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「シリルフォース、カップはこのように持つと、人間には所作が美しく見えるのだ。力には気を付けろ。人間の作った品は壊れやすいからな」
「確かに、何だか様になって見えるわね。やってみるわ。大丈夫よ。寧ろ力加減なら、貴方よりも私の方が上手いんだから」
並べられた茶器を前に何だか楽しそうに二人、もとい二頭の様子を見る限り、危機は去ったとみていいだろう。
シリルフォース、いや、この様子を見る限り、二頭が今も番である事は疑いの余地はないのだから、奥様であるシリルフォース様が変身した姿は、銀色の髪の品がある貴婦人だった。
この容姿は、変身を手伝っていたグラファール様の好みなんだろうか?
それともグラファール様が手伝ったのは衣装だけで、他はシリルフォース様が選んだのだろうか?
まぁ、いずれにしても、シリルフォース様が人の姿となってくれた事で、城の使用人達も安心した様子で、無事に歓待を始められた。
変身してすぐは、ドレスの裾が歩き難いと少し不機嫌になりそうになったのだけれど、そこはすぐにグラファール様が腕を貸してエスコートしたので、寧ろシリルフォース様の機嫌は良くなったのだ。
結局のところ、彼女は番であるグラファール様に会いたくて、ここにやって来ただけなのだろう。
随分と人騒がせな話ではあるけれど、それはもう竜という存在と関わってる以上は仕方ない。
爺ちゃん曰く、竜のやる事なす事、竜と関わって起きる事、これらは予測が不可能だ。
けれども実際に何かが起きたなら、焦らずに判断すれば、それ等への対処は可能である。
備えは可能な限り幅広く、対処は冷静に的確に。
これが爺ちゃんの教えであった。
今回の対応は、果たして爺ちゃんは認めてくれただろうか?
「セバスチャン、もう一杯、お茶を頂けるかしら?」
僕が少し考え事をしてしまっていると、シリルフォース様からそう声を掛けられる。
あぁ、しまった。
本来ならば欲しているかどうかを仕草で察して、こちらからお代わりを勧めるべきだろうに、この様じゃあそれこそ爺ちゃんに叱られてしまう。
でも慌てた風を見せずに、用意してあった次の茶の準備をして、シリルフォース様にお出しする。
一回のミスで慌てて、より大きなミスを重ねる事が最悪だ。
竜にとっては領主をやるのも家令を任命したのも、生きる上では必要のない行為、つまりは趣味、遊びの範疇だと爺ちゃんは言った。
だからこそ、その趣味に、その遊びに飽きられぬよう、今の自分に可能な限りのものを提供し続けろ。
完璧、最高は目指さなくていい。
失敗も提供できる持ち味の一つではある。
だけど呆れさせない、飽きさせない為の努力は怠るな。
あぁ、爺ちゃんの声が聞こえてきそうで、僕は口元を引き締める。
「話は聞いたわ。貴方が身に付けてるそれが、私の巣から持ち出された物ね?」
新しい茶を提供する為に近付くと、僕の顔を、正確にはその右目に嵌めたモノクルを見たシリルフォース様が、そう問うた。
どうやらようやく、僕の身に付けてるこれが、グラファール様が巣から勝手に持ち出した品だとわかったらしい。
「はい、祖父から、先代から受け継ぎました。しかし奥様の所有物であったなら、もちろんお返しいたします」
多分、これはグラファール様に会う為の口実にされただけなんだろうけれど、経緯を考えれば返した方が良いだろう。
元はグラファール様の物だったとしても、勝手に持ち出したという点が、かなり分が悪い。
セバスチャンの証として受け継いだ物ではあるが、爺ちゃんのようにこれがなければ字が見えにくいとか、そういった不具合は僕にはまだないし。
「あら、いいわよ。父祖から受け継いだ品になってるなら、手放させるのは心苦しいもの。私の方は、何か別の形でグラファールに埋め合わせして貰うから。……例えば、この城とか、新しい巣にいいわよね」
だがそれに対するシリルフォース様の言葉は優しくて、だけど後半はちょっと拙かった。
グラファール様を見ると、困ったような表情で、それから助けを求めるようにこちらにちらりと視線を送る。
確かこのモノクルはドヴェルグ、伝説の種族が作った魔法の品だというから、価値だけでいうならこの城よりもずっとあるだろう。
しかし城は単なる住居という訳じゃなくて、その地を統治する権威の表れだ。
簡単に引き渡してしまえるようなものじゃない為、
