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祖父からセバスチャンを継いで三十年目、
「旦那様、今日で私はセバスチャンを引退し、息子のストアにその名と役割を引き継ぎたいと思います。もちろん、お仕えする事を止めるのではなく、これからは補佐に回る心算ではありますが」
私はグラファール様の家令を引退し、息子に後を任せる事を決めた。
もちろんセバスチャンの名も、家令と共に息子に引き継ぐ。
祖父が私に名前と役割を遺して死んでいったように。
「そうか……。なぁ、セバスチャン。お前の前のセバスチャンは、命が尽きる時までセバスチャンでいてくれた。やつとお前の違いはなんだ?」
セバスチャンの名を引き継ぐとはいえ、暫くの間は私も補佐に回る心算だから、これは別れの言葉ではなく単なる報告だったのだけれど……。
グラファール様は少しだけ寂しげにそう問うた。
しかし、祖父と私の違いか。
それは数多くあるとは思うのだけれど、改めて問われると、何と答えればいいか迷う。
何しろ私と祖父では、あまりに違いが多過ぎたから。
けれども、どうして今、この時に私がセバスチャンを辞められたのか、何故、祖父は死の瞬間までセバスチャンであったのか。
この答えは明白だ。
「違いは沢山ございますが、一つは後継ぎに恵まれた事です。祖父は私が未熟だったので、後を任せられずに命の時間が尽きました。しかし私には幸いにも、息子に跡を継ぐ資質がありましたので」
それはひとえに、運だろう。
まぁ、セバスチャンになった時期もあるかもしれない。
後はセバスチャンという役割に対する向き合い方の違いもだ。
祖父がセバスチャンになったのは四十の頃だと聞いているので、そこから務めを果たし、次代を育てようと思ったならば、そりゃあ死の間際まで時間が掛かる。
私からセバスチャンを引き継ぐのは息子のストアだが、祖父からセバスチャンを引き継いだ私は孫だった。
この違いは大きいだろう。
「更にもう一つ言うならば、恐らくは祖父自身が最期までセバスチャンでいる事を望んだからでしょう」
そして祖父は、そういった意味で言うならば、村長の役割をアレクス伯父さんに引き継いでるから、セバスチャンという役割しか持たなかった私とは、それに対しての向き合い方も違ったのだ。
簡単に言うならば、祖父は最期までセバスチャンでありたかったのだと、私は思う。
「……そうか。だが俺が思うに、もう一つお前と前のセバスチャンには違いがある。やつは、基本的には慎重で、言い換えれば臆病だった。時に思わぬ勇敢さを発揮する事もあったが、それは必要に迫られた、ごく限られた場面でのみだ」
懐かし気に、グラファール様は祖父を語る。
改めて思うが、グラファール様は本当に祖父の事が好きだ。
自分もそれなりに長くグラファール様に仕えたし、認めて貰い、好意を持ってもらえてるとは思うが、二人の絆にはかなうまい。
尤もそれに対して、幾らかは羨ましくは思えど、悔しさ等を覚えないのは、私は妻にも子にも、それから周囲にも恵まれているからか。
城で働く使用人達も、町に住む人々も、自分を頼りにしてくれていて、シリルフォース様も城を訪れる度に、あれやこれやと私を気にかけてくれている。
私はそれだけの仕事をセバスチャンとして積み重ねてきたのだと、胸を張れるだけの自負を得ているから。
祖父に対して嫉妬の感情は特に湧いてこなかった。
「別にそれが良い、悪いという心算はない。しかしやつはその慎重さ故に、未熟なお前に全てを譲って補佐に回る決断が遅れたともいえる。それに比べれば、お前は勇敢だ。若い頃はともすれば無謀にも見えたが、今では勇敢さのみが見える」
だから私はグラファール様からの褒めの言葉も、ただそれを素直に受け止める事ができる。
その言葉に、心に静かな満足感が広がっていく。
「故にロギンよ。お前は最も勇敢なセバスチャンであった。俺はそれを褒め称えよう。後任のセバスチャンの補佐も、よろしく頼む。……それから、なるべく長生きをせよ。簡単には俺の前から、消えてはくれるな」
グラファール様の言葉に私は胸に手を当て、頭を下げて、一礼をした。
三十年ぶりに呼ばれた名前だけれど、グラファール様がそれを憶えていてくれた事にも、驚きと喜びを感じながら。




