4話 この世界に安全は存在しない
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僕はこの世界についてのかなり長い説明を受けた。難しい話も多かったが、推しの金言だ。僕なりに必死に聞いて、メモも借りて、頭に叩き込んだ。
「あれ? 結局のところ、神力なしでも世界は運営できるの?」
「ああ、神力とはただの都合のいい無限の力じゃ。同時に創造神にとってはお金のようなもの。簡単に言えば、あの創造神はこの世界に大量のお金を費やしたのにも関わらず、リターンがほぼなかったのじゃ。それでたまらず廃棄したというわけじゃな」
「そうなんだ! でもさ、無限の力がなかったら困らない? 世界が滅びちゃわないの?」
「なあに、お主が心配するようなことではない。最低限あと千年は世界を維持するつもりじゃ。ワシの命に変えてもな」
「さすがー」
「ふふふっ……っと、また余計なことを話してしもうた。本来、いち魂にこんな話を本来すべきじゃないんじゃがのう。まあ、次のお主は忘れているはずじゃから、大丈夫じゃと思うが……」
このように、おじじは何度も「色」を僕に漏らしてくれた。ああ、色ってのは僕の作った造語ね。
色――それは、人が長い人生の中で見つけ出した“自分だけの答え”みたいなものだ。
上手く生きるコツかもしれない。戦い方かもしれない。誰にも言っていない信念かもしれない。失敗を繰り返した末に辿り着いた秘密の裏技や、人生を変えた考え方かもしれない。
極意、奥義、秘伝、哲学、処世術。そういうもの全部を、僕はまとめて「色」と呼んでいる。
人生経験によって見つけ出したその人独自の、心に秘めたそれぞれの色。間違っていようが、真実だろうが、どんな色でもとても魅力的だ。
だから僕は色を聞き出すのが何より大好きなんだ。
「にゅふふふふ」
きっとおじじが僕に話してはいけないはずの色を教えてくれたのは、お話を聞く時の僕の態度がとても楽しそうだったからだろう。つい口の滑りがよくなっちゃったんだね。
でも、そんなセカイ様のうっかりのおかげで、僕はちょっとした「目標」まで思いついちゃった。
目標と言うか、悪巧みというか……
うん、多分できると思うんだ。
「さて、かなり余計なことも話してしまったが、これで説明は終わりじゃ。最後に何か質問はあるかの?」
「えっと、ここでの記憶も消えるんだよね?」
「ほぼ消えるであろう。お主がこの世界の輪廻の輪に飲み込まれれば、おそらく九割九分記憶は消える。逆に言えば、少しだけ前世の記憶が残ってしまうのじゃ。お主には申し訳ないがの」
なにせこの世界の輪廻の輪はまだまだ未熟で不完全じゃからの、と、セカイ様は力なく呟いた。
「それはこっちとしても好都合だから大丈夫。じゃあ、その残った記憶を前もって選ぶことはできない?」
「残念じゃが、そのようなことはできん。ワシに力があればできたかもしれぬが……すまぬ」
じゃあ、メモの最後の目標の欄に、「もしこの記憶を覚えていたら」と付け足そう。
「ねえ、セカイ様。チートはあげたくてもあげられないって言ったよね。じゃあさ、チート代わりに、セカイ様の抜け落ちたウロコ、一枚頂戴?」
「ふむ、その程度のことなら造作もないが……抜け落ちたウロコには、大した力もないぞ?」
「ふふっ、それでいいんだよ!」
話を聞く限り、生まれ変わった僕に持たせることは可能らしい。じゃあ、なんとなく思い描いている悪巧みの計画の完遂に一歩前進だ。
「うん、もう質問も思いつかないし……セカイ様! 行ってくるね!」
「ああ、お主の次の人生に幸あれ」
さあ、レッツラゴー。
僕は透明な川のような見た目の、輪廻の輪の流れに乗る。
空に浮かぶ雲になったように、ふわふわ、ふわふわ。どんどん意識が溶けていく――
「――って、あの創造神の野郎! なんてことをしやがる!」
ん? セカイ様の慌てている声?
どんぶらこと流れに乗りながら、僕はできる限り耳を傾ける。
「この世界への追い打ちとして、禁忌である暴食の虫魔王を差し向け……」
そこで僕の魂は遥か遠くへ流れていってしまい、声が聞こえなくなった。
次第に僕は輪廻の輪の深くに飲み込まれていった。意識の輪郭がゆっくり溶けていくのを感じる。とろとろと僕が僕でなくなっていく。何にも考えられないほど気持ちいい。
それでも僕は強く願う。
「セカイ様との会話の記憶だけは消えてくれるな」と、強く。強く――
【もしこの記憶を覚えていたら、やりたいこと!】
・刈り上げ君をぶっ殺して、セカイ様の肥料にする!
・ボロボロのセカイ様の傷を治し、完全復活させる!
