単純に距離的な問題はもちろんだが、国境を越えなければならない場合、越境の許可には身元の証明が必要で、今の私にはその為の用意がない。
そうなるとロワイスに手紙か何かで状況を報せ、身元の証明等の手続きをして貰うとしても、かなり長く国境の町で留まらなければならなくなるだろう。
最悪の場合、その滞在中に別の問題に巻き込まれる可能性だってあった。
「まだ先だ。この先、ずっと行ったところに、壊れた町とか城がある。我は今、そこを仮の巣としているのだ」
すると思ったよりもすんなりと、ゼファールは目的地を教えてくれて、……だけどそれは、私の想定を大きく上回って悪い答えだった。
王国から東に三つ国を越えた先には、かつてラスフォール公国と呼ばれた国の跡地がある。
随分と昔の話だから、私もあまり詳しい訳じゃないんだけれど、ラスフォール公国はとても小さな国で、国力もあまり高くはなかったという。
故に、突如として起きた魔物の大発生に対抗する事ができずに大きな被害が出て、生き残った人々は国を捨てて逃げ出した。
それ以降、ラスフォール公国の跡地は魔物の棲み処となっているらしい。
魔物に奪われた領土を人の手にと、奪還の話は幾度か持ち上がったそうだが、魔物の駆除で想定される被害に、ラスフォール公国の跡地という小さな土地を手に入れるメリットが見合わず、放置されたままになっているそうだ。
ゼファールの言葉に僅かに得意気な響きが混じるのは、そこを手に入れる際に、城や町に巣食った魔物を自ら駆除したからなのだろう。
私はその答えに、内心で溜息を吐く。
こうなると自力での脱出は、本当に難しくなってしまった。
セバスチャンとして戦いの訓練は受けているから、私もある程度は戦えるけれど、だからって多くの魔物が群れる危険地帯を一人で抜け出せる程じゃない。
仮に運よく魔物の群れをどうにかやり過ごせたとしても、ラスフォール公国の跡地は中の魔物が外に溢れ出てしまわぬよう、周辺の国に封鎖されていると聞く。
これを越えるのは、国境を越える以上に厄介な筈。
……そうなるとやはり、旦那様やシリルフォース様の助けを期待するより他になさそうだ。
我が身に降りかかった出来事は可能な限り自分でどうにかしたいと思うのだけれど、流石に竜に拉致されて滅びた国に連れてこられるのは、自力でどうにかできる範囲を超えているし。
掴まれて運ばれるのも、最初は苦痛や恐怖を感じたけれど、それなりに時間が過ぎれば意外に慣れてきて、辺りを見回す余裕もできてきた。
多分、先程まで遠目に見えていた、巨岩とその周囲に築かれた町は、王国から東に国を一つ跨いだ、クレジカ共和国の町、エトゥールだろう。
何でもあの巨岩は太古の昔にドヴェルグが生み出した石の巨人の亡骸で、エトゥールの人々は長くそれを信仰してきたのだとか。
クレジカ共和国の中でも有数の観光名所になっているって話を、以前に商人から聞いた事がある。
とてもわかり易い観光資源が町にあるというのは、羨ましい話だと思う。
もちろん旅人が来易くなるように街道を整備したり、宿を用意したり、町の美観を守ったり……、それ以外にも私にはわからない多くの苦労はあるのだろうけれど、それがあるというだけで人を集められる使いべりのしない資源なんて、町を管理する側から見ると羨ましい事この上ない。
尤も珍しさだけでいうなら、単なる巨岩よりも竜の方がずっと上なんだろうけれど、まさか旦那様やシリルフォース様を見世物にする訳にもいかないし……。
私はちらりと、前脚で私を掴んで空を飛ぶ竜、ゼファールを見上げた。
一応は、旦那様とシリルフォース様の子供だしなぁ。
内心で溜息を吐き、私はそれを諦める。
そもそも性格的にも素直に協力してくれるタイプじゃないか。
だが観光というのは、悪くはない考えだ。
ロワイスは急速に発展している町だが、何時までもそれが続くとは限らない。
いや、何時までも続く発展なんて、きっとあり得ないんだろう。
その時の為に、観光でも人を集められるように少しずつ工夫を凝らしていった方が、ロワイスの為になると思う。
セバスチャンの役割を引き継いでからこれまで、渡されたものを維持する事にばかり必死になっていたけれど、こうして町を離れ、視点を変えて世界を眺めていると、また違った考えが湧いてくる。
ずっと町で日々の仕事に追われるだけでは、浮かばなかっただろう考えが。
これに関しては、或いは私を拉致している最中のゼファールにも、少しだけ感謝してもいいのかもしれない。




