29話 この世界に犬の芸は存在しない
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「ほら雪まろ! ちゅ~!」
僕達は家に帰ってからしばらく、雪まろと遊びまくっていた。今はルナがなんとかしてちゅ~という芸を覚えさせようとしている。
ちゅ~っていうのはあれね。口づけのことね。いやまあ、正確には狼だから鼻づけ? ま、そんな細かいことはどうでもいいや。
「ほら、雪まろ、ちゅ~だよ。ちゅ~!」
雪まろはルナの指示にぷいと横を向いて知らんぷり。
雪まろはお犬様だ。いや狼だからお狼様? ちょっと言いにくいし、お犬様でいいか。
お犬様なので、あれで案外プライドが高い。ちゅ~なんて余裕でできるが、芸というものをすること自体が嫌なのだろう。
一緒に狩りをするときなどは指示をしっかり聞くので、まあそういうことだ。
「雪まろ、ちゅ~、ほら、ちゅ~!」
ただルナも諦めない。ルナはルナでちゅ~を覚えようが無理だろうが、どっちでもいいのだ。あれ、じゃれ合っているだけだから。
「ほら雪まろ、ちゅ~してくれたら“キラキラ”くれるかもしれないよ! ……カナタお兄ちゃんが」
キラキラ。
その言葉に反応して、雪まろは僕を期待した目で見上げ始めた。それから、小躍りするようにテンション高く跳ね回り、最後はシュタッと僕のそばで小さくおすわりした。
……なるほど。さっきまではギリギリ狼だったのに、今はただのワンコだ。現金なやつめ。
「ねえルナ、勝手に約束しないでよ。キラキラ出すの、結構魔力を使うんだからね。それに、【さ】の方のキラキラ、三日前にもあげたじゃん」
「ええー、だってえ、頬袋にキラキラを詰める雪まろ、可愛いんだもん」
「まあ、それは分かるけども」
「きゅうん、きゅうん」
雪まろが甲高い声で鳴きながら、お腹を見せておねだりする。ひっくり返りながら両方の前足を上下に動かす。そうまでしてキラキラが欲しいようだ。
プライド捨てた姿をルナが指差し、「ほら」とだけ伝える。
ほらって言われましてもねえ。
……こうやってワンコになるの、今だけなんだよなあ。キラキラさえもらえれば、すぐに手を翻して孤高の狼に戻ってしまう。
「まあ、それが分かっていても、そこまでされたらやらざるを得ないんだけどね」
恐ろしき愛玩動物。これがワンコの力か。
「わふっ!」
尻尾をふりふり。くりんとした目はキラッキラ。
「さてその前に、雪まろ、ちゅ~」
僕がそう指示すると、雪まろは僕の鼻に自身の小さく黒い鼻をくっつけた。
ほんのりと濡れた鼻の柔らかい感触が、冷たくて気持ちいい。
「よしよしよし、雪まろは偉いなあ!」
「あっ、ずるい! 雪まろ! ルナには? ほら雪まろ、ちゅ~」
無視。それはもう見事なガン無視である。
雪まろは僕に釘付けだ。
「……へえー。そっちがその気なら、こっちだって考えがあるんだよ。ねえカナタ、【し】のキラキラを出したら、ルナに一旦預けて」
「分かった」
「きゃいん!?」
雪まろはキラキラがすぐにもらえない未来が読めたのだろう。途端にルナに向かってちゅ~をしだした。
「ぐへへへへ、そうそう、それでいいんだよ。流石雪まろ、世界一偉い!」
こんな現金なちゅ~でも、ルナは満足したようだ。
「さて、約束通り、キラキラを作りますか」
ぱぱっとやってしまおう。
「さしすせそ魔法、中級・宝石の世界、展開!」
【さ】さあ始めよう。
【し】真珠のきらめきよ、
【す】透き通る広がりで、
【せ】世界をより輝かせろ。
【そ】創世!
