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竜とセバスチャン  作者: らる鳥
二代目セバスチャン

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「二人で話してみるといい」

 そう言ってグラファール様は、竜の姿に変じてどこかへ飛んでいってしまった。

 勘だけど、シリルフォース様に会いに行ったんじゃないだろうか。

 いずれにしても残された僕は、一人でパトリシア嬢に向かい合う。


「誤解があるようなのですが、私は旦那様、グラファール様の家令で、単なる従僕、つまり平民に過ぎません」

 僕がそう言えば、彼女は頷く。

 ……そうか、わかってるのか。

 だからなんでわかってて、婚姻の相手に僕を選ぶのか。


「あの戦いにしても、旦那様が敵味方の区別が難しいと仰ったので、同行しただけなのです。ですから、私には敵を打ち倒したりとかなんだとか、英雄的な力はないんですよ」

 更に言葉を重ねたけれど、やっぱり彼女は頷いた。

 それもわかってるんだ。

 本当に、パトリシア嬢の考えが読めない。


「では何故、僕を婚姻相手にしたのですか? それがどうしてもわからないのです」

 考えに考えて、僕は結局、素を曝け出した。

 セバスチャンとして、誰にも侮られぬようにこれまで背伸びしてきたけれど、もしもこのまま彼女が僕の伴侶となるなら、その相手にだけは素のままの僕を知って欲しいと思ったから。

 すると僕の言葉にパトリシア嬢は少し微笑んで、

「声です。あの時、私は、毒杯を弟に飲ませるところでした。まだ何もわからぬ小さな弟に、お家の為とはいえ、私もあの子も、生きての辱めを受けぬ為とはいえ、この手で殺し、それから死ぬところだったのです」

 そんな言葉を口にする。

 ほんの少しも淀みなく、けれどもその声には、凄味すら乗って。

 或いは彼女の時間は、その時から進んでないんじゃないだろうかと、そう思わせるくらいに。


「そこに聞こえてきたのが、貴方の声でした。竜の咆哮よりも先に、はっきりと、私達を助けに来たと告げてくれた声。……その声に心惹かれた事が、そんなにもおかしいでしょうか?」

 パトリシア嬢の声も、瞳も、熱を帯びてる。

 その言葉に嘘がないと、まるで訴えかけるように。


「我が家も、シュリル伯爵家も、私の気持ちを認めてくれました。竜との縁を持つのが第一。しかしそれが叶わねば、私の希望通りに、その声の主、竜の家令、セバスチャンに嫁いでも構わないと」

 だけど、或いはだからこそ、僕は疑問に思ってしまう。

「……たったそれだけの事で?」

 どうして、たったそれだけの事で、彼女はそこまでできてしまうのかって。

 グラファール様が婚姻の話を受けるか否か、パトリシア嬢にはわからなかった筈なのに。


「そうですね。もしかしたら、貴方様にはわからないのかもしれませんが、それだけの事が私にとってはとても大きかったのです。そして、その事はあの竜様にも伝わったようですね」

 まるでそれがわかってないのが僕だけだったかのように、彼女は言った。

 その言葉に、僕は僅かにムッとする。

 いや、そんな場合じゃないのはわかってるんだけれど、パトリシア嬢が僕以上にグラファール様をわかってる風に言うから、何だか悔しかったのだ。


「ですが今すぐにわかってくれとは申しません。強引な手を使っている事も承知の上です。なので、せめて一年、お傍において考えてください。その間にお役に立って、私が必要だと思わせてみせます」

 更に彼女はそう言って、その笑みを深くした。


 あぁ、そこは思いを伝えてみるとか、そういうのじゃないんだ。

 自分が必要だと思わせるって、その分かり易さも自信も、単なる好きとか嫌いの感情よりも、受け止め易くて心地好い。

 そう言ってくれるなら、まずは一年、共にグラファール様にお仕えして、様子を見る事にしよう。

 結局のところ、今の僕には誰かが好きとか嫌いとかよりも、グラファール様にお仕えする事の方が比重が重いから、それに付き合ってくれるというなら断る理由はなかった。


 ちなみにこの話が終わった少し後、やっぱりグラファール様はシリルフォース様を連れて帰ってくる。

 そしてシリルフォース様は、僕とそれからパトリシア嬢の話を聞いた後、呆れかえった顔で、

「私のグラファールも情けない所があるけれど、セバスチャン、主従だからって、そんな所は似なくていいのよ。パトリシアね。もしも困った事があったら、グラファールとセバスチャンは頼りにならないから、私に言いなさい」

