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戦いが終われば論功行賞が行われ、戦いの参加者には王国からの褒美が与えられるのだけれど、当然ながら今回の戦いで最も活躍したのはグラファール様である。
というよりもグラファール様以外は、シュリル伯爵くらいしかまともに戦っていない。
なのでシュリル伯爵には幾らかの領地の加増と、攻め込まれた町の復興金が与えられたらしいが、問題はグラファール様に対しての褒美だろう。
普通に考えると今回の戦いで得られたもの、具体的には敵国に裏切った罪で処罰された貴族の領地や財産の殆どを、グラファール様に渡すという事になるのだろうが、……残念ながらそうはいかない。
ロワイスの近く、王国の北部であれば、グラファール様が人間に対して理不尽な振る舞いをせず、領地を大きく発展させてるって事実をしっているから、住人達もその支配を素直に受け入れると思われるが、今回、裏切りの罪を働いた貴族の領地は南部にある。
グラファール様に対して正しい噂を耳にしていない南部の住人、しかも領主が王国を裏切ったからと、王都からの軍に攻め落とされたばかりの地に住む彼らが、次の領主は竜だと言われて、素直に統治を受け入れられるかと言えば、それは非常に難しい。
またグラファール様としても、というより、その代行を行う僕としても、遠く離れた飛び地の領地なんて、貰っても単に困るだけだ。
代官を置き、人を派遣して治めるしかなくなるが、そんな人材の余裕があるならロワイスの発展に使いたいし、万一、飛び地の領地経営に失敗したら、グラファール様の名前に傷が付く。
飛び地の領地を抱える事にも利がない訳ではないが、それよりも害が圧倒的に多かった。
故に要求したのは、領地ではなく、金。
本来ならば王国からの褒美はただ黙って受け入れるだけだが、竜であるグラファール様に人間の常識はあまり通じない。
王国が渡そうとする領地を断り、それに見合った額の金銭を要求する。
金ならば使い道は幾らでもあるし、それをロワイスの発展につぎ込む事もできるから。
例えば、ホーレン老が率いる魔物研究者の一団は、新たな特産品としてスチールスパイダー等、蜘蛛系の魔物の飼育を研究したいと申し出ていた。
これには頑丈な竜の息で鍛えた煉瓦の専用施設と、餌となる肉、それから当然ながら生きた蜘蛛の魔物が必要となる為、多額の資金が必要で、その捻出が悩みの種であったのだ。
領地に見合った額の金銭が得られるなら、資金の問題は解決して、研究が上手く行けばの話ではあるが、大きな益を生む新たな特産品の開発ができるだろう。
そして領地に見合った額の金銭というのは、王国であっても気軽にポンポンと出せるものじゃない。
引き渡す筈だった領地を王家の直轄とすれば何時かは回収できるし、最終的には王国に利があるとしても、一度に大きく金を出すのは、一時的であっても大きな痛みを伴う筈だ。
今回だけならばまだいいが、例えばこの後、ロロビアやトルトマステアを攻めるにしても、そこにグラファール様の力を借りてしまえば、切り取った領土に見合うだけの金銭を要求され、……そうなると完全に王国の財政は傾く。
そうとなれば、安易にグラファール様を戦争に駆り出す事はできなくなる。
セバスチャンとして、侵略なんかにグラファール様の力を使わせる訳にはいかないから。
……と、このように今回の戦いの始末はつけたんだけれど、それらの褒美以外に、一つだけ困ったお礼がシュリル伯爵から届く。
それは危機を救われた事に感謝して、娘を一人、グラファール様に嫁がせたいとの申し出だった。
正直、シュリル伯爵が何を考えているのかが、さっぱり読めない。
何しろグラファール様は竜である。
竜に人間である自分の娘を嫁がせて、一体どうしようっていうのだろう?
