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朝から旦那様が竜の姿でどこかへ出かけて、シリルフォース様もおいでにならなかったある日、空から別の、見知らぬ竜が飛来した。
旦那様がどこかへ出かける事は、実は珍しくない。
頻度はまちまちだが、月に一度か二度はふらりとどこかへ飛んでいく。
何しろ旦那様は竜である。
城で出される食事を口にはしているけれど、人間と同じそれではとてもじゃないが足りないんだろう。
寧ろ城での食事は人間の真似事という娯楽で、出かけている時にこそ、竜としての食事をしているのだと思われた。
昔はともかく、今のロワイスなら竜の姿の旦那様でも胃を満たせるくらいの食料を用意するのも難しくはないし、旦那様もそれは理解しておられる筈なのだけれど……。
それでも、どこかで食事を済ませに行ってしまうという事は、やはり旦那様にとって竜としての生き方と、竜爵として人に寄り添って生きるのは別、もっと言ってしまえば、普段、私達の傍らで過ごして下さっているのは、あくまで余興に過ぎないんだろう。
と、まぁ、それはさておき、旦那様がいない以上、見知らぬ竜の対応は代理であるセバスチャン、つまり私がしなきゃいけない。
ズン、と城の前に見知らぬ竜、旦那様の赤とも、シリルフォース様の白とも違う鱗、橙色の竜が着地する。
その衝撃に城が揺れ、地に敷かれた煉瓦は踏み砕かれた。
これも旦那様やシリルフォース様とは大違いだ。
あのお二方なら、どちらもこんな乱暴な着地はしない。
今、城の前にいる竜よりもシリルフォース様は二回り以上は大きく、旦那様はそれより更に大きいのに、着地をする際はまるで重さを感じさせずに、ふわりと降りる。
所作の一つにもこれだけの違いがあるのなら、恐らく今やってきた竜は、旦那様やシリルフォース様よりも格の下がる竜になるんだろう。
尤も、竜の格が高いか低いかで、人間にとって危険か否かが決まる訳じゃない。
竜である時点で、格が高かろうが低かろうが、人間にとっては及びもつかない存在だからだ。
流石に少し怖いなぁと思いながら、私は一人でその見知らぬ竜の前に立つ。
勇敢で知られる二代目様なら、こんな時にも怯えたりはしないんだろうけれど、私にはそこまでの勇気の持ち合わせがない。
だけど足を竦ませる事なく、この場に立っていられるのは、代々受け継がれてきたセバスチャンとしての矜持だった。
セバスチャンが竜に怯えれば、ロワイスの人々も平静ではいられなくなってしまう。
竜にまつわるトラブルはセバスチャンが引き受けるという前提があるからこそ、ロワイスの人々は旦那様やシリルフォース様といった竜を受け入れられる。
人間と竜の間に立つのが、セバスチャンの役割で、それを放棄してしまえばロワイスを成り立たせている全てが崩壊するから、……私が発する声は少しも震えない。
「ここは竜爵、グラファール様の居城です。見知らぬ竜の御方よ、何用で参られたのですか?」
竜の巨体に対してもちゃんと耳まで届くように大きく、けれども威嚇と取られぬように柔らかく、私は見知らぬ竜に、このロワイスを訪れた用件を問う。
このロワイスは旦那様、グラファール様の縄張りだから、下手な狼藉を働けば敵対する事になると、理解してもらえるように。
「我こそはそのグラファールとシリルフォースが子、ゼファールだ。人間ごときが偉大なる父の名を口にするとは生意気な。……だが、察するにお前がセバスチャンとやらだな」
しかしその竜は私の問い掛けに名乗るや否や、首を伸ばしてひょいと私を咥える。
……まずい。
偶然ではあるんだろうけれど、この竜が旦那様とシリルフォース様の子供だと聞いて、僅かに安堵した隙を突かれた。
本当ならば躱せたのに。
あぁ、でも、或いは躱さなくて正解だったかもしれない。
下手に回避していたら、この竜、ゼファールの怒りを買っていた可能性もあるから。
殺す気はない筈だ。
仮にその心算だったら、私は既に噛み砕かれてるだろう。
咄嗟に抵抗しそうになる本能を抑え付けて、私は身体を強張らせながらも身を任せた。
ゼファールは加えた私を手、前脚で持ち直すと、バサリと翼をはためかせて空へと舞い上がる。
強く握られて、少し痛い。
私がセバスチャンとして訓練を受けていて、尚且つ、身に纏う家令服が、ロワイスでスチールスパイダーとシルクスパイダーを掛け合わせに成功した新種の魔物、ミスリルスパイダーの糸で仕立てられた特別製だからよかったものの、もしも握られたのが何かの間違いで一般人だったら、ぐしゃりと潰されて死んでるだろう。
苦情を言いたい気持ちはあるが、それで握る力を弱められて、万一落とされでもしたら大事だ。
幾らセバスチャンでも、幾らミスリルスパイダーの糸で仕立てられた服が並みの鎧よりも余程に防御力に優れるといっても、こんな高さから墜落すれば、抗う余地なく大地の染みになってしまう。
旦那様やシリルフォース様の背に乗って空を飛んだ事は幾度かあるが、その時のような安心感は、今は少しもなかった。
ただ、これでわかった事が一つだけある。
どうやらゼファールがロワイスにやって来たのは、私の拉致が目的だったらしい。
一体、何故?
と思わなくないが、わざわざ生かして拉致をするなら、少なくともすぐに害される可能性は低い筈。
私の、というよりもセバスチャンの存在を知っていた事から察するに、旦那様か、シリルフォース様から話を聞いていたんだろうけれど……。
いずれにしても、今は大人しく、生き延びる事を優先しよう。
生きてさえいれば、拉致の現場を見ていた使用人から話を聞いて、旦那様か、或いはシリルフォース様が助けに来てくれる。
しかし、その結果、旦那様とシリルフォース様、それからお二方の子であるというゼファールの関係が、妙な形で拗れないかが心配だ。
あぁ、私は、そんな事を心配できるくらいに、この状況でも余裕があるのか。
前脚で掴んで拉致されて、こんなに高い空を運ばれているというのに、私は自分の余裕を自覚して、少しばかり笑ってしまった。




