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シリルフォース様はその日の夕方にはどこかへ、恐らくは自分の巣に帰って行ったんだけれど、僕にとっては大変なのはそこからだった。
何故ならシリルフォース様という新たな竜の登場に驚き、恐れ戦いてパニックに陥ったのは、城の使用人だけじゃなかったから。
まずはロワイスの村中から、シリルフォース様が去ってすぐに問い合わせが殺到する。
何があった?
あの白い竜は何だ?
ロワイスを狙っているのか?
グラファール様との関係は?
……等々と。
まぁ、そりゃあ気になるだろう。
僕は竜を怖いと思った事はないが、普通はそうじゃないみたいだし。
グラファール様はシリルフォース様が満足して帰ってくれて安心したのか、僕を含む城の使用人に礼を言うとすぐに寝てしまった。
故にその問い合わせには、僕が対応するしかなかったのだ。
いやまぁ、仮にグラファール様が起きてても、これは僕の仕事の範疇だが。
ただ僕にできるのは正直に、あの白い竜はシリルフォース様という名の、グラファール様の奥様で、特に何を狙う訳でもなく、ご自分の番に会いに来ただけだと、事実を伝える事のみである。
ロワイスの村ではグラファール様を見慣れているし、竜が起こす騒ぎにはある程度だが慣れているので、今回程の騒ぎが起きたのは僕がセバスチャンとなってからは初めてだが、その簡単な説明で比較的すぐに納得してくれた。
だが大変だったのはここからで、その話を聞きつけた近隣の領地や、王都からも何があったのかという問い合わせが、後日になって届いたのだ。
話は遠方になる程に適当な物に変わってしまっているらしく、王都からの問い合わせでは、竜同士の戦いによって町がどの程に焼かれたのか等の、被害を問い掛けるものになってしまっていた。
これはかなり拙い話で、誤解を解かねばグラファール様への王国からの認識自体が変わってしまいかねない。
故に僕はそれが誤解である事や、状況を詳しく説明する手紙を書いて、グラファール様に頼んで直接王都に届けて貰う。
主人であるグラファール様を手紙の配達に使うのは申し訳ない限りだが、流石に今回の誤解はできる限り早くに対処しなければ拙かった。
のんびりと人の足、馬の足で配達するよりも、グラファール様の翼が一番早いし、ご自身の口からシリルフォース様が番で危険はないと言っていただくのが最も王都を安心させられると思ったから。
そういえば、割と爺ちゃんも頻繁に、王都への手紙をグラファール様に運んで貰ってたなぁと、今になって思い出す。
あの時は、爺ちゃんのやる事とはいえ、グラファール様に使い走りをさせるのはどうかと思ったものだけれど、結局は僕も、同じ真似をしてしまってる。
だってすぐに連絡が届くのって、便利なんだもの……。
でもグラファール様が王都からの返事を持ち帰ってくれた事で、僕は誤解は解けたのだと安心して、それ以上はこの件に関して考えるのを止めてしまった。
何しろ考えられる最も拙い事態が、王都に妙な誤解を受けて関係が拗れ、ロワイスが王国から強い干渉を受ける事だったから。
けれどもそれは、僕が竜の持つ影響力を、甘く見た結果だったんだろう。
それから三カ月程が経つ。
シリルフォース様はそれからもひと月に一度くらいは城に来て、グラファール様や僕との話を楽しむようになった。
ロワイスの住人達は竜という存在に慣れているので、二回目からは特に騒ぐような事もなくて、そういうものだと受け入れている。
だからこそ、それは寝耳に水の話だった。
まさか竜同士の争いで王国が大きな被害を受けたって噂話を信じた他国が二カ国同盟を組み、王国の領土を切り取る為に攻め寄せてくるなんて。
しかも南部の領主の一部は、その他国と通じて寝返った為、攻め込まれている地域へ王都からの軍が駆け付けられないでいるという。
故にこの話を知ったのは、王都からの要請。
竜ならば、道の途中の領主が他国に寝返っていようとも、その上を飛んで、襲われている場所を救援に行ける。
また竜の姿を見れば、竜同士の争いで王国が大きな被害を受けたって噂が偽りだと分かり、他国の軍の士気も下げられるんじゃないかと。
確かにそれはそうだろう。
人間の戦争に竜が協力すれば、戦いの形は大きく変わる。
空から敵陣を偵察し、単体でも強力な戦力であるから、後方に回り込んでも攪乱も可能だ。
敵軍の規模、質にもよるだろうが、仮に正面から戦ったとしても竜は強かった。
できない事といえば、敵地の占領くらいだろうか?
王都からロワイスまで早馬で、途中の町で馬を変えながらも大急ぎで届けられたこの要請は、王国にとって一縷の望みなのかもしれない。
しかしその上で、セバスチャンという竜の家令として考えるべきは、この要請を受ける事がグラファール様にどういう影響を及ぼすかだ。
もちろん最も優先されるべきは、グラファール様がこの要請を受けようと思うか否かである。
実のところ、この要請を拒否する事は恐らく可能だった。
竜として人間の戦争には加担しない。
こうした姿勢を貫く事は、決して不可能じゃないだろう。
貴族には王国の要請に応えて参陣する義務はあるが、それは軍を参加させるという意味で、当主が個人で戦いに赴くって訳じゃないから。
今回の件も、軍を派遣しさえすれば、王国がどんなに不満に思っても、グラファール様自身の出陣を強制できはしなかった。
もちろん王国との関係は著しく悪化するだろうが、破綻まではしないだろう。
王国だって、他の国と争いながら竜まで相手にするなんて嫌がる筈だ。
派遣した軍がどういった扱いを受けるかは、……覚悟が必要になるけれど、そこは僕が率いて出向き、少しでも犠牲を抑えるべく動くしかない。
最悪の場合は王国が滅びて他国に吸収される事になるかもしれないが……、その場合はまた新しい関係をその国と一から築く事になる。
尤もその場合、僕は派遣した軍と共に、王国と運命を同じくしている筈だから、その時にグラファール様の手伝いはできないのだけれども。
爺ちゃんなら、こういう時はどうしただろう?
意外に、グラファール様にさっさと戦場に行けって、尻を叩いたかもしれない。
それが最も有効な一手だからと。
ただそれは、僕にはできそうになかった。
爺ちゃんはロワイスの村を切り開いた人物で、伴侶や子供がいたから、グラファール様からセバスチャンに任命されながらも、人間と竜の間に立ってバランスを取るように、両者の利益を計りながら動いていたと思う。
しかし僕は生まれた時からグラファール様に仕えるように育てられ、また仕えてきたのだ。
爺ちゃんとは優先順位が全く異なる。
当然ながら、僕にだって親兄弟、親族達が暮らす故郷、このロワイスを大切に思う気持ちはあるけれど……。
何を最優先にするかといえば、それは仕える主、グラファール様だ。
その意向次第では、僕も覚悟を決めるとしよう。




