35
セバスチャンの証として私が祖父から引き継ぎ、そして息子に引き継いだ品は三つあるが、その中でも最も象徴的な品といえば、やはり常に見える場所に身に着けているモノクルだろう。
実は王都では、セバスチャンと竜という名の演劇の題目があって、私も一度それを観劇した事がある。
その時に演じられていたのはセバスチャンが竜の背に乗って戦争を終わらせるという、要するに私が若かりし頃の話が劇になっていたのだけれど、セバスチャン役の役者は非常に顔立ちの整った色男で、……まぁ、若い頃の私とは随分と差があった。
もちろん向こうが上という意味で。
ただそれでも、彼がセバスチャンであると分かりやすく示す格好が、家令服とモノクルだった。
つまりそれだけ、モノクルはセバスチャンを象徴する品だと世間にも認識されているという事だろう。
……しかしそのモノクルに関してだが、我が顔を離れて、息子が身に着けるようになってから、私は一つ思い出した話がある。
セバスチャンの証の中でもあのモノクルだけは、ドヴェルグが作った魔法の品らしい。
けれどもドヴェルグは伝説の中にのみ登場する種族で、今では本当にそれが実在したのかも定かではなく、時折だがドヴェルグが作ったと言われる、ドヴェルグが作ったとしか思えない不思議な品が、極稀に見つかる事があるだけだった。
だが私は幼い頃に、そう、それこそ祖父にセバスチャンとしての修行を課せられるよりも前に、旦那様からドヴェルグに纏わる話を聞いた覚えがあったのだ。
人間の姿に変じた旦那様に抱えられながら、聞かされた神話の物語。
本当に、二つか三つの頃に聞いた話だから、私の記憶が正しい自信はあまりない。
また、二つか三つの子供に聞かせる話だから、旦那様だって色々と大袈裟に語ったのかもしれない。
でもその話を、どうしてだろうか、私は今になって思い出す。
昔々、世界の創造主は数多の存在を生み出し、その中の幾つかのみに、特別な力である魔法を授けた。
神々には世界を維持する為に、竜には世界に現れるかもしれない敵を打ち倒す為に、ドヴェルグには世界に新たな何かを創造する為に。
そうして創造主は世界と数多の存在を生み出し、幾つかに役割と魔法を授けた後、姿を消してしまう。
恐らくは、新たな別の世界を創造する為に旅立ったのだ。
しかし創造主が去った後、少しばかりの時が流れると、神は竜の存在を危惧しだした。
神々の力は世界の維持に使われていて、ドヴェルグの力は創造に使われている。
だが竜の力は世界に敵が現れなければ使われる事がなく、持て余されていると。
そして力を振るう先を持たぬ竜が、何時かその矛先を、自分達に向けるのではないかと。
神々の危惧は、この話の結末から考えると、決して杞憂ではなかったと私は思う。
ただその危惧が、大きな災厄を齎す事に繋がる。
竜の存在を危惧した神々は、ドヴェルグに『竜に対抗できる力を持った品』を数多く作るように求めた。
そうした『竜に対抗できる力を持った品』を力を持たぬ存在に与える事で、竜が力を振るえる先、敵を生み出そうとしたのだ。
力を振るう敵がいれば、竜の力が自分に向いたりはしないだろうと考えて。
けれども神々は、きっとドヴェルグや竜を見誤っていたのだろう。
ドヴェルグは神々が思うよりもずっと優秀で生真面目で、敵を得た竜は神々が思うよりもずっと強くて苛烈だったから。
多くの『竜に対抗できる力を持った品』がドヴェルグの手で生み出され、ばら撒かれる。
それ等の品を生み出す事にやりがいを見出したドヴェルグは、更にそれに改良を重ねて、『竜に対抗できる力を持った品』は『竜を滅ぼす力を持った品』に変わっていく。
その結果、魔法を持たぬ者達の中から数多くの竜殺しが現れて……、竜はその竜殺し達を、更には竜殺しに力を与えたドヴェルグを敵と見做したのだ。
大きな争いが起きた。
それまでは依頼があるからと多くの品を作っていたドヴェルグも、自分達が滅ぼされまいと必死に、竜を殺せる道具を作り、それ等は多くの竜を殺したらしい。
しかし怒れる竜の力も凄まじく、竜は多くの犠牲を出しながらも、竜殺し諸共、ドヴェルグ達を滅ぼす。
ドヴェルグが伝説の種族といわれるのは、竜が滅ぼしてしまったからなのだ。
この惨事に神々は己の過ちを悟り、世界に関わる事を止めて姿を消してしまう。
或いは、竜の怒りが自分達に向けられるやもしれぬと、恐れを抱いたのかもしれない。
だが最終的な勝者となった竜も、その個体数を大きく減らした。
寿命で死ぬ事のない竜だが、神代から生きる竜が殆ど残っておらず、その僅かな生き残りが他の竜から大きく敬意を向けられるのは、この大きな戦いを経験している強者であり、竜という種を途絶えさせずに生き残らせた功労者だからなんだそうだ。
……これが幼い頃に私が旦那様に聞かされた、教会で教えられる物とは全く違った、神話の時代の話。
それを旦那様は子供をあやす為の昔話として語ってくれた。
思い返してみれば、ここに教会が竜を悪だと訴える理由が詰まっているような気もするけれど……、真偽は私にはわからない。
ただ一つだけ、セバスチャンの証であるあのモノクルが、旦那様が祖父に与えた品が、ドヴェルグが作った品だったというのなら、或いは旦那様はその頃から生きて、ドヴェルグと戦った竜の生き残りなのかもしれないと、そんな風に思う。
もちろんこれが、自分の仕える主にはできる限り偉大であって欲しいという、単なる私の願望である可能性だって、決してなくはないのだけれども。




