32話 この世界に娯楽は存在しない
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僕の頭の中で、様々な思念が光の粒子となって、支離滅裂に駆け巡っていた。
性別とは可能性だ。ときめきは指針だ。女はとびっきりの才能だ。恋は美しい地獄の入口だ。世界の半分は闇だ。僕は前世に不満があったわけじゃないけど、もっともっと輝けた。僕は才能を含めた僕自身が大好きだ。僕は自分を卑下しない。マイペースなのは才能を信じたからだ。今日で誰にも言えなかった僕の小さな願いが叶う。
こんなぐちゃぐちゃな光の粒子達をまとめ上げ、一つの解を導く。
その先に見えたのが――極致。前世の僕が見つけた、最後の「色」だ。
「大丈夫。怖いけど、それと同じくらい、ワクワクしてる。最後まで笑顔で世界征服してあげるからね」
世界征服とは“爆発的な流行”から始まると僕は思うんだ。そして流行から定着に変わると、完全に世界征服の達成だ。
だから今日、僕は爆発的な流行を引き起こすつもりだ。
「…………うん」
夜空に浮かぶ僕を、天使族のみんなが見上げている。
(昨日はいっぱい寝たし、ママが作ってくれた美味しい料理もいっぱい食べた。じいじにも頑張れと頭を撫でられたし、ルナは常に僕のことを心底信頼している。コンディションは完璧)
ふぅー。 ……よし。
さあ、後はもう前に進むだけだ。
――世界一美しい世界征服を始めよう。
「さしすせそ魔法、奥義・人生最大の娯楽の世界。展開!」
【さ】
【し】
【す】
【せ】
【そ】
さしすせそ魔法の奥義。それはこの世界全体へ届くメッセージ。
今宵、夜空に浮かぶあの月のような衛星は「スクリーン」となる。僕の姿と思いは、不吉の象徴であった衛星を通し、全ての人種に伝わるはずだ。
まずは前座。奥義発動のための準備だ。
「【さ】最高に
【し】幸せで
【す】素敵な
【せ】世界を
【そ】創世せよ」
僕は舞う。序盤はゆっくりと、この天使族の身体を活かした、僕にしかできない僕らしい舞い。
舞いとは、見る者の心を掴む。僕が舞えば、魔力もみんなも自然も空間も世界も、全てが僕の味方だ。
舞いで世界に指し示せ。戦い以外にも魅力的なことはたくさんあるんだと教えるんだ。
この舞いで、迷子の人々を導き照らす。
事前詠唱は終わった。ここから、ここから僕は世界へ発信する。
届け――
「【さ】酒」
酒は人生に解放感をもたらす。
理性の枷を緩めることに、人は喜びを見出すのだ。
「【し】仕事」
仕事は人生に達成感をもたらす。
積み重ねた努力が結果となり帰ってくることに、人は喜びを見出すのだ。
「【す】スリル」
スリルは人生に高揚感をもたらす。
危険と隣り合わせの一瞬に、生を強く実感することに、人は喜びを見出すのだ。
「【せ】セックス」
セックスは人生に充足感をもたらす。
他者と深く繋がり、満たされる感覚そのものに、人は喜びを見出すのだ。
「【そ】創作」
創作は人生に満足感をもたらす。
内側にしかなかったものが形になることに、人は喜びを見出すのだ。
この五つは、僕が考える最強の娯楽だ。
僕の舞とともに、この概念を世界に奉納し、人々に刻み込む。持っている知識を総動員し、全部ひっくるめ、大量の知識を全ての人種に詰め込む。
戦い以外に何をしたらいいのか分からない迷子の戦士達へ。力の使い方の方向性は、こんなにあるんだ。いつしかこれらが、戦いの代わりに大流行することを願って。
同時に天使族という成功例があるということも伝える。
戦いは終わった。もう仲良くできるんだ。天使族はできた。他の大陸の人種だってできるはずだ。
この奥義が波紋となり、世界は揺れる。今日をもって世界は少し前に進むだろう。
舞う。まだまだ舞う。僕は舞い続ける――
どうしてだろう。舞っている時が一番、僕は前世の自分と深くつながることができる。
そんなの疑問に思うまでもない。舞いが前世の僕にとって、とても馴染み深かったからだ。振り付け一つ一つが懐かしく、その度に僕は前世の人生を感じ入る。
舞うことで僕は世界を超える。覚えていないはずの前世の僕の思いを汲み取ることができる。
前世の僕は凄い人だったんだと思う。それこそ、僕の想像以上に。
(それはなぜか。なぜ前世の僕はすごかったのか。人と何が違ったのか)
舞っているからだろう、いつもより頭が鮮明だ。最初から知っていたかのように、答えが僕の中できらめいている。
舞う。僕は舞う。舞い続ける。
魔力によって浮かせた光の粒子を自由自在に纏い、どの角度から見ても美しくなるように。
楽しい。僕は今、楽しい!
