13
秋が終われば冬が来る。
冬には麦の種蒔きが待っていて、今年は思い切って麦畑を広げたから、その種蒔きも大仕事だった。
けれどもその大仕事も、村の人口が増えたからこそだと思えば、不思議と楽しく感じるものだ。
この頃には村の建設も終わりが見えていて、春が来れば次はいよいよグレートホーンを家畜化する牧場と、それから最寄りの町までの道を整備しようと、村の外にも目が向き始めた。
村は順調に大きくなっている。
今年も、竜は魔物の素材を竜爵の税として王国に持って行っていき、国王から感謝の言葉を貰ったそうだ。
但し他国との問題はあまり起こさないでくれとも釘を刺されたらしいから、やはりあの子供達を連れてきた件は、王国に対しての借りになっていた。
尤もそれを返すのは竜だろうから、私が気にしたところで仕方がないのだが。
さて、そんな冬のある日。
医者のホリスと薬師のトルドネが私のところにやって来て、
「セバスチャン殿、どうかあのお山から、銀華草を取って来てはくれませんでしょうか?」
……と、そんな事を言って、揃って頭を下げる。
いや、なんで私が冬の山なんて危険な場所に行って、その銀華草とやらを獲ってこなければならないのだろう?
意図が掴めずに首を傾げると、
「銀華草というのは、冬に高い山で、雪に紛れるようにして銀色の花を咲かせる植物なのですが、花が咲く前の、蕾が高い薬効を持つ薬となるのです」
薬師のトルドネが朗々と、まるで詩を諳んじるかのように、銀華草の説明を語ってくれる。
どうやら、彼も魔物の研究者であるホーレンと同じく、己の専門分野が絡むと一癖も二癖も出てくる人物だった模様。
しかし今の説明だと、余計に冬の山にその銀華草を取りに行く理由がわからない。
今の花が咲いた時期だと、薬効を持つ薬にはならないんじゃないだろうか。
「はい、そうです。ですが今の時期の銀華草からは種が得られます。その種さえあれば、私が作ってる薬草畑で、山に生えるものよりは効果は劣るでしょうが、銀華草を育てる事ができるのです!」
あぁ、なるほど、種を得られれば、薬が必要な時にわざわざ危険な山に登る必要がなくなる。
私はその銀華草とやらが何の病に効くのかは知らないが、病への対処は早ければ早い方が良いという事は知っていた。
場合によってはその薬草の栽培で、救われる命もあるかもしれない。
「ですが冬の銀華草を見付け出す事は難しく、そして冬の山は危険が大きい。故に銀華草の種を得られたという事例は少なく、私が知る限りではかなり昔に冒険者が命懸けで手に入れた冬の銀華草から得られた種が、とある僧院で守られ、大切に育てられているそうです」
確かに真っ白な雪の積もった山で、銀色の花を探すというのは厄介だ。
銀色の花が視認しにくいのはもちろんだが、足場の悪さに加えて、冬にのみ活動している魔物というのも存在していた。
また場合によっては、雪崩だって起きるかもしれない。
銀華草が世に出回っていないというのも納得ができた。
でも、そういえばとある僧院で作られた秘薬が、あらゆる病に効くとして高値で出回っているというのは、私も小耳にはさんだ事がある。
そもそも出回ってる大半が偽物だというから、薬を高く売る為の商人のホラ話の類だと思っていたが、もしかしてあれが銀華草なんだろうか。
「けれども竜の力を借りれたなら、冬の山で銀華草を探す事もできるでしょう。……なので私とホリス師でグラファール様にお願いしたのですが、『竜は己が認めた者しかその背に乗せん。だから王の頼みも断ったばかりだ』等と言われてしまいまして」
困ったようなトルドネの言葉に、私は思わず眩暈を感じた。
最近、どうにも眩暈が多い。
もう年だろうか。
寧ろ私こそ、トルドネやホリスに薬を出して貰った方が良い気もする。
……はぁ、まさか竜が、国王陛下の頼みを断っていたなんて。
私の事は、あんなに強引な形で背に乗せて空を飛ばせたというのに。
だがその言葉で、どうして二人が私に銀華草を取って来てくれたの頼んだのか、その理由は理解ができた。
確かにこの辺りは竜の影響で生息する魔物は大して強くないものばかりだし、その背に乗って山の上に直接行けば、雪に閉ざされた山道も障害にならない。
「だから唯一竜に認められたセバスチャン殿に、銀華草を採取してきて欲しいのです。上手く行けば、村の特産品が増える事にもなるでしょう。ですので、どうか、なにとぞ、お願いします」
そう言って、並んで頭を下げるトルドネとホリスに、私は深々と溜息を吐く。
これはどうやら、……断れそうにはない。
また竜の背に乗って空を飛び、山に行くのなんて真っ平なのに、薬に対して詳しくない私でもその有用性が薄っすらと伝わるくらいに、トルドネとホリスからは熱意を感じる。
少しでも前向きになれる事を考えるなら、……特産品か。