グラファール様もそんな申し出があったと報告したら、困った顔で困惑してた。
だが相手の意図が読めないからって、そのまま放置する訳にもいかない申し出だ。
相談の上、グラファール様には既に妻子がいるからと断りの手紙をしたためて、王都を経由して届けて貰う事にする。
これなら相手が何を考えていたとしても、断ったという事実がちゃんと残るから。
けれどもまさか、その断りの手紙を出してから三カ月後、シュリル伯爵の二番目の娘、パトリシア・シュリルが、自分は側室でもいいからと、直接ロワイスまでやって来るとは、こちら側としては誰も予想だにしていなかった。
恐らく僕とグラファール様は、断り方を間違えたのだ。
相手が救援の礼だと婚姻の申し出をしたのなら、正室である事にはこだわらない可能性をちゃんと考えておくべきだったのだろう。
その上で断るなら、最初からグラファール様は竜である為、人を伴侶にするような真似はしないと、もっとはっきりと言わなきゃならなかった。
最初からそう言っておけば、遥々こんな北の地までやってきた貴族の姫君に、それでも婚姻を断られるなんて、恥をかかせずに済んだのに。
「そういう訳だ。すまんな、パトリシア殿。確かに俺は人の姿に変身する事はできるが、それでも竜なのだ。人を番にはできんし、その側室とやらも受けられん。竜にそんな制度はないからな。貴女が俺の番、シリルフォースに八つ裂きにされてしまうだけだ」
グラファール様は申し訳なさそうに、けれども少しばかり、脅すような言葉を使って、パトリシアからの婚姻の申し出を断る。
……うーん、でも僕としては、仮に側室をもったとしても、シリルフォース様が嫉妬からそれを殺してしまう、なんて風にはあまり思えないのだけれども。
シリルフォース様がグラファール様の事が大好きなのは、口では言わないにしても態度を見てれ良くばわかる。
だた、シリルフォース様はとても理性的な方だから、その側室が王国貴族としての付き合いだと理解すれば、あまり気にしない可能性もあるんじゃないだろうか。
いや、でも、人間であっても竜であっても、女の気持ちや考えは、男には図り切れないところがあるし、変な口出しをしても拗れるだけだから、今は黙っておくとしよう。
そう考えて僕は口を噤んでいたのだけれど、すると何故か、
「わかりました。では私は伯爵領を救ってくださったもう一人の英雄、グラファール様の背に乗ってらした方に嫁ぎたく思います」
話が思わぬ方向に流れ出す。
いやいやいや、そこでなんで僕なんだ?
僕は単なる家令で平民だ。
間違っても貴族のお姫様が嫁いでくるような人間じゃない。
「おぉ、それはいいな。俺の家令のセバスチャンはまだ若いが、中々にできる男だぞ。些か勇敢すぎるところが心配だったが、伴侶を得れば前のセバスチャンのように落ち着くかもしれんな」
だが僕が驚いている間に、身分を理由に断りの言葉を発する前に、グラファール様がそれに賛同してしまう。
それじゃあもう、僕が何を言ってもどうしようもない。
しかし……、冷静に考えれば、下手に断りの言葉を口にしなかったのは正解か。
何しろパトリシア嬢は、手紙で一度婚姻を断られ、側室でも構わないと遥々北の地までやって来て、もう一度断られている。
その上で、貴族でも何でもない平民の僕にまで婚姻を断られたら、彼女の面目はどうにもならない程に傷付く。
いや、平民に婚姻を申し出る方がどうなんだって話にもなるだろうが、それも含めて、この話が広まれば、パトリシア嬢の嫁入り先は、貴族社会のどこにもなくなるだろう。
それが予想できない筈もないのに、どうしてパトリシア嬢は、自らの身を捨てるような真似をするのか。
まさか最初から、平民との婚姻を着地点として考えてたなんて、そんな筈はないだろうし。
……ただ、僕はここで爺ちゃんの言葉を思い出す。
『あの竜は、時に突拍子もない言動でこちらの思惑を台無しにする。それも十分に腹が立つが、何より腹が立つのが、後になって冷静になってみれば、その突拍子もない言動こそが、その時の最善であったのではないかと思えた時だ』
そんな風に、言っていた。
それを聞いた時は、グラファール様に腹が立つなんて、幾ら爺ちゃんでも失礼じゃないだろうか、なんて思ったものだけれど、なるほどこれは、確かに割と腹が立つ。
安易に断らなかったのは正解だ。
断って、パトリシア嬢の面子を潰して、その恨みが僕に向くのは、まぁ、いいだろう。
けれども万一、それで自害でもされたらたまったものじゃない。
折角、グラファール様が戦いに参加した事で命を繋げた彼女なのだから、つまらない命の落とし方はして欲しくなかった。