今回は五位一体の魔法、たった一つ真珠を出すためだけに生み出した魔法だ。
それでも、かなりの魔力を消費した。【さ】のサファイアの時も同じだったし、どうやらこの世界の宝石は、何か僕達の知らない使い道があるようだ。
「っと、こんな感じかな。ほら雪まろ、真珠だよ」
「わうわうわう!」
僕の手の上の真珠をパクっとかっさらい、部屋の隅の方で口をモゴモゴさせ始めた。
ものすごい尻尾の振りようだ。ふりっふり、ふりっふり。
それから、頬袋の中で飴を舐めるようにコロコロ転がし、次第にしっくり来る場所を見つけたようだ。
その表情は一仕事やり終えたときのようで、とっても満足そう。
このように、雪まろは宝石がとっても大好きなのだ。
「ふぃー、疲れた」
「おつかれー、カナタお兄ちゃん、ありがとうね」
「うん、別に魔力を消費するだけだから大丈夫。でもあれだね、僕はさしすせそに当てはまる宝石はサファイアと真珠くらいしか知らないから、どうにかしたいね」
サファイアと真珠にも色々種類があるし、大きさなども色々変えられるとはいえ、少しレパートリーの少なさが気になる。
「そうだね。きっとこの世界にも宝石はあるはずだし、今度探してみようかな」
「だね」
そんな話をしていると、玄関の扉が開いた。
「あっ、じいじ、ママ、おかえりー」
「おかえりー」
((ああ、ただいま))
おかえりのハグを交わしたのち、僕はじいじに「どうだった?」と目で質問する。
(カナタに言われた通り、この縄張り周辺のだいたいの地形と、天使族の生存者がいる場所は大まかに覚えてきたぞ)
「おお、ありがと! ってことは、僕が渡した生存者レーダーは役に立ったってことだね」
生存者レーダー。これは僕が【せ】で作った腕時計型羅針盤だ。赤く光る方に一番近くの天使族の縄張りを指し示してくれる。
そうやって空を飛び回った結果、どうやらじいじの縄張りの周囲に十五人ほどの天使族の縄張りが点在していることが判明したそうだ。
「あっ、そうだ。紹介するね。この子はルナのユニークスキルでトモダチになった雪まろ。可愛いでしょ」
「わん!」
雪まろを二人が目にした途端、動きがフリーズした。
数秒後、じいじは何かに打ちのめされたように天を仰ぎながら、天使の輪をギュインギュインさせ、母は天使の羽をふぁっさふぁっさしながら、いち早く正気を取り戻した。
それから母は、雪まろを無言無表情で撫で始める。一通り撫でると、次は雪まろの頬袋をモチモチし始めた。もちもち、もちもち。ただひたすらに頬袋をもちもち。
母の表情は無のままだが、撫でているうちに目だけが爬虫類のように変わっていく。
なんでいつも母は頬袋を触る時、瞳孔がああなるんだろうね。
「ママ、満足した? じゃあ、今日一日は休憩して、明日から天使族の国おこし計画、スタートしよう!」
にゅふふふふ、孤高の天使族共、待っていやがれ。
これから僕達家族が、そっちに行くよ。
カチコミじゃー!
◆
僕達は様々な天使族の縄張りを訪問しに行った。
【さ】「最強っす!」
(ほぬ!?)
ある天使族の戦士は膝から力が抜け、
【し】「信じられない!」
(!!??)
ある天使族の若き天才戦士は呼吸を忘れ、
【す】「崇拝してます!」
(あべし!?)
ある天使族の頭脳派戦士は胸を押さえ、
【せ】「世界一!」
(あ、あひる……)
ある天使族の奇抜な戦士は心臓が爆発し、
【そ】「尊敬してます!」
(ああ、神はここに居た)
ある天使族の仙人は全身を発光させながら僕を拝みだした。
そうやっていくつもの縄張りをカチコミに行き――
………………
…………
……
…
ふっ、天使族の戦士達、他愛もないな。魔力を使うまでもなかったぜ。
ぶっちゃけ武力で言うことを聞かせることもできただろう。じいじがいるので、僕達が負けることは万に一つもない。
でも、それじゃあダメなんだよ。それだと殺し合いばかりだった今までと同じで、セカイ様は喜ばない。求められるのは、無血の勝利。それを可能にするのが、僕のさしすせそ魔法だ。
にしても、やはり前世の推しの教えは偉大だ。
『女性には最強無敵の必殺技があるの。さしすせそっていう魔法があってね。それさえ覚えておけば、絶対大丈夫だから』
思い出した言葉通り、さしすせそは最強無敵だった。前世ではこういう必殺技が当たり前に蔓延っていたっぽいし、日本というのは相当恐ろしい国だったのだろう。絶対そうだ。