(前世の僕は魂の使い方がうまかったんだ。おそらく、生きていた頃からずっと)
そんなことあり得たのか? あり得たのだろう。それほどの天才だっただけだ。前世の僕は、常人では見えないものが見えていたはずだ。
記憶の残った魂は、自然と資質が引き継がれる。だから僕は容易く魂力を習得できた。魂に関するとんでもない才能が引き継がれていたから。
僕は舞う。流れる汗すらダイヤモンドのように。笑顔一つで人々を魅了させる。指先一つ、瞬き一つ、羽の震わせ方一つ、魂のきらめきすらも自在にコントロールして、魅せる。
楽しい。僕は今、すっごく楽しい!
(僕にとってこの程度のこと、あまりに簡単だ。だって、持っている才能をなぞっているだけでいいのだから)
全てが一つになる感覚。誰もが僕の味方だ。僕の前には光しか見えない。果てしない栄光の道を舞い進む。誰もが僕に魅了されている。成功は約束されているだろう。ああ、最高。最高だ。
そんな楽しい舞いの中、僕は自分に問いかける。
――本当にこんな舞いで満足できるのか。
僕は何のために男になりたかったのか。
もちろんグラマラスな美女とキャッキャウフフしたいという欲があるというのも大きい。けれど、それだけじゃない。
そんな欲望のためだけに僕は女に生まれるという「とびっきりの才能」を捨てたわけじゃないんだ。
「僕は冒険がしたい!!!」
僕は冒険をするために男になることを望んだんだ。約束された成功を目指すためじゃない。誰も見たことのない成功を掴み取るために男に生まれたかったんだ。
前世ではとびっきりの才能に従い、トップに駆け上り、そこで自分の応用力を使い魅力をいろいろな角度で見せ、飽きさせずにその立場を維持した。才能が正解を教えてくれる僕には、女として完成することはさほど難しくなかった。
『みんな。しょうもない恋人なんて捨てて、僕を選んで。さあ、僕に堕ちて? 僕がみんなを愛してあげる』
高みに立ち、本気でそう発信した。きっかけは僕の知り合いに付き合ったくせに相手に餌を与えないクソみたいな彼氏や彼女がいたからとか、愛に不誠実な人が多かったとか、そんな些細なことだったと思う。
僕の影響で社会は大きく揺れた。愛に不誠実な奴らの脳を自身の溢れんばかりの魅力で変容させる。これが僕なりの小さな世界征服だった。それができるほど僕の魅力はとんでもなかった。
そうやってやりすぎってくらい大きな騒動を起こし、その結果を見て――そこで初めて気づいたんだ。
『これでも、僕はまだ半分しか輝いていない』
完成された気がしていたけど、僕はまだまだ輝けると。
確かに僕は女としては完成されていた。けれど、男としては完成されていなかった。バカな考えって思うかな? でもさ、本気でそう思ってたんだ。
盲点だった。女にも男の心はあるというのに、自分が女というだけで、大きな可能性を見逃していたのだから。
そうだ、それなら、これからはもっと泥臭く挑戦しよう。挫折して、無茶して、冒険する。バカで無茶で哀れ愚か無鉄砲に。
『男の子はみんな冒険家なんだよ。男の子は自分が完成することよりも、不完全でも前に進む道を選ぶ、とってもキュートな生き物なんだ』
これは誰の言葉だったのだろう。覚えているということは、推しの言葉のはずだ。
そんな冒険の中、成果を勝ち取る、それが男の子の当たり前。これからはそんな生き方をすればいい。そうすれば僕はもっと輝けるはず!
ただ――僕は才能込みの自分を心底愛していた。
僕は自分の才能を否定することができない。才能を大事にしつつ、才能を捨てるなんて不可能だった。
見えた「色」には手が届かない。だから僕はその仕事を引退した――
でも……今ならどうだ。男の今ならば、その矛盾した極致へ至れるのではないだろうか?
「僕は冒険がしたい! もっともっと輝きたい!」
そもそもだ。僕の推し達だって、みんな冒険している。
茨の道を笑顔で乗り越え、たくさん苦しんで、それでも笑顔で、それでも強く生きる人が僕には鮮やかに見えた。だから僕は強烈に惹かれたんだ。
そんな人生、前世でもできなかった。今世でもできていない。だからこそ、今日が一歩目だ。
とびっきりの才能? 黙ってろ。才能をなぞるなんてつまんねえんだよ。才能なんてちっぽけなもの、捨ててしまえ。
でも、僕が大きくなったら、後で丁寧に拾い上げてやる。成果を得たらちゃんと帰ってくるから心配はするな。
「さあ、もっともっと、舞うよ! 僕は前に進む。みんなも僕についてこい!! そして、みんなでこの世界をもっとよくしていこうぜ!!」
今から僕は僕のやりたいように舞う。どれだけ醜くとも、僕は冒険する。
さあ、殻を破れ。前世を超えろ。限界を超えろ。小さく完成するな。大きく、もっと大きく! もっと先へ! 想像もできないような、見たこともない世界へ!
…………ははっ。
苦しい。すっごく苦しいな、はははっ。
それでも僕は舞う。舞う、舞う。
朝日が昇るまで、僕は舞い続けた。




