23話 この世界に将棋は存在しない
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月夜。見上げると月のような衛星が薄く黄金に輝いている。
この世界の人はあれを忌み嫌う人も多いが、この時代に生まれた僕は素直に綺麗だと思う。
この世界に朝はない。太陽の役割をする恒星がないからだ。それでもあの衛星は公転しているから、僕はあの衛星が輝いている時を夜だと勝手に決めている。
そんな朝や夜を示してくれる指針であるあの衛星には、現状名前がない。今度なにかいい名前を考えておこう。
なんて、たまには夜空を仰いでみたり。
「ねえじいじ、もう帰ってきてよかったの? ソルに懐かれたんでしょ?」
ソルというのはルナの弟のことだ。じいじが名付けたそうだ。
じいじは本当にあっという間に行って、あっという間に帰ってきた。とう! ってジャンプしてこの世界の裏側まで飛んでいき、その一時間後にはドカーン! と帰ってきた。
分かんないけど、多分じいじの進むスピードは光の早さを超えているんじゃないかな?
(ああ、ワシは加減が下手じゃからの。ソルを殺してしまう前に、テキトーにぶっ飛ばして帰ってきたのじゃ。それに、カナタが恋しくなってしまってのう)
軽くひと撫でし、名を付けて、即帰宅。まさにゲリラじいじ。
にゅふふふふ、ゲリラじいじだって。なんか自分でツボっちゃった。ゲリラじいじ、響きがちょっと面白い。
「わあーい! 僕のために戻ってきてくれたんだ! ゲリラじいじ、大好き!」
(むっほー!)
じいじに抱きつくと、しっかり受け止めてくれる。固く大きくて力強い胸板だ。こうやって全力で甘えられるじいじがいるの、最高に幸せだよね。
さて、ルナの修行が始まって、もう半年ほど経っただろうか。
ルナは僕の実力をあっという間に超えた。元々ポテンシャルは凄まじかったんだ。そうなる未来は見えていた。だから僕がルナの先輩面ができたのは一ヶ月程度だ。その時点で僕の攻撃が通じなくなり、僕では相手にならなくなった。
そうなった場合、僕の戦い方は「戦う気を失せさせる」ことにシフトする。これはある意味どんな強者にも通用する最強の戦法だが、修行という面において明らかに向いていない。だからその時点で僕はお役御免というわけ。
妹に追い抜かれた事実を、僕は驚くほど悲観していない。
だって妹が強くなるのは、僕を守るためなんだもん。僕はそもそも最低限守られるための力を得るためにここまで強くなっただけだし、僕達はお互いに目指す方向が一緒なのだ。
だから妹が僕より圧倒的に強くなろうが何の問題もない。
てかさあ、「ルナはこの神様のいない世界で、いずれ神様に至る覚悟を持って生まれてきたんだ!」みたいな、とんでもない大望を持って生まれてきたことが判明した。そんな神様見習いに、僕みたいな弱者が勝てる方がおかしいってことなんだよ。
で。
「よし、王手!」
(ぬぅぅ……参りました)
お払い箱となった僕と、強すぎてまだ修行相手にならないじいじ。僕達は呑気に将棋を囲みながら、日々を楽しく過ごしていた。
この将棋は、僕がさしすせそ魔法により新たに生み出したものだ。さしすせそ魔法は新たな概念を生み出すのが得意だ。将棋だって作るのはお茶の子さいさい。
ただ……
『さしすせそ魔法、初級・盤上戦争遊戯の世界、展開!』
【さ】作法
【し】食事休憩
【す】砂時計
【せ】成長
【そ】ソロプレイ可能
将棋を言葉でしか知らない僕が無理やり当てはめたので、おそらく前世の将棋とはまったく違うものとなってしまっただろう。でも、制作者の僕がこれを将棋といえば、それが将棋なんで。返品不可です。
ユニークスキルのそれぞれの効果としては、【さ】で将棋の作法という概念を作り出し、【し】で途中食事休憩を挟むルールを作る。なんかそういうイメージがあってね。
【す】で砂時計が落ちるまでを自分のターンとすることに決め、【せ】でRPGのように駒が成長する要素を付け足し、【そ】で一人でも遊べるようにした。
そうやってルールを決め、僕がゼロから生み出したのが将棋盤だ。