 なんて風に言われてしまった。

 どうやらこの件に関しては、僕の味方はいないらしい。



 正式に結婚するかはさておいて、ひとまずは婚約をするという形で落ち着き、パトリシア嬢はグラファール様の城に客人として滞在する事になった。

 仮に結婚するにしても、物事には色々と準備が必要になる。


 例えばその一つに、僕の父と母への、それから本家の当主であるアレクス伯父さんへの報告だ。

 相手がただの村娘、町娘なら、父母は兎も角、本家への報告なんて要らないんだけれど、流石に貴族の姫君が相手となると、そう簡単に話は進まない。

 場合によっては少しでも格を近付ける為に、僕がアレクス伯父さんの養子になって、パトリシア嬢には分家ではなく、本家に嫁入りする形になって貰う、なんて事にもなるだろう。


 村長の家とはいえ、貴族に比べれば単なる庶民に過ぎないのだけれど、それでも庶民には庶民の、大切にしている誇りもある。

 分家ばかりが栄達すれば、本家の立つ瀬がなくなってしまうのだ。


 けれどもアレクス伯父さんは、

「本家、分家以前に、お前はセバスチャンだからな。そういう事もあるんだろうさ。……いや、貴族の姫君との結婚は、そりゃあ驚くけどな。竜に仕えてるって事に比べたら、あり得ない話じゃないだろ?」

 なんて風に笑って、パトリシア嬢と結婚するかどうかは、僕が決めればいいと言った。

 アレクス伯父さんの息子、つまりは僕にとっては従兄になるクロード従兄ちゃんも、

「こっちは気にしなくていいよ。爺さんがどれだけお前に厳しかったかは、幼い頃からよく見てきたしな。その上、戦争にまで連れてかれたってんだから、お前が誰と結婚しようが、妬む気にもならないよ」

 そう言って僕の肩を軽く叩く。


 親族の中でも本家の当主と、その後継ぎが認めてくれるなら、もう今回の話に文句をつける者は誰もいない。


「だけど、俺達はちゃんとお前の苦労を見てきてるが、そうじゃない奴もいる。竜に選ばれただけで華々しい活躍をして、貴族の姫君まで娶った……、なんて風に見る奴は、絶対に出てくる」

 但しそれはあくまで僕の親族の中からは、って話だ。

 今回の話はロワイスの中だけじゃなくて、王国中に広まる可能性があるから、詳しい事情を知らぬままにやっかむ者も多く出るだろう。

 またこれにより、竜の家令、セバスチャンという立場には、大きな役得があると認識されると思われた。


 そして実際、役得はあるのだ。

 パトリシア嬢の事はさておいても、竜爵はもうすぐ町になろうかというロワイスを有する領主である。

 その領主代行を務める事もあるセバスチャンは、貴族に準ずる権力者であると言っても過言ではない。

 この職分を利用すれば、好きに私腹を肥やす事だって、決して難しくはなかった。


 もちろん僕は、そんな真似をしてグラファール様の信頼を損ねるのなんか、真っ平ごめんではあるけれど。

 する、しないに関わらず、それができる立場というのは、多くの人の目から見れば、魅力的に映るだろう。


「だからな。お前も領主様ばかり、竜ばかりを優先せずに、自分や、娶った姫君の事をちゃんと考えて守れよ。少なくとも父さんは、母さんや俺、お前の父親やミラの事も、セバスチャンをやりながらでも、しっかりと守ってくれたぞ」

 アレクス伯父さんは、グラファール様だけじゃなくて自分や家族をもっと大事にしろと、少しばかりの小言をくれた。

 爺ちゃんにはそれができてたんだから、僕にだってできるだろうって、そう言って。


 先代のセバスチャン、あの爺ちゃんと、まだまだ未熟な僕を比べられてもって気持ちにはなるけれど……、あぁ、でも、誰かと結婚するなら、それができるように努力する事が、まずは最低条件なのかもしれない。




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