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グラファール様はこの村の領主だが、実務能力は皆無に等しい。
裁判や賓客の出迎え等、領主としての格が必要な仕事は流石にこなせるが、それ以外の実務に関わる事は殆どなかった。
なのでセバスチャン、家令の仕事は、この村の領主代行を兼ねている。
「今日からはロギン、いや、二代目のセバスチャン殿が領主代行としてこの会議に参加する。皆、幼い頃からロギンを知っているとは思うが、それは一旦忘れて、それぞれの立場で会議に臨もう」
故に村の有力者との会議に参加するのも、今日からは僕の務めだった。
今、村の有力者達に僕をセバスチャンとして紹介したのは、村長であるアレクス伯父さんで、その隣の席に座るのが文官を纏めて村長を補佐する、僕の父さん。
幼年学校の校長で、孤児院も経営するミラ叔母さんも、この有力者会議に席を持つ。
何でもミラ叔母さんは、その幅広い伝手を生かして村に大きな影響力を持ってるらしい。
この三人は僕の親族なので、当然ながら幼い頃から僕のことを知っている。
だからこそアレクス伯父さんは、僕は親族ではあるけれど、この会議では領主代行として扱うと最初に宣言したんだろう。
親族の情は挟まないから、己の役目をしっかり果たせと、まずは励ましてくれたのだ。
本当に親族の情がなければ、その辺りは曖昧なままにして会議に臨み、僕の油断を突いただろうから。
他にこの場にいるのは、ロワイス村に根を張った商会の経営者であるトライアさんと、職人組合の代表である鍛冶師のフォクトーレ親方、農業組合の代表であるゴロワンダさん、自警団の団長であるゼレアルさんに、医師であるホリス師と、錚々たるメンバーだ。
誰もが僕の倍以上、場合によっては三倍くらいは生きていて、僕を幼い頃から知っている。
なんともまぁ、やりにくい。
ただそれでも爺ちゃんがもう居ない以上、この面々とやり合うのが僕の仕事だった。
今日の議題は主に二つ。
一つはこの村の有力者が集まる会議を、村を運営する議会に移行する話。
今の会議は有力者が集まって意見を出し合い、村長が村を運営する手助けをするのが目的だ。
しかし村の人口はずっと増え続けており、このままいけば町を名乗れる規模になる事は明白で、そうなると今の体制では細やかな施策が難しくなる可能性が高い。
故に、この会議を議会に移行し、有力者達の権限を増す事で、人口の増加に備えようというのが、今回の議題の一つであった。
ただこの話の問題は、町の運営を議会で行うとなると、場合によっては領主の権限とぶつかりかねないところにある。
基本的に、村であっても町であっても、統治は領主の役割であり、権限だ。
ただその運営にどこまで関わるかは、その領主によって変わってくる。
例えば、複数の村を治める領主等は、得た税で兵を養って領土を守りはするが、村の運営には関わらない事が多い。
道路の整備や治水等の大規模な事業は領主が主導するにしても、畑を広げたり作付けする作物を決めたりといった細々とした施策は、幾らかの口出しをする場合もあるが、基本的には村長任せになるという。
しかしこれが町になると、町の長、町長を領主が兼ねる事が増えるそうだ。
町を区画ごとに自治させて、その上に領主が立つ場合もあれば、区画ごとに役場を置いて細やかな施策を行う場合もあった。
仮に複数の町を有するような大貴族でも、町ごとに自分の親族や傘下の貴族を置き、代官を務めさせる。
ではロワイス村はどうかといえば、領主であるグラファール様が竜なので、あまり直接的に運営に関わってくる事はなく、家令、領主の代行である爺ちゃんが、長く村長も兼任していた為、その辺りの権限がごちゃごちゃになっていた。
そして爺ちゃんが村長を引退してからも、後を継いだのが息子のアレクス伯父さんだから、結局はアレクス伯父さんを通して爺ちゃんは村長の権限を使う事ができた為、その辺りがあまり整理されなかったのだ。
結果として、今のロワイス村では村長の権限が非常に大きくなってしまってる。
今の体制のままだったなら、僕もアレクス伯父さんの親族であるし、然して問題にはならないだろう。
しかし村長の権限を分割して議会に持たせるとなったなら、一度その権限を整理し、領主代行が持つべきものは持たないと、領主という存在の意味が薄れてしまう。
故に僕はこの会議がそのまま議会になることは認めず、まずは一度、権限の整理をさせなければならなかった。
この、圧倒的に年上で、昔から僕を知ってるやり辛い面々を相手にだ。
……こうなる事を爺ちゃんが予想してなかったとは思わないから、多分、わざとこんな課題を残したんだろう。
僕に対してもそうだけれど、多分、他の有力者たちに対しても。
自分達の時代の事は、自分達で考えろって。
さて、もう一つの議題は、自警団の解散と領主が有する軍としての再編である。
このロワイス村を治める竜爵、グラファール様が有する最大戦力は竜であるグラファール様自身だ。
その戦力は圧倒的で、そこらの軍じゃ比較にもならない。
それ故にこれまで、ロワイス村では村内の治安を守る自警団は運営されても、領主の軍は組織されてこなかった。
しかしロワイス村が町になれば、そういう訳にはいかないだろう。
規模が大きくなり、豊かになれば、それを狙う悪い者もまた増える。
町の中で悪さをする賊に関しては、これまで通りに自警団でも対処が可能だろうが、しかし街道を行く旅人、商人を狙う賊が現れれば、これを討伐するにはより戦いを専門とする兵士が、領主の軍が必要だ。
もちろん竜であるグラファール様が出れば、賊なんてすぐに蹴散らせるだろうが、貴族を賊の退治に使う訳にもいかないし、何より、賊であってもグラファール様が直接手に掛ける事は、なるべく避けたい。
人ならざる竜が貴族として統治をおこなっているという状況を快く思わず、何かしらの嫌がらせを試みる者は、今も変わらずいるからだ。
竜が人を手にかければ、その背景を無視して悪く喧伝する者が出るだろう。
故に旦那様が戦力として動く事は、……それこそこの国が戦争に巻き込まれ、王国からの出動を要請されない限りはない筈だ。
流石に戦争となれば、そこでの行いは普段の倫理とは全く別の理屈で測られる。
まぁ、戦争はさておき、領主の軍は可能な限り早く整える必要があった。
とはいえ、これまで自警団でやってこれたのだから、急には変えたくないと、特に自警団の団長は考えているだろう。
目に見える不都合がない限り、人は自分が大きな変化に巻き込まれる事には不安を覚え、厭うから。
これを説得して領主の軍に再編するのも、爺ちゃんが残した、僕がやらなきゃいけない仕事だった。
軍さえあれば自警団を残しても、なんて風に考えるかもしれないが、武力を有する集団をそのままにするのはリスクが高い。
集団が在り続ける為には金がかかり、その金を稼ぐ為に、彼らは武力を使うようになるだろう。
今は別に問題がなくとも、その存在を認めたままに時間が経てば、破落戸よりも性質の悪い社会に悪影響を及ぼす者の集まりと化していく。
町に自警団を残したままに発展し、それが暴力組織と化した例がある事を、僕が爺ちゃんから教わっていた。
つまり当然ながら、爺ちゃんはいずれはこの問題を解決しなきゃいけないと理解していて、敢えて残したままにしてたのだ。
正直、この二つの仕事が残されていた事に関しては、僕は爺ちゃんを恨んでもいいと思ってる。




