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僕がセバスチャンを引き継いで初めての春のある日、ロワイスの村を揺るがすようなとんでもない事件が起きる。
領主であるグラファール様とは別の竜が、この城に飛来してきたのだ。
その竜は、赤い鱗のグラファール様とは全く違う、白い鱗の竜だった。
サイズ的には、一回りはグラファール様よりも小さいだろうか。
全体的にどことなく細身で、優美な印象を受ける。
格好いいグラファール様もいいけれど、こちらも実に美しい竜だ。
その竜の姿に、僕はなんとなく得した気分になった。
「グラファール、ここにいるんでしょう! 出てきなさい! 貴方、巣から何か持って行ったわよね?!」
けれども、どうやらその竜はご立腹の様子で、城に向かってグラファール様の名を呼び、怒りの咆哮をぶつけてくる。
さて、一体グラファール様は、あの竜に何をしたのだろうか?
「せっ、セバスチャンさん、りゅ、竜が!」
全く見知らぬ竜の咆哮に、城の使用人達もパニック気味で、僕を見付けたパトムさんが真っ青な顔で訴えかけてきた。
普段は城の料理人としてとても冷静な彼がこんな風になるなんて、やはり多くの人にとって、竜は恐ろしい生き物なのだと、改めて思う。
「落ち着いてください。どうやらあの竜は旦那様に用事みたいですから、私と旦那様で対応します。皆さんはお茶と食事と、お客様をもてなす準備をお願いできますか?」
僕はパンパンと二度手を叩き、周囲の使用人達の意識を集めて、客人をもてなす準備の指示を出す。
あんなに優美な竜なんだから、旦那様と同じく人の姿にだってなれるだろう。
まぁ、なってくれるかはわからないけれど、なってくれた方が僕としては助かる。
「に、逃げなくていいのかい?」
戸惑ったように問うてくるパトムさんに、僕は頷く。
なすべき事を指示されて、ほんの少しだが落ち着いたのだろう。
先程よりは顔色が良い。
流石はこの城で働く料理人だ。
「あはは、大丈夫ですよ。もしも竜が本気で攻撃して来たら、逃げたってどうせ同じですから。だったら話して持て成して、お客様として扱った方が、多分いいです」
僕は相手がより落ち着けるように、敢えて笑いながら当然の結論を口にする。
竜が相手なら逃げても無駄なのだ。
だったら相手を喜ばせて、僕らに価値があると思って貰った方が生存の確率は上がるだろう。
その時、人の姿のグラファール様が城を出て、白い竜のもとへ向かおうとしているのが目に入ったから、
「旦那様、お供します」
僕は慌てて駆け寄って、その斜め後ろを歩く。
するとグラファール様は驚いたように、
「お前はあれが怖くないのか?」
……と、僕に問うた。
まぁ、正直に言って、実はあんまり怖くはない。
そりゃあいきなり城に攻撃してきていたら怖かったかもしれないが、グラファール様の名前を呼んで、出て来いと言ってるという事は、言葉が通じる相手である。
だったら大雑把に分類すれば、旦那様と同じで話ができる竜だろう。
今更怯える必要がどこにあるのか。
「奇麗な竜ですね。別に怖くはないです。竜の偉大さはよく知ってるので。それよりも、何があったのですか?」
首を振ってそう言えば、グラファール様が笑って、
「お前は、前のセバスチャンと違って勇敢だな。いや、あいつもいざとなると勇敢だったが、普段はとても慎重だった」
少し懐かしそうにそう言った。
確かに、爺ちゃんは慎重な人だったと思う。
だけどそれは爺ちゃんの性格というよりも、爺ちゃんには守らなきゃいけないものが多かったからじゃないだろうか。
守らなきゃいけないものの為に、簡単に危険に身を晒せないが、いざとなれば、やはり守らなきゃいけないものの為に、勇敢になった。
多分、それだけだったのだ。
一方、今の僕には守らなければならないものが殆どない。
仕える主は僕よりもずっと強いし、守だなんておこがましいだろう。
それは家族に関しても同様で、若輩の僕に守られなきゃならない人は居なかった。
だから僕は好き勝手に勇敢でいられる。
それはきっと、爺ちゃんの勇敢さとはまるで別もので、僕の未熟さのあらわれだ。
……まぁ、でもそんな事は今はどうでもよくて、歩きながらもグラファール様が語ってくれた事情に、僕は耳を傾けた。
グラファール様曰く、雌の竜はとても怖いらしい。
気に入った雄を見付けると雌の方から求婚し、その雄の巣に強引に住み着く。
この際、求婚を断るには戦うか、巣を捨てて逃げ出すしかない為、多くの雄の竜は抵抗せずに雌の竜を受け入れるんだそうだ。
なんでも竜の戦いは一度始まればどちらかが死ぬまで続く事が殆どで、また竜は個体数の少ない生き物である為、余程の事情がない限りは戦ったりはしないという。
しかしそうして番となった二頭の竜も、仲睦まじくずっと一緒という訳ではなかった。
何故なら番となれば竜も交尾をして、雌が卵を産むのだけれど、その雌が卵を産んだ後は、目に入る者の全てを敵と見做して、雄は巣から追い出されてしまうのだ。
それは卵を、我が子を守る雌の竜の本能で、仕方のない事ではあるのだろう。
ただ雄からすると、結局は結婚前に棲んでいた巣を奪われる形になる。
今、城の門の前にいる竜は、シリルフォースという名で、グラファール様の番だったそうだ。
もちろん竜の雄の例に漏れず、グラファール様も巣から追い出されたのだけれど、それはもうそれなりに前の話で、卵をも既に孵っているいるという。
つまり、グラファール様とシリルフォースの子供がどこかにいるのか。
それは何とか、この目で見たいな。
赤い鱗のグラファール様と、白い鱗のシリルフォースの子供なら、一体どんな色の竜になるんだろう?
さて、だが問題はここからで、少し前、グラファール様は前のセバスチャン、僕の爺ちゃんが目がかすんで困ってるという話を聞いて、自分が以前に集めた宝物の中に、丁度いい物があった事を思い出す。
けれどもそれが置かれていたのは前の巣、要するにシリルフォースに追い出され、今は彼女が住んでいる巣で、……悩んだグラファール様は、こっそり巣に忍び込んでその品だけ持ってきてしまったそうだ。
以前は自分の巣だったので勝手はわかるし、元々は自分が集めた品なのだからと。
そしてその持ってきた品が、今は僕が右目に付けている、セバスチャンの証であるモノクルだった。




