16話 この世界に恋は存在しない
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恋だ。恋の香りがする。
もじもじと指を所在なさそうに動かす母を見て、僕は脳内で大騒ぎしていた。
いけー、ママ! そこだ! おぱーいを使え! 男なんておぱーいさえ当てとけばイチコロなんだから!
くそう、なぜこの世界にセックスという概念がないんだ! 押してダメなら押し倒せ。推しは押して押して吸いつくせっていうのは、常識でしょうが!
……ん? よく考えたら、セックスって【せ】じゃん。
ってことは、僕のさしすせそ魔法で、この世界をアプデしてセックスの概念を追加できるんじゃない!?
うん、できる気がしてきた。今度絶対やろ。
と、そんな事を考えている間に、二人は見つめ合ったのち、相手の胸を拳で軽く突き、ギュインと天使の輪を回転させたあと、
((ふっ))
ニヒルに微笑んだ。
えっ、なになに?
今のはお互い無言で交わされたやり取り(?)だった。しかもめっちゃ様になってた。
なにそれなんか戦闘民族特有のやつ? 通じ合ってるみたいでいいな! ちょっちときめいた! 僕もやりたい! 練習しておこう。
「そうだ。じいじはこの匂いにつられて来たんだよね。僕達はお腹いっぱいだし、食べて食べて!」
(ほう、これが先ほど言っていた料理と言うものか、どれどれ……)
おじいさんは豪快に肉にかぶりついた。
「う、う、う、うまーい!!!! ぐおおおおおお!!!」
パサパサパサッ――
おじいさんの食レポにより様々な鳥型魔物が逃げ出していく。
そんなことは気にせず、じいじはまた男泣きしながら食らいつく。
「これ、僕と僕のママが作ったんだよ。料理上手な女性っていいよね!」
そんなことはさておき、できる息子はしれっと母のことをアピールするのは忘れない。
(肉を味付けして焼く……これが料理というものか。しきりに身体が求めるとは思っておったが、まさかこれほどの威力とは)
おじいさんは唸っている。
美味しいとは、幸せだ。感じたことのない未知の幸せに、おののいているのだろう。
「ねえじいじ、これからも美味しいもの食べたいでしょ? じゃあさ、僕達と家族になろうよ!」
(ちょ、ちょっとカナタ!? こんな伝説級の豪傑にそんな気軽に――)
止めようとした母を、じいじは軽く手で制する。
(ふむ、家族、か。知識としてはあるが、ワシが家族……)
おじいさんは木の腰掛けに深く座り込み、考え込んだ。
うん、じいじ、ゆっくり考えてね。でも断ったらめちゃくちゃ悪あがきはさせてもらうけどね。
それから数分後、ぽつりぽつりと、弱音をこぼすように内心を語り始める。小さく、ゆっくりと、憂いを帯びた姿。なんだかその時のじいじは、「自分に家族になる価値はないから」と、僕達から断って欲しそうに見えた。
(ワシには強さしかない。それも、世界を壊しかねんほどの過剰な強さじゃ。戦いの不必要なこれからの世界には、疎まれる存在となるであろう。老兵は消えるのが、この世の常じゃ)
(そんなことはありません!!)
それはもはや――丸出しの「感情」だ。
おそらく反射的なものだったのだろう。僕が「そんなことはどうでもいい」と返事するより先に、すでに母が割り込んでいた。
母の言葉にならない様々な思いが、僕にまで波紋となり伝わってくる。
(そんなこと、そんなこと言わないで下さい。確かにそうかもしれないですけど、お願いですから、そんな悲しいこと、言わないでっ!)
否定をするにも、母は言葉を持たない。
理論がない言葉など、ただの赤子のわめきでしかないことなど、母にだって分かっている。
それでも、母は叫ぶ。そうせずにはいられないから、心のままに咆哮するのだ。
(あなたの積み上げてきたものは、決して無駄なんかじゃありません! 理由なんて必要ない。私がそう思っているから、そうなのです! あなたのことを否定することは、私が許しません!)
二人の視線が交差し、どちらの瞳も揺れている。
理由なんてない。当然その言葉に正当性も根拠も、何もない。
でも、そこには熱量という宝物があった。その輝きは確実におじいさんの心の奥に触れただろう。
(ぬぅぅ……)
おじいさんは母の目を見つめ、時が止まったかのように動かなくなってしまった。ただその瞳の奥には、わずかながら特別なものを見る色が芽生えている気がする。
……にゅふふ、いいね。やるじゃんママ。やっぱりどこの世界だろうが、恋する乙女はそうでなきゃね。
女性っていうのは、男よりも圧倒的に感情で生きている。女性はいわば感情のプロだ。理論や客観など、女性の前では何の意味も持たない。それはほんの小さな短所であり、圧倒的な長所だ。
だからこそ時に誰より人の心を動かせる。だからこそ本人が正解だと思うことは、たとえ誰に否定されようとも絶対に正解なのだ。
そして、その正解に理論を後付けしてやるのが、男の仕事だ。
「ねえじいじ、確かに殺し合う時代は終わったけれど、まだみんなどこか力に憧れているんだよ」
母とたくさんおしゃべりして、僕もそろそろ理解してきている。
この世界に暮らす者にとって、力とは生きるため以上に大切なことだ。
力とは生きる指針であり、文化であり、美しさであり、魅力。不必要に殺し合う必要がなくなったとて、決して力が不要になることなんてない。
「それに、力だって使いようだよ。これからの世界のことを考えれば、確かに殺す力はそこまで必要ない。でもさ、守る力はどれだけあっても足りないんだ。じいじの壊す力は、守る力にだってなり得るんだよ」
僕は前世があるからか、『包丁は、人を殺すこともできるが、美味しい料理を作ることもできる。力は使いよう』みたいな考えは、すでに使い古されたような当たり前の価値観だ。
でも、この世界の人達は違う。じいじにとっては目からウロコだったようだ。
立ち尽くしながら、天を仰ぐ。手で目元を抑え、言葉を失っている。
僕はきっとこれから、セカイ様のために色んな物や概念を作っていくだろう。でも、まだまだこの世界には壊す力に溢れている。守ってもらうにも、やはり力はいるのだ。
「だからさ、じいじの培ってきたものを否定しないであげて」
(ふむぅ、そうじゃのう。少し、考えてみるか……)
おじいさんは深く目を瞑った。
その隣に座り、手を握って寄り添う母。小さく口角を上げるじいじ。
なんだか、いい雰囲気だ。
これ、なんだか邪魔しちゃあいけない空気だけど……
多分あれ、放っておいたらいつまでたってもああやっていそうだ。
「ズルい! 僕も混ぜて!」
ということで、空気を読まず僕は二人の間に突撃していった。
「にゅふふふふ、ね? 家族っていいものでしょ?」
(そうじゃのう。この温かさ、これが幸せというものか)
「ほら、ほらほらほら! 早く、早く僕の家族になって! 僕のじいじになって! お願い!」
(こらカナタ。みっともないですよ)
母に止められようとも、僕はじいじに迫り続ける。
(分かった、分かった。じいじも家族に入れてくれ)
「やったー!!」
嬉しい、僕は今、最高に嬉しい。
これで僕の家族は三人になったのだった。
「家族になった記念に話すんだけどさ。じいじ、もしその力の使い道を心のままに思う存分発揮して、そのうえでとっても役に立つことがあるとすれば、どうする?」
(む? それはもう楽しく大暴れするが……そんな相手はおらんからのう)
「にゅふふふ、実は僕、ちょうどいい相手を知ってるんだよ。刈り上げ君っていう――」
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