村に特産品が増えれば、そりゃあ嬉しい。
銀華草の性質上、種が流出しないように慎重に管理すれば、他では殆ど真似されない、優秀な特産品になりそうだ。
ならば、まぁ、やるしかなかった。
何で私が?という気持ちはどうやっても消えそうにないけれど。
「さぁ、行くぞ。セバスチャン!」
防寒具をしっかりと着込んだ私は、嬉し気に張り切る竜の背に乗り、大空へと飛び上がる。
今回は何が起きるかわからないので、念の為に遺言状は残してきた。
「心配せずとも、俺が付いているんだから、万に一つも事故は起きん。それに今回の件は、村の為になるのだろう?」
なんて風に竜は言うが、……だったらそもそも私じゃなくて、トルドネやホリスを乗せてくれれば話は早かったのに。
大体、何で私なのか。
百歩譲って、セバスチャンという名を与えられて家令にされた事は、まぁ、理解ができる。
あの場所で、村長である私以外に、竜と話せた者はいなかったから。
「別に私じゃなくても良かったでしょう?」
だが背に乗せて貰える程に、認められた覚えはないのだ。
まして、竜は国王陛下ですら、背に乗せる事を拒んだというのに。
あの子供達の件で王国に、つまりは国王陛下に借りを作っておきながら。
……本当に、よく断れたな。
流石は竜と言うべきか、面の皮、というか面の鱗が非常に分厚い。
「まぁ、そうだな。確かにお前を背に乗せるのは、単なる俺の贔屓だ。でもセバスチャン、お前を認めてるのは本当だぞ」
ぼやいた私に、竜は少し笑って、それが単なる贔屓であると認める。
その贔屓の結果が空の上に連れ出される事になるなら、そんな贔屓はあまり嬉しくないのだけれど……。
「最初にお前を家令に指名したのは、俺と向き合える覚悟を持っていて、あの村で一番優れた人間に見えたからだが、あれから多くの人間を知って、王都で王族貴族も観察して、理解した」
黙る私に、けれども竜は機嫌が良さそうに、そんな事を語り出す。
確かに竜は、出会った当初に比べると、多くの人を見て、知り、人間についての理解を深めたように思う。
特にこの国で最も人が多く、それ故に優れた人間も数多いだろう王都にだって、竜は何度も行ってた。
「最初に俺が思った以上に、寧ろ小さな開拓村の村長に収まっていたのが不思議なくらいに、お前は有能な人間だと。王都でも、お前と同等の才覚を持った人間はそうは見かけなかった」
ただ王都に行ってまで出した結論がそれなら、竜の人を見る目は節穴だろう。
私は所詮、竜の背中に乗る事も怖いと思う程度の人間である。
「だから私は不思議に思う。セバスチャン、お前は一体何者だ? 何があって、あの小さな開拓村にお前のような人間がいた?」
以前に竜の背に乗ったのは初夏の夕暮れだったが、冬の昼間の空は、また見え方が全く違う。
なんと言えばいいのだろうか、空気がどこまでも透き通っていて、遠くまでよく見える。
目的地は、村からも見える竜が住む山だ。
竜の背中に乗れって空を行けば、そこに辿り着くのはあっという間で、私が質問に答える前に、竜は高度を下げて着地の体勢に入った。
地面に降りていく瞬間は、空に舞い上がる時とはまた別種の怖さがある。
何しろ空を飛べぬ私には、それが降りているのか、落ちているのか、全く区別が付かないからだ。
そんな怖さの中で私にできるのは、なるべく身を低くして、万が一に備える事のみ。
当然ながら質問に答えるどころじゃないし、……かといって落ち着いた状況でも、恐らく答えはしなかっただろう。
わざわざ竜の棲む山の麓に開拓村を作ろうとする人間なんて、誰も彼もが訳アリに決まってる。
私だってそうだった。
確かに私は、若い頃に色々と学びや、経験を得る機会があったが、結局は開拓村で村長をやらざる得なかった人間だ。
竜が言うような、大層な何者かでは決してない。
そもそも私に質問をした竜だって、人間としてどういう経歴を辿ったかなんて、恐らく然程の興味はないだろう。
貴族だって商人だって職人だって、もっと言えば奴隷だったとしても、竜にとっては結局のところは人間だ。
竜と人間の違いに比べれば、何者であっても大差はなかった。
そして雪の上に、竜はふわりと、まるで巨体の重さがないかのように静かに、足をつけて着地する。
けれどもそれでも、竜の発する圧力を感じ取ったのだろう。
雪に紛れて隠れていた魔物が、一目散に遠くへ逃げていく。
大して強くない魔物ではあったけれど、それでも雪に紛れて不意打ちを喰らえば、大怪我を負う可能性はあった。
しかし隠れ潜んで襲ってくるどころか、一目散に逃げ出すとなると……。
私が思う以上に、竜は魔物に恐れられているらしい。
あぁ、確かに、竜がいればこの雪山でも、寒さ以外は問題がなさそうだ。
私はそう納得し、冷たい風に身を震わせながら、雪に紛れる銀華草を探し始めた。