◆
ふわふわとしたまどろみの中、僕は「僕だけの国」で目を覚ます。
視界に映るのは前も見えないほど暗く、深く、淀んだ森の中だ。
ええっと……うん、なるほど。
こんな状況でもあるけど、すぐに半分くらい現状を理解できた。
(とりあえず、僕はもうすぐ生まれるんだね)
僕は今、小さくて透明な卵の殻の中にいる。
卵の形は大きな金平糖っぽい。これがこの世界の一般的な卵の形だ。
ただ、一般的じゃないところもある。何故か僕の卵は薄く発光しているのだ。
……おかしい。本来卵は外敵から身を守るため、周囲の闇に紛れてこっそり孵化するはず。
そのせいだろうか。卵の中から周囲を見ると、蛮族みたいな格好のお姉さんが、生まれる前の僕を不思議そうに覗き込んでいた。
大きい。二メートルくらいありそうだ。
(って、あれ? ここは僕だけの“縄張り”のはずなのに……もしかして今、大ピンチ……?)
縄張り――誰もが持つ、自分の魔力を染み込ませた領域。そこは自分の「第二の身体」みたいなもので、この世界なら僕のような生まれる未満の者ですら作ることは容易だ。
安全な孵化のため、新たな生命は誰の縄張りでもない場所を「巣」として選び、小さな縄張りを作って、そこで安全に生まれてくる。
他人の縄張りは他人の身体の中に踏み込むようなもの。だから縄張りに入るという行為は、それだけで警戒や敵意を意味する。
はずなんだけど……話が違うんですが??
(いや、なんでかは分からないけど、なんか大丈夫そうだぞ?)
あのお姉さんは僕を害するつもりは全くなさそうだ。僕を覗き込む手つきがひたすらに優しい。きっと僕の卵が宝石のように輝くのが珍しいので、不思議そうに観察しているだけだろう。
安全なら、もう少しゆっくり思考を整理しようかな。今の僕、目覚めたばっかりで思考がふわふわだしね。
(えと、卵の中の今の僕の姿は……これは、魔力の塊? うん、自分のことだからか、見えなくても分かる)
母と父の魔力が混じり合い、それが人を形作る前。丸くてふわふわで形があるようでない、そんな姿。
そしてこれも本能的に分かるんだけど、僕は天使族の男として生まれてくるっぽい。男として生まれたかったから、ラッキー。
(って、僕、前世の望みを覚えてるじゃん! ほとんど忘れてしまったけど、セカイ様との会話だけは鮮明に思い出せるぞ!)
これはデカい!
多分だけど、「セカイ様との会話の記憶は消えてくれるな」と強く願いながら輪廻の輪に入ったのが良かったんだと思う。
いやあ、あの時、なんとなくそうした方が良いと思ったんだよね。
今の僕はエピソード記憶は忘れてしまったけれど、意味記憶は覚えている状態だ。言葉は分かる。意味も理解できる。でも、それにまつわる思い出が、綺麗さっぱり抜け落ちている――そんな状態。
そのせいかは分からないけど、僕は僕のままだ。
これは嬉しい。記憶を忘れてしまったからなんでかは分からないけど、僕はそうなることを強く望んでいた。にゅふふふふ、嬉しいなあ。
さてと、嬉しい発見があったのはいいが、今は前世のことはいったん後回しにしよう。徐々にはっきりしてきたとはいえ、まだ僕の意識は完全に覚醒していない。大事なことこそ、もっと意識がはっきりしてから考えた方がいいはずだ。
で、だ。僕を覗き込んでいるあの女性は……誰だろう?
(うーん、どこの覇王? って佇まいだけど……いや、よく見るとグラマラスで可愛い……?)
あのお姉さんには、大きな二枚の羽と、頭には天使の輪っか(?)が浮いている。輪っかは輪っかだけど、チャクラムみたいに切れ味がやたら鋭そうだ。
顔に斜めに切られたような大きな傷跡があり、力強い三白眼に、体つきまでムキムキ。ものすごくトゲトゲした植物でできた衣服で大事な部分だけを隠したような、ワイルドな姿が視認できた。
(でも、あの髪に申し訳程度に付けてる小さな花、あれはきっと、どうおしゃれしたらいいか分からない女性が、頑張っておしゃれしてみた時の姿だ! 僕には分かる!)
おしゃれの仕方には「色」が出る。そういう努力の跡が見える女性、とってもいいと思います。
改めて見ると、三白眼気味な真っ赤な目も、白髪に毛先だけ淡いピンクが混じった髪も、ふぁっさふぁっさと楽しそうに揺れる大きな羽も、とっても素敵に見えてきた。
(天使って種族のはずだけど……目つきの悪さや佇まいから、悪党にしか見えない)
でも僕、そういう悪そうな美女、結構好きなんだよね。にゅふふふふ。
あのお姉さんは、おそらく好奇心旺盛なタイプだ。僕の卵がこんなにキラキラしていることが不思議で仕方ないといった様子だからね。
なんでキラキラしているのかは僕にも分からないけど……いや、多分だけど、僕に危機感が全くないから、こんな呑気にキラキラしてるんだろうな。
あぅ、お姉さん、持ち上げて下から覗き込んでも、何も分からないと思うよ。
あっ、今わずかに笑った。可愛い!




