5話 この世界に母は存在しない
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(そろそろ生まれる準備をしなきゃ。この金平糖の中でこれからの僕がどんな風に育つのかを、大まかな方向性を決めるっぽい。僕の覚えている知識と照合すると、これはキャラメイクってやつに似ているね)
この世界の赤子は、ある程度本能が望む意思に応じた肉体や能力で生まれることができる。
セカイ様が言うには、そのものが本来持つ、資質、才能、願望、そして魂などを考慮しながら、この世界で生きる上で最適化された生物となるそうだ。
(もう、さっきからうるさいなあ……)
気にしないようにしていたが、実は今まで僕の本能は、強烈に「強く!」とか「奪え!」とか「殺せ!」とか、物騒なことばかり騒いでいた。きっとそういう形に生まれたいと本能が望んでいるからだろう。
でもさ、本能といっても、僕はまだ生まれていないんだよ。だから、これは僕の本能ではなく、僕を生んだ両親の願いや想いが本能として現れているだけじゃないかな。
この世界の生命の誕生の仕方は前世とは全然違い、セックスで生まれたわけじゃないが……それでもきっとそうだと思う。
普通の赤子はこの本能の通りに自らの姿を望むはずだ。
でも……
(本能、一旦黙ってて。そういうの、ときめかないんだよ)
ようやく意識がはっきりしてきたところなんだからさ。
本能を黙らせたところで、とりあえず、現状を整理しよう。
(僕はセカイ様との話し合いを覚えている。あの悪巧みの計画だって覚えたまんま。ちゃんと僕のそばにはセカイ様のウロコもあるし、完璧だ)
セカイ様が漏らしちゃった話の中には、生きる上で重要な話もたくさんあった。これはかなりのアドバンテージがあるといえるだろう。
(でも、やっぱり記憶は思い出せない。セカイ様の言うとおり、前世のことは九割九分忘れてしまったみたいだね)
地球から転生したことや、前世から持っていた理由のない欲望なんかは覚えていても、前世の僕の名前や過去、両親の顔などは全く出てこない。
僕の中の物語だけが、ごっそり消えてしまった。
(ん? この記憶は……?)
だが、深く探せば、まだ僕の中にも一つだけ物語の欠片が残っていた。
(僕の前世は、綺麗なドレスを着て、夜の仕事をしていた……?)
うん、そうだ。僕は推しのいる世界に飛び込むように、そんなことをしていたんだ。
薄っすらとだが、覚えていることがあったのが嬉しい。
(そうだそうだ。そして僕は、推しからこんな言葉をかけられたんだ)
『女性には最強無敵の必殺技があるの。さしすせそっていう魔法があってね。それさえ覚えておけば、絶対大丈夫だから』
なるほど。前の世界には最強無敵の必殺技があるのか。まさしくこれも「色」だ。
さしすせそがどんな内容かは具体的に思い出せないが、参考にしよう。だって、推しの金言だからね。
……でも、僕はこれから男として生まれてくる気がするぞ?
ま、いいや。細かいことは気にしなーい。
(確かにエピソード記憶は忘れてしまったけど、理由のない欲求は色濃く残っているみたいだ)
きっとこの欲求は、僕の中に強く鎮座する芯のようなものだから、しっかり残っているのだろう。
男として生まれたいとか、推しのようになりたいとか、ときめきが大事なこととか、そういうの。エピソード記憶がないので、なぜそんな欲求を持っているのかは不明だけど。
それでもこの欲求は大事にしたほうがいい気がする。本当に何となくだけど、これを忘れると、僕が僕でなくなってしまう気がするんだ。
(さて、色々大事なことも思い出せたし、なにより考えるのに飽きちゃった。さっさと生まれる前の準備を終わらせよう)
本能は力を望んでいるけど、僕は正直力なんてどうだっていい。
望むのは、セカイ様に喜んでもらう力だ。そのために必要な情報は、充分にセカイ様が漏らしてくれている。
あ、でも、とりあえず、さしすせそという魔法を使うためには、魔力は最低限必要だよね。
他には、美味しいものを食べたいとか、おしゃれしたいとか、グラマラスな美女とキャッキャウフフしたいとか、あの悪巧みを叶える力とか、そういう僕の全ての欲望を叶えてくれる能力がいいな。
(確かセカイ様の説明に、魔力はふわふわしたイメージや望みを汲み取る力があるって言ってたし、具体的に力のイメージがなくとも、魔力さんが補完してくれるよね)
ってことで、そういうのが全て叶う能力で、なんとかオナシャス!
っと、そろそろ生まれるみたいだ。
キラキラと金平糖が光り輝き、その光の粒子が僕の輪郭をなぞり始める。
自分の卵の殻を吸収し、僕の力に変えていく。
この過酷な世界で生きられるように最適化されながら、それでいて僕の欲望を叶えてくれる姿へとどんどん形作られていき――
光が収まった後。そこには驚くほど白い、小さな子供の姿があった。そう、これが僕だ。
薄い水色の、大きめの瞳が世界を映す。背中には、小さめの羽が申し訳程度に生えている。若干女顔で、モチモチとした頬袋がほっぺに愛らしく張り付いている。
……えと、なんで頬袋があるんだろう? まあいいけど。
とりあえず、僕は見るからに「ザ・ショタ天使」って感じだね。
おっ、ちゃんとセカイ様のウロコも手に持っている。よしよし。
「うーん、ここ、重力がかなり強い気がする。吹いてくる風も重く、不思議と肌にピリピリくる。それに、土が鋼鉄みたいに硬い」
そんな土から針金みたいに硬そうな木が何本も生えている。枝葉ですら刃物のように鋭そうだ。僕の柔肌では、触れるだけで切れちゃいそう。
この世界でも自然というのはたくましいみたい。っていうか、この世界は自然ですら凶悪ってことかな。
「どうやら自然と夜目が利いているみたいだね。見渡す限り闇なのに、ある程度見える」
そんな真っ暗な世界で僕は薄く発光しているので、かなり目立つ。
っと、そんなことより。
何故か僕の姿を見てから、蛮族系お姉さんは立ち尽くして動かない。
そんな彼女に向かって、僕は吸い込まれるようにピタッと抱きついた。
(ママー! これからよろしくね!!!)
僕は天使の生まれ持ったテレパシー能力で挨拶しながら、上目遣いで見上げる。
おっと、あの金平糖の触り方が優しかったせいで、初めて会った女性なのにママと呼んでしまった。
ま、いいや。
ん?
……ママか。
ほうほうほう。
案外それ、いいかも?
本来この世界では赤子であろうと誰であろうと、一人で生きていくのが普通だ。目と目が合えば殺し合いが始まるのが常識の世界では、一人でいることが生きる上での当たり前となるのも自然だろう。
でも、僕はそんな気はさらさらない。だって一人は寂しいじゃん。
そしてなにより、そんな殺伐とした世界で、あのお姉さんは僕を害さなかった。
自らの生存戦略的に、他の生き物は徹底的に潰す。それがこの世界では正しいのにも関わらず、彼女の僕を見る目や手つきはひたすらに優しかった。
しかも抱きついてみた感じ、鋼鉄にでも抱きついているのかってくらい肉体は固く鍛え上げられており、感じる生命力がパワースポットってくらい力強い。
僕は力を望まなかったので、守ってもらわなきゃ生きていけない。彼女は見た目も覇王のようだし、この世界でも相当強いこと間違いないね。
「ってことで改めて……お姉さん! 僕のママになって!!!」
「!?!?!?!?」
あっ、僕のママが、何かに撃ち抜かれたみたいにおののいてる。かんわいい。