特に【せ】【そ】のせいで、僕の作った将棋盤がこの世界初の魔道具(?)になってしまったが、まあ仕方ないね。前世の感覚ではCPUと遊べる将棋ってだけだし、そこまで大したものじゃないよ、多分。
「それにしても、じいじの成長力はすさまじいね。僕はルールを作るためのバランス調整のためにズルしたから、今は勝ててるけど……いずれ絶対に勝てなくなりそう」
感想戦をしながら語りかける。
ほんと、じいじは暇さえあればずっと詰将棋とかCPU戦をして力をあげてるんだから、そりゃあ強くなるよ。
ちなみに僕のズルとは、将棋に勝つために別のさしすせそ魔法を使ったことである。
【さ】刺し
【し】守備
【す】隙
【せ】セオリー
【そ】総攻撃
これを発動して、僕は無理やり自分を一端の棋士に成長させた。そうでもしないと、将棋を作ったはいいが、難易度が高すぎて僕にはルール作りが不可能だったからだ。
ってか、ズルしたおかげで今こうして将棋が楽しめている気がする。僕ってゼロから頑張るより、そもそもある程度できることを応用するのが楽しいタイプだからさ。
(ガハハ! 将棋は奥が深く、まっこと楽しいの! 少しずつ攻略法を開拓していくのが、面白くて仕方ないわい!)
ズルしたことに後悔はない。ないが……じいじにそう面白そうにされると、少し羨ましくなる。人間ってめんどくさいよね。おっと、今の僕は天使だったね。
まだ将棋という概念はこの世界に生まれたばかり。これから独自に発展していくだろう。
というか、じいじがあまりに将棋に大ハマリしているので、今後じいじは将棋を発展させる第一人者となるかもね。頭を使うゲームを発展させるには、僕には荷が重そうだからさ。
(ワシの“天使族最強爆破戦法”は、どうじゃった? 負けはしたが、なかなか崩すのに良いところまでいったんじゃないかの)
少年のようなキラキラした瞳でじいじは問いかけてくる。こうした少年心が強くなる秘訣なのだろう。
「うん、駒の種類はいっぱいあるから、一つの駒を最強にして戦うのなんて合理的じゃないはずなんだけど……なんか妙に強かったよ。一人に経験値を集めるこの戦法、もしかしたらもしかするかもね」
と、最近ではこうやってじいじと二人っきりでのんびりとした時間を過ごすことが増えた。
天使族になった僕は、寿命が二百年と長い。そのせいか、生き急ぐのが苦手になってしまった。
じいじと将棋をして、食事をして、寝て、修行を見学して、家族とおしゃべりして、将棋して……
こうした何もない日々が、楽しくて仕方がない。
「まあ、こうして楽しく過ごすと、セカイ様も喜んでくれるし、いいか」
(そうじゃ。天使族は生き急ぐことが苦手じゃ。気が向いた時、のんびりやればいい)
本当は現状でもセカイ様のためにできることはいっぱいある。刈り上げ君を殺す計画にだって、準備がいっぱい必要だ。
でも、これでいい。これでいいんだ。
僕は僕の得意なことと苦手なことを知っている。
ノルマを達成するように日々を過ごすのは、僕には向いていない。僕には僕のタイミングとやり方があるんだから。
……それに、のんびりしているだけにしか見えないかもだけど、やることはやっているからね。ちょっとさしすせそ魔法、上級編のある実験を少しね。
上級はじいじに魂力の最適化を教えてもらったおかげで使えるようになった。
その上級編の魔法の成果が出るには、どうしたって時間が必要だから、ルナの修行期間の一年は僕にとっても好都合だったりする。
「ねえ、じいじ。今度はルナの成長具合を見学しにいかない?」
(ふむ、そうするかの。若者が頑張っている姿を見るというのは、なんとも楽しいのう)
多分今頃ルナは母によって、あらゆる方法で死の淵に立たされている頃だろう。
僕には向いていない修行方法だったが、ルナは生存本能がかなり強いので、ぐんぐん伸びると母は楽しそうに笑ってたっけ。
そうして今日も僕達は楽しい日々を過ごしていた。
「ルナ……今頃母に修行を頼んだこと、死ぬほど後悔してるだろうなあ……
いや、文字通り死にかけながら後悔しているのかな」