「この城は、旦那様が竜爵としてこの地を統治する為の象徴ですから、奥様だけのものにされてしまうと困りますね……。統治権の譲渡は不可能ではないですが、王国の許可、手続きは複雑ですし、税を納める義務も発生します」
僕は言葉を弄し始めた。
まずはどれ程に、この城を得るのかが面倒臭いのか、それを知ってもらう事から。
実際のところは、王国はグラファール様とシリルフォース様が揃って王都に出向いて話せば、統治権の譲渡には応じるだろう。
場合によっては、というかほぼ確実に、今の領地を広げた上で、シリルフォース様にも竜爵の地位を与え、二頭目の竜も王国で囲おうとする筈だ。
だが自分からそれを望んだグラファール様は兎も角、シリルフォース様がそれで幸福を得られるかといえば、恐らくは否だった。
何しろ、今の城が欲しいと匂わせる言葉は、グラファール様を困らせて楽しむ為に言ってるというのが本当のところだろうし。
もちろんここでのもてなしを気に入ってくれたというのも、幾らかはあると思うけれども。
「私も子供の竜は見たいと思いますが、恐らくここは竜が子育てをする場所としては不適当でしょう。特に卵は、人の欲を下手に刺激しかねません」
それからもう一つ、これはとても重要な事だが、シリルフォース様が新しい巣としてここを得る。
つまりグラファール様と新たな子供を作った場合、非常に厄介な事態に見舞われる事は間違いない。
竜と動物、或いは魔物と一緒にするのは失礼にも程があるだろうが、動物や魔物の一部には、成体は人に懐かなくても、生まれた時から育てれば人に従順に、忠実に育つ場合があるという。
仮に懐かずとも、生まれたばかりなら、幼体ならば、竜であっても殺す事が可能だし、竜の身体は牙も爪も鱗も肉も、全てが黄金にも勝る価値がある。
険しい山奥にある竜の巣に卵を盗みに行く命知らずの馬鹿はそうはいないだろうが、それが人里で産み落とされたとなれば、欲を抱く者は幾らだって出てくる筈だ。
そしてその欲にシリルフォース様が怒り狂えば、場合によってはロワイスの全てが灰と化す。
故に、僕は手間を説き、危険を説き、どうにかシリルフォース様が翻意してくれる事を願う。
「……そう、竜の習性を知ってるのね。グラファールが話したのかしら? 貴方が言うならやめておくわ。確かにここを巣にするのは危なそうね。でも、たまに遊びに来る分にはいいでしょう?」
するとシリルフォース様は、実にあっさりと要求を取り下げてくれた。
なんというかあまりにも素直で拍子抜けする。
これがグラファール様なら、もう少し色々とごねるだろうに。
もしかして、グラファール様って竜の中でも面倒な方なんだろうか?
それともシリルフォース様が特別に話の分かる方なんだろうか?
「もちろん、その時は歓迎いたします。もちろんお子様もお連れください。そうなると何時かは奥様やお子様にもお泊り頂けるように城を広げたいのですが、……少なくともこのロワイスの人口が倍か、三倍にならないと、その大きさの城にはできません」
僕はシリルフォース様の言葉に頷きながら、ちょっと自分の希望も混ぜてみる。
卵をこの城で生み育てるのは無理にしても、既にいるというグラファール様とシリルフォース様の子供は、是非とも見てみたい。
ただ複数の竜が寝泊まりできるような広さの中庭を持つ城を造るには、今のロワイスの規模じゃどう足掻いても足りなかった。
倍でも厳しいだろうから、三倍くらいになって、発展した町となれば、そのくらいの大きさの城も立てられるとは思うけれど……。
流石にそれは、僕が生きてる間に叶うかどうか、かなり怪しい所である。
とはいえ、竜であるグラファール様やシリルフォース様にとっては、そう遠い未来ではないだろうから、僕は何時になるかもわからぬ話を口にした。
「子供ね。でも、うちの子を連れてくるのは駄目だわ。だって貴方には竜に好かれる相が出てるもの。若い竜は欲しい物を我慢できないから、貴方を見たら巣に持ち帰るでしょうね。そうなったら、グラファールが激怒するでしょう?」
親子の仲違いは見たくないと、シリルフォース様は言った。
まぁそれには同意するとして、竜に好かれる相って何だろう?
僕ってそんなに変わった顔をしてるだろうか?
少し釈然としないけれど……、まぁ、いいか。
子供の竜、若い竜に会えなかったとしても、グラファール様に仕えられて、シリルフォース様にも会って話ができたのだから、僕に不満はない。




