15
春の終わり頃、王都からの手紙が届く。
その内容は、今年の移住者は秋に三十名程を送ると書かれていた。
どうやら移住の時期をずらす事で、受け入れに掛かる負担を少なくしようと配慮してくれているらしい。
ちなみにその手紙を届けてくれたのがトライアとマドリーと言う名の夫婦で、二人は王国に広く販路を持つクレセンス商会の傘下の商人だという。
なんでも王国からクレセンス商会に対して、このロワイス村に店を構える商人を派遣してくれと、声掛けがあったそうだ。
恐らくこれも、王国からロワイス村に対する支援の一つだったんだろう。
声掛け、といっても王国からとなれば、これはもう命令のようなものである。
そこでクレセンス商会は、商会から独立して店を持つ事を望んでいた行商人、トライアとマドリーの二人に、開店資金を援助する事を条件に、この村への移住を指示したという話だった。
当然、村としては商人の移住、及び開店は歓迎だ。
王国からの声かけに対して選んだ人材なのだから、能力、人格共に、問題があろう筈もない。
二人はまだ年若いようにも見えたが、行商人をしてきたと言うなら、それなりに経験も積んでいるのだろう。
行商人というのは商品の見極めや取引相手との交渉以外にも、雇う護衛の見極めや、報酬の交渉が必要だった。
また物の値段の変動に敏くなければならないので、各地の事情にも通じでおり、荒事にも慣れている。
そう考えると、大きな町で商売の経験を積んだ者よりも、彼らのように行商を経験してきた者の方が、この開拓村で店を構えるなら向いているように思う。
ひと先ず彼らには余っている住居で暮らして貰って、その間に店を建てなきゃならない。
あぁ、また村に建物が増えるのか。
もちろんその事自体は喜ぶべきなのだけれど、その建築の分、村の外、牧場や道の整備は少しばかり遅れる事になりそうだ。
……ただ、商人が村に来たとなると、道の整備も後回しという訳にはいかなくなった。
今のままでも馬の背に荷を乗せ、手綱を引いて町との行き来はできるけれども、道を整備して馬車を使えるようにした方が、運べる荷は大きく増える。
商取引が活発になれば、村はより豊かになって、人を増やす事ができるだろう。
村で使える労働力は限られていて、建築も道の整備も、何でもかんでもは一度にできない。
特に今の時期は、もうすぐ小麦の、それに続いて大麦の収穫も始まる。
故に、何に労働力を割くかの優先順位が重要で、私はそれに頭を悩ます。
だけど、こうして優先するものを選べるという事が、少し前からは考えられない程に、贅沢な話だ。
幾度となく噛み締めてるその思いを、私は今日も反芻し、思考を放棄したくなり始めてる心を奮い立たせた。
やはり、まずは商店の建築、次に道の整備を優先し、牧場は一旦さて置いて、建材の煉瓦をまずは貯めよう。
煉瓦の生産は、一日に一度、竜がその息で煉瓦を焼成してくれているが、材料となる粘土と砂の採取が間に合っていない。
ただ粘土と砂の採取は、建築や道の整備に比べるとそこまで複雑な作業じゃないから、小麦と大麦の収穫が終われば、人手を投入して一気に進める事も可能である。
冬の寒さの中、川で作業をするのは自殺行為だから、粘土と砂の採取は夏の終わりから、秋にかけてで終わらせたい。
となれば秋には、道の整備の優先順位を下げてでも、粘土と砂の採取を急ぐか。
色々考える事が多くて混乱するが、私が混乱しては指示を受ける方はもっと混乱してしまうから、方針は予めしっかりと練っておこう。
あぁ、余談になるが、トライアとマドリーの二人を護衛してきたのは、あの女魔術師のロンダと剣士のパドで、二人はこの護衛を最後の仕事に冒険者を引退し、このロワイス村に移住を希望する。
もちろん私は二人を歓迎したが、そういえばもう一人の剣士、ラザレはどうしたのだろうと思って問うてみれば、ロンダは少しばかり言い難そうに、彼女がパドを選んで結ばれた事でチームは解散し、ラザレは一人、南の町で別の仲間を見つけて冒険者を続けるのだと教えてくれた。
……まぁ、なんというか、それもまた人生だろう。
さて、そうして麦の収穫、建築、道の整備に煉瓦造りと、村人達が忙しく働く中、今年も大麦の収穫を終えた後の祭りの日がやってくる。
竜にとっては三度目で、去年、新しく村に加わった住人達は二度目、竜が連れてきた子供達と商人の夫婦にとっては、初めての祭りの日だ。
ちなみに今回の祭りは、商店の完成、開店の祝いも兼ねていた。
この辺りからは竜がこの村に来てから、三年目となる。
小麦、大麦の収穫と、商店の建設が終わったとはいえ、やらねばらぬ仕事はまだまだ多い。
けれどもこの日ばかりは、それらの仕事を忘れて祭りの準備をし、それから思う存分に飲み、喰らう。
何しろ醸造所が稼働したから、今年の祭りで振舞われる酒は、去年までとは質が違った。
町に比べると娯楽の少ない開拓村では、祭りで振舞われる酒というのは最高の娯楽の一つである。
ここ数年は祭りの主役が竜の狩ってくるグレートホーンの肉だったが、今年はその座が揺らぐかもしれない。
正直に言えば、醸造家にはよくぞやってくれたと思う。
美味い酒が飲めるというのも嬉しいのだが、それ以上に、我々の村で作ったものが、竜の狩ってきたグレートホーンと祭りの主役を争えるという事が、何よりも嬉しい。
牧場が完成し、グレートホーンの家畜化が成功すれば、またその感情は変わるのかもしれないけれど、今のところ、グレートホーンは竜が狩ってきたものを肉にし、調理して提供されてるだけだ。
それと比べると酒の方は、この村で育てた麦を原料にして作られている。
関わっている度合いが高い分、当然ながら私は酒の方に、或いは他の村人の多くも、思い入れがあった。
もちろんそれは村の中、しかも祭りの席の中でのみの評価が拮抗したに過ぎない
浮かれた気分で酒を飲めば、そりゃあ美味しく感じるし、そもそも村の外での評価を考えると、そりゃあグレートホーンの肉の方が圧倒的に希少だろう。
だがそんな事はどうでもいいのだ。
人の出入りが少ないこの村の社会は、今のところは村の中だけでほぼ完結してる。
この酒とグレートホーンの肉を比べる者は、ここにいる村人達だけなので、我々の評価こそが唯一無二だった。
あぁ、こんな風に言えるのも今だけなんだろうけれど、それでも今、この瞬間くらいは、この村を誇りたいと思う。
私も、ちょっと酔いが回ってきているのかもしれない。
人間の姿で祭りに参加している竜はそんな私達の気持ちを知ってか知らずか、何時もよりも上機嫌で、楽しそうに、麦の酒が入ったジョッキを呷っていた。